SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

SCPアベル

 守人がISILの本部を急襲してから数日後。

 輸送ヘリの中にはアラブ人数人が武装し今まさに戦場に向かっていた。布で口元を隠しターバンを巻いている者もいる。

 これから殺し合いに行く。その緊張感にこの場は真剣な雰囲気に包まれているが、その中で一人が口を開いた。

「本部が襲撃を受けたというのは本当なのか?」

 すぐ隣にいた男が答える。

「まず間違いない。連絡が着かないし本部にいた連中がこぞってそう言っている」

「でもどうやって? 米国の空襲か?」

「聞いた話だと『奥の手』だそうだ。所属は不明」

「そんなことが……。これからどうするんだ?」

 男から焦った声が漏れる。それもそうだろう。戦争はまだ継続中だが本部が潰されてしまえば指揮系統はバラバラ。

 補給の手配もままならない。戦うには準備と整備が必要だ、補給が絶たれればとてもではないが戦えない。

 電撃戦が与える精神的負担は大きい。男からも焦燥が見て取れ戦意が削げていくのが分かる。

 だが、話し相手の男は違った。焦っている若者に比べその者は年齢が高い。中年の男性は落ち着き若者に話しかける。

「心配はない。本部はなくなっても私たちにはまだスポンサーがいる。このヘリだってそこからの支給品だ」

「俺たちのスポンサーってどこなんだ?」

「詳しくは私も知らん。だが知ってるだろう、あの噂を」

 そこで若者が声をすぼめた。

「噂って、あの、志願兵の一部が行方不明になってる?」

「地下に連れて行かれて戻ってきた者は一人もいない。なんでもよからぬ実験に使われているとか」

 若者は視線を逸らしうんざりした表情だ。

「そういう得体の知れないところだ。知らない方が身のためだ」

 そう言うと中年の男性は視線を一人の人物に向けた。

 その視線の先にはヘリの壁際に座る三十代ほどの男性がいた。アラブ系であり癖のある黒髪に黒の戦闘服を着ている。

 服の上からでも分かるがっしりとした体型で、男はこれから戦場に行くというのに休日のドライブのように小さく顔を動かしていた。その度に首筋から頬にかけて伸びるタトゥーが見える。

 明らかにこの場で浮いていた。

 その男を若者も見たあと顔をしかめる。

「俺は神の教えに従い戦う。そのために死ぬんだ。だが、これは神の教えなのか?」

 理想のために行っていた戦いがいつの間にか違う様相を呈するのは往々にしてあることだ。手段と目的の逆転というべきか。

 今回もまさにそれ。行いはどうであれ、理想のための戦いが今ではスポンサーの言いなりだ。

 戦うための意義と誇りが利用されている。

 若者は今の自分に辛い顔をしていたが、そこへ声がかけられた。

「情けねえ」

 壁際の男だった。飄然とした態度のまま若者を見ることなく軽口を吐く。

「人を殺すのに主義や理想が必要かよ」

 これには若者も黙っていなかった。国際社会の悪ではあるが彼にはそれでも誇りがあった。それを侮辱され声が荒くなる。

「当然だ。でなければなぜ人を殺す必要がある。お前はなぜ戦うんだ?」

「おい、止めとけ」

 中年の男性が制止するが若者は止まる気配がない。壁際の男を睨み続ける。

 そこで、初めて男が若者を見た。

 鋭く、それでいて愉悦を浮かべた瞳だった。軽薄な笑みを張り付けさも当然のことのように言う。

「決まってる、楽しいからさ」

 その言葉を言うのになんら躊躇いはなかった。人殺しを遊びくらいにしか思っていない。

「聞いていた通りお前は最低なヤローだな」

「ハッ! 俺から言わせれば、同族を殺すのにいちいち大儀だなんだ持ち出さないといけない人間の方がどうかしてる。結局殺すんだろ? 人の命は大切だどうだ語っておきながら邪魔になったら殺すんだろ? 同じさ」

 彼は座る姿勢を直し若者に向けた。

「いいか坊主。手段に伴う責任を目的が精算してくれると思い込んでいるようだが、教えてやるよ。殺される側からしたらどうでもいいってな」

 目的や動機がなんであれ人を殺すということに違いはない。同じ人殺しに優劣があるのか、男は愉快そうに若者に聞いてくる。

 そこで中年の男性が間に入った。若者の体を押さえながら壁際の男に振り返る。

「ご高説感謝する『アベル』。だが私たちがお前に期待しているのは別のものだ」

「分かってるさ、得意分野だ」

 アベルと呼ばれた男はそれで口を閉じた。体勢を元に戻しご機嫌なまま座っている。そんな彼に若者も言いたげそうにしてしていたがなんとか抑えていた。

「SCP版 エンジェル・オーバードーズ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く