SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

奮起 3

 でかい腹部に拳をたたき込む。厚い肉の感触がスーツ越しでも分かる。大振りの敵の攻撃をかわす。モーションこそ大きいが動きは早く、それでも退かず守人は戦っていった。

 何度も殴り合って、相手の強さは知っている。そのたびに負かされた。この大男との殴り合いで勝ったことなど一度もない。

 それでも、守人は戦った。不利な格闘戦で。 

『暴走?』

 守人の強引な戦い方に牧野の眉が曲がる。守人は麗華の指示を無視している。暴走しているのかもしれない。

『いえ』

 だが、それを否定したのは他でもない麗華自身だった。

『彼は、自分の信念で戦っているのよ』

 勝率も戦術も関係ない。守るために戦う。

 そこでフェルナンドの両手に捕まれ守人は頭突きを受けた。さらに地面にたたきつけられるように投げられる。バスケットボールのように一回大きく跳ねたあと地面に倒れた。

 やはり強い。力はどうあってもフェルナンドが上だ。自身もスーツも向上しているが対抗できない。

 早く起きあがらないと。守人は四つん這いの姿勢から顔を上げた。

「きゃあああ!」

 悲鳴が聞こえる。見れば一組の親子にフェルナンドは襲いかかっていた。母親の手を繋いでいるのはまだ小さな女の子だ。

 だから逃げ遅れていたのか、二人は正面をフェルナンドに塞がれ恐怖に顔を歪ませている。

「助けて!」

 女の子が叫んだ。悲痛な声が守人の耳にも入ってくる。

「守人くん」

「――――」

 瞬間、『彼女』の声が聞こえた。

 フェルナンドが子供を掴む。片手で持ち上げる様は人形のようで子供は手足を振り回している。

 そんなことはお構いなしに、フェルナンドは大きく口を開け頭から食べようとしていた。

「いやー!」

 年齢が違う。人種も違う。けれど。

 一人の少女が殺されそうになっている。その光景は守人の心の芯を揺さぶった。

「うおおおお!」

 守人は吠えた。理性が蒸発した声を上げフェルナンドに殴りかかる。

 今まさに食べようとしている顔を頬から殴り、その隙に女の子を掴んでいる腕をつかみ膝蹴りした。それで女の子は落下し離れていく。

 守人はフェルナンドの髪を掴んだ。そして自分の腕をフェルナンドの口に突っ込んだ。

「ぐお!」

 のどをつかれフェルナンドがえずく。その間に守人はフェルナンドの舌を引っ張り出した。長い舌が口の外に出る。さすがのフェルナンドといえど舌の力では守人の腕力にはかなわない。

 守人はフェルナンドの舌を掴んだまま、反対の手でフェルナンドの顎を叩きつけた。

「がああああ!」

 守人のアッパーが決まる。それにより顎が舌をかみ切ったのだ。

「あああ! ああああ!」

 フェルナンドは両手で口を押さえるが流血は止まらない。足はよろめき守人から離れていく。

 だが攻撃は止まらない。守人はフェルナンドに飛びかかると腕を首にからめ地面に押し倒した。

 首を絞め反対の手では口も塞ぐ。暴れるフェルナンドを必死に押さえ込み腕に力を入れる。絶対に放さない。

 フェルナンドの口からは血が溢れ無理に呼吸をしようとして泡を吹いている。

 ここが正念場だ。

 自分は彼女を救えなかった。守れなかった。ならばせめて、他は救わなくては駄目だ。

 自分が生きている意義。彼女の死に意味を出すためにも。

 この悪鬼はなんとしても倒す。

「ぐう、ぐお、おおお!」

「おおおおおおおおお!」

 助かるために必死に暴れるフェルナンド。それをなんとしても阻む。ただ倒すだけじゃない。この瞬間に守人は自身の存在すべてを駆けて臨んだ。

「おお、お、おお……!」

 フェルナンドの動きが鈍る。ロデオのような動きが止まり、ついには腕が床に倒れた。

 守人は腕を解き立ち上がる。見下ろせばそこには口から血を流す大男が倒れている。起きあがる気配はない。呼吸もしていない。死んでいる。

 守人はフェルナンドの遺体を見ながら息を吐いた。

 ようやく、ようやく倒した。この怪物を。敗れて、苦戦して、それでも最後には勝利した。

 だが守人には喜ぶことができなかった。防げなかった犠牲はあまりに多く、今後の問題もある。

『お疲れさま』

 そんな守人にかけられた声は、疲弊し気を張っていた心を宥めてくれた。

『君のおかげで救われた命はたくさんあるわ』

 それは守人の考えを分かっているようだった。優しく励ましてくれる言葉に守人の胸も軽くなっていく。

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