SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

名も無き兵士

(ここからはSCP版 エンジェル・オーバードーズ3巻の内容となります)

 イスラム国を倒すため、私は人から兵器になったのだ。

 あの日のことは今でも鮮明に覚えている。国際武装テログループ、イスラム国。その壊滅のため私はイラクの地を仲間たちと走っていた。

 正義のため? 祖国のため? はたまた憧れたヒーローになるためか?

 いいや、まさか。金のためさ。それが私が選んだ仕事だったからだ。敵なんてどうでもよかった。もううんざりだったのかもしれない。

 あの日、全世界が震えた9・11を覚えているか? 世界貿易センターであるツインタワービルは立派なやつだったよ。

 会ったことはないがあれだけでかいんだ、さぞすごい場所だったんだろう。なにより、それは私の国に建っていた。

 そこに、旅客機が突っ込んでいったんだ。

 あれを見た時の衝撃は言葉にできない。あんたはできるか? もう何年も経っている今でも分からない。

 あの時もそう。テレビ画面から流れるニュースを唖然となりながら食い入るように見つめていた。

 当然、すぐに召集がかけられた。

 当時から軍人だった私だが、軍人のなんたるかを真に自覚したのはあの時だった。自国を守る。それが軍人の使命であり、守った国と命が誇りなのだと。

 敵の名はアルカイダ。そのイカレた組織のトップがウサマ・ビンラディンというやつだ。こいつがあの惨劇を起こした張本人。こいつを倒さない限りこの戦いは終わらない。

 私は戦った。危険を望み、死を求め、戦場に足跡を刻んだ。敵を倒すためだ。それだけの情熱が当時の私にはあったからだ。

 はじめて人を殺した時も、恐怖はなかった。むしろこの作戦に貢献できたことを素直に喜んだ。上官も同僚も誉めてくれた。私は自信をつけ、さらなる戦果を求めた。

 ある時、同僚が亡くなった。敵に撃たれたんだ。寝れない夜なんかはよく母親のミートパイについて話したもんだ。

 ミートパイの趣味は悪い男だったが、いいやつだったよ。はじめて仲間を失った悲しみを経験した。私は泣いた。同時に敵に対する増悪が増していった。

 敵は人を人とも思わない残忍な人でなしだ。悪魔に取り憑かれている。

 私は戦った。正義のためにだ。

 そんな年月がどれだけ経ったころだろう。

 ビンラディンが射殺されたという知らせが入り込んできたのだ。それを聞いた時、私は喜んだ。当然だ。あの悪魔を葬り去った、これ以上の吉報はない。

 私は胸から湧き出る歓喜のまま飛び跳ねようとしたが、そこで体は動きを止めていた。

 充満する喜びの中に、小さな穴があることを見つけたからだ。それは虚無だった。針の穴くらいの小さな虚無感。

 私が、この手で倒したかった。

 そんな思い上がりが私の動きを止めたのだ。

 終わったのだと知った時、私の中で小さな達成感と、それを包む物足りなさを感じていた。これでこの戦争も終わる。

 犠牲者は戻って来ないが、平穏な時間はいずれ元に戻る。純粋だった私はそう思っていた。

 だがそうはならなかった。

 アルカイダの勢力は弱まったが、別の組織が出てきたのだ。反米意識が根強い国だ、一人が磁石のように呼びかければ砂鉄のように集まってくる。それは組織になり私たちに牙を向けてきた。

 私は戦った。いつものように。戦場で敵を見つけ、引き金を引いた。だが、なにかが変わっていた。

 ビンラディンはもういない。なのになにも好転していない。この国はいつも誰かに狙われている。

 私は焦燥を抱いていた。てっきり終わりだと思っていた戦いが、なおも続いている。どうすれば終わる? どうすればいい?

 そんな疑問に苛まれていた私だったが、その時はやってきた。

 私は派遣の期限がきたため帰国した。久しぶりに踏みしめる故郷の地と再会した家族の笑顔はなにものにも代え難い価値があった。

 私は久しぶりの休暇を楽しんだ。

 そのつもりだった。でもできなかった。

 どうやって終わらせればいい? その答えがまだ見つかっていなかったからだ。私は家に閉じこもっていた。家の外に出たのも家族に半ば強引に連れ出されたからだ。

 私は町を歩いた。そこにいる人々の暮らしを見た。なんてことだろう。ここでは、一人も戦争のことを口にしない。敵の人数は? 武装は? 侵攻ルートと手配は? 次の作戦は? 今回の作戦で何人が亡くなった?

 テレビを点けてもそうだ。9・11のニュースは目に見えて減り、戦死者の名前なんて一度も出てこない。なぜこの国のために戦って死んだ男の名前が出ない。テロップでもいいから流せばいいだろう。料理番組なんて流している場合か。

 おかしくなりそうだった。なにかが変わっていたんだ。

 私は戦場に戻った。志願したんだ。そのつもりだったし、そうしたかった。

 でも、この戦場もいつしか私の知るものではなくなってきたようだ。

 私も年を取った。私よりも年若い男も珍しくない。そんなことはどうでもいい。

 ただ、かつて私が若かった時に比べ、志気が低い気がした。

 聞こえてくる話し声はもっぱら家族や恋人の話で敵への敵意やガッツが伝わってこない。平気で弱音を吐く者もいる。

 気になって志望の動機を聞いてみたら経歴に拍がつくらしい。資格欄に愛国心とでも書くのだろうか。夢は大手会社に就職だそうだ。

 なにかが、なにかが変わっていたんだ。

「SCP版 エンジェル・オーバードーズ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く