SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

ISISの憶測

 使われていない部屋に守人は来ていた。ここには守人と机の上に置かれたノートパソコン、その画面に映っている賢条だけだ。

「それで、あんたはどこまで知ってたんだ?」

 守人は壁に背もたれ両腕を組む。対面にいるパソコンには椅子に座り机に両肘を立てている賢条がいた。

『君も疑い深いな。知らなかったとさきほど言ったはずだが』

「あんたの仕事ぶりは信頼しているが、信用はしていない」

『いい判断だ』

 守人の非難に賢条は表情ひとつ変えずそう言った。いつでも冷静で沈着な男だ。

『だが、君の期待を裏切ってしまうが、私もこの事態を把握していたわけではない。もし知っていればもっとうまい立ち回りを考えていたさ』

「本当に知らなかったと? あんたもそうとう胡散臭いな」

 自分以外の特異戦力。騒然として当然の事態だ。誰であれ驚愕する。牧野ですら表情をしかめていたというのに。

 それでもこの男は動揺すらしていなかった。賢条はキレる。頭がいい。洞察力や推測が人並み外れていいし行動力もある。その点は守人も評価している。

 だが、なにを考えているのか分からない。さきほど言った信用していないという言葉は嫌味ではなく本意だ。

『守人君』

「なんだ」

 そこで名前を呼ばれ親しくない声で応じる。

『君は、ISILという組織をどこまで知っている?』

 質問は敵のことについてだった。なぜここで? という思いが浮かぶものの黙っておく理由もない。

「かつてビン・ラディンが率いたアルカイダ系武装組織の分派であり、イラク、シリア国境付近で活動しているイスラム過激派組織。特徴としては略奪や身代金だけでなく油田地帯を確保しているためテロ組織としては資金源が豊富なことか。あとは国家樹立を宣言し支配地域の目標がある点や、また戦闘員を世界中から募集している点が挙げられる」

『その認識で間違いない。だが、それはあくまでも表向きの理由だ』

「表向き?」

 守人の眉が曲がった。賢条を見る目にも鋭さが増す。

「表向きとはどういうことだ」

『単純なことだ。ISILの特徴の一つに君の言った構成員の国際化がある。彼らはイスラム教徒を世界中から集め組織拡大を狙っているが、疑問に思ったことはないか。如何にイスラム教という共通の信仰を持っていたとしても構成員の国際化は多様な生活様式や文化、価値観の流入を起こす。現にISIL内ではフランス人の派閥が勢いを増しており問題となっている。また人種を問わず募集をしていれば各国の工作員や諜報員の潜入を許す危険性がある。そのような危険を犯してまでなぜISILだけがここまで構成員を世界中から集める?』

 賢条から投げかけられる質問にけれど守人は答えることができなかった。

 考えたこともなかった。たしかにこうも大手に世界中から構成員を募っているテロ組織はISILだけだ。なぜここだけが? 

『ISILの奇怪な特徴はこれだけではない。ISILでは学校から病院まで自分たちで運営し国民からは税金を取っている。国を名乗るだけあって自分たちだけで一つの社会を構築しているわけだが、その高度な組織運営方法は、誰が、どうやって得た?』

 初めて知らされる事実に口を塞ぎ込むと同時に答えが出てこない。賢条の話には淀みがなく、考える隙がない。

『また、ISILがイラクへ進軍した際イラク軍は武器を置いて撤退したわけだが、その武器はもともと米軍のものだ。いわばISILは労せずアメリカの最新兵器を手に入れたわけだ』

「なにが言いたい」

『話がうますぎると思わないか?』

「馬鹿馬鹿しい。その理屈でいえばイラクだけじゃなくアメリカまで関わってくるぞ」

『…………』

「……馬鹿な」

 賢条の沈黙に屈するように守人は悪態を吐いた。

 賢条の並べる根拠不明の推測が、なぜかこの男が言うと真実のように聞こえてくる。だが鵜呑みにするわけにはいかない。

 賢条の言っていることはテロ組織などという枠の問題を越えている。

『守人君。このISILという問題だが、君が、いや、私たちが想像している以上に根の深い問題かもしれない』

 彼の言うことは陰謀論だ。偏見さえあれば誰でも作り出せる妄言に等しい。

 それでも、賢条は真剣な表情のままだった。

「問題視すべき事柄なのは分かるが、そんなのはあくまで穿った見方の話だ。アメリカがイラクと結託してISILに武器を送ったと? なんの理由があって?」

『米国だけならいいがな』

「なに?」

『忘れたか? 君が遭遇した不明敵性体だが、現状ではEUのG4である可能性が高い』

「EUまで関わってると?」

『あくまで可能性の話だ。君の言う、穿った見方で導き出した答えさ。だが、揺るがない事実はここで我々の知り得ないなにかが起きているということだ。そして明日、それが明らかになるだろう。なにがあっても、動揺しないよう覚悟はしておいた方がいい』

 賢条からの忠告に守人は耳を傾ける。覚悟。その言葉を使う時決まって自分の命をさしていた。

 戦場に立ち、殺し合いを行う覚悟があるかどうか。だが今は違う。守人はただ戦って自分の力を証明すればいいだけの、試験会場にいるのではない。

 不明ななにかが蠢く、世界の裏側にいるのだ。そこを突けば鬼が出るか蛇が出るか分からない。

 守人は一拍時間を置いてから、一言口を開いた。

「……みたいだな」

 どちらにせよ、覚悟はしておいた方がいい。なにがあってもいいように。

『そして』

 さらに賢条の話は続く。

『話は以上だ。通信を終了する』

 画面から賢条が消えデスクトップが表示される。賢条の姿が消えたことで守人は小さく息を吐いた。

「ここで起きていること、か」

 いったいなにが起きているのか。自分はなにに関わろうとしているのか。

 守人は壁から離れ扉を開けた。部屋を出て行く。

 見えない状況に、けれど守人の目に迷いはなかった。

 たとえ自分がどこに行くことになろうとも止めることはない。

 この道に、はじめから救いなんて求めていないのだから。

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