SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

不安

 彼の心に触れたいと思うのに、彼はそれを望んでいない。大丈夫だからと表面で覆ってしまう。

「大丈夫だから」

 いつもそうだ。心の底から語り合える仲にはなれない。普段どれだけ仲良くても、血の通った姉弟でも、彼は自分の問題を自分一人で抱えてしまう。私にはそれを教えてくれない。本心を見せてはくれない。

 それはきっと。

 彼の心にいるのは、別の女性だからだ。

「それじゃあ」

「……うん」

 そう言って守人は自室へと帰っていった。麗華はその場を動けなかった。やり残したことがここにあった気がして。でもそれは彼が帰ったことで手遅れで、仕方がなく彼女も自室へと向かった。

「はあ」

 自分の部屋の中、机の前にある椅子に座りため息が出る。彼が無事で戻ってきた。これほど喜ぶべきことはないはずなのにこの重苦しい胸中はなんなのだろう。なにをそんなに思い悩んでいるのだろう。

 素直に喜べない。いろいろありすぎた。

 脳裏を駆けめぐる記憶の数々、本のページを勢いよくめくるように場面場面が通り過ぎていく。

 彼が死にかけたシーン。

 彼が少女の前で膝を着くシーン。

 その途中、あるページで再生が止まった。

 そのシーンに麗華は目をつぶり眉が大きく曲がった。

 それは、彼がベルトラムにとどめを刺すシーンだった。

『俺の望む世界に、お前は不要だ』

 思い出される彼の言葉と行いに麗華は俯き机に両手を組むとその上に額を乗せた。

 表情は芳しくない。思い苦しみ胸が強い不安で埋められていく。

 彼の言葉が頭から離れない。あれは、あまりにも危険だ。

「それは。エゴだよ、守人君」

 相手のG4、ベルトラムの行為は非情だった。あの場での守人の感情にも行動にも共感はできる。彼を非難しようとは思わない。

 けれど、生きていれば意見の衝突は必ず起こる。些細なものからその人の道徳、哲学的信念に触れるものまで。

 そうなった時、彼はどうするのだろう。

 あの時の彼は、殺意の塊だった。

 そのことに、胸が締め付けられる。

 あの時の彼は、まるで別人だった。

 彼のことを知っているつもりでも本当はなにも知らない。表面的なつき合いだけの気がして苦しいのだ。

 彼の心の奥底には暗い炎のようなものがあって、それは彼にしか見えない。

 どうすれば変われるのだろう。答えは依然と分からない。今も彼は心に傷を負っているはずなのにその痛みを聞かせてもくれない。

 自分は、彼のなにを知っているのだろう。なにを分かってあげられるのだろう。

「…………」

 麗華は、立ち上がった。

 いても立っても要られなかった、というのが理由だ。なにかしたかった。分からないからなにもしないのではなく、分からないからなんでもいいから行動したかった。

 そう思った麗華の足は自然と彼の部屋へと向かい、自信のないまま廊下へと出た。そのまま彼の部屋へと行こうとしたが、そこで足が止まった。

(牧野?)

 彼の部屋の前に牧野が立っていたのだ。そして扉が開くと彼女が入っていく。

 二人で話があるのか。さすがに会話に割って入る気にはなれず、仕方が無く麗華は自室へと戻ることにした。

 そのことに不満なような、安堵したような、複雑な心境だった。

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