SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

心配2

「ねえ守人君」

 守人は動物のぬいぐるみから麗華へと振り向いた。

「守人君は夢ってある?」

 その顔は普段と同じだった。平静を装い何気ない表情で聞いてくる。

「……いや、特に」

 それで守人は素直に答えた。なんの会話だろう。

「じゃあ、叶えたい願いは?」

 突然の質問に守人は考え込む。自分の夢、叶えたい願い。守人は考えるがすぐに出てくる夢も願いもなかった。

 それだけ普段なにも望まずに生き、目的もなく日常を過ごしていたんだなと実感する。

 今の守人には、これといって夢も願いもなかった。

「いや、特に」

「なんにもないんだね」

 そう言われても困る。世の中には夢のない人間もいれば趣味のない人間もいる。

 会話がなくなり二人は無言になった。黙り込み時間だけが進んでいく。居心地が悪いというわけではない。ただ、少しだけ雰囲気が重かった。

 いろいろある。立て込んだ事情が空気を固くしていた。

 そこで、麗華が沈黙を破った。

「ISISのテロ」

 言った。この雰囲気を作り出している原因を、お互い分かっていながら口にしなかった正体を持ち出した。

「行くんでしょ? 守人君」

 麗華が守人を見つめる。その目は真剣で力強い眼差しだった。彼女は続ける。

「いつかこんな日がくるって分かってた。君が戦場に送られ戦わされるって。それが分かっていたのに、私はなにもしなかった……」

 麗華はあくまで教会の監視役。実質的な所有権は特戦で、守人は兵器だ。日々行われる調整や実験。

 それに口出しできる権限は麗華にはなく、いつも見てるだけ。それだけしかできなかった。こういう日がいつかくると分かっていたのに。

 それが、悔しくてたまらない。自分はなにをしてきたのか。この四年間、彼のそばにいながらなにもせず。心配して、胸を痛めて。なのに、自分はなにもできなかった。

「仕方がないさ」

 そんな彼女を守人は庇う。慰めにもならないと分かっているが言わずにはいられなかった。

 この日が来ること、それが分かっていても、そばにいても、彼女になにができた? 守人を強奪して一緒に逃亡しろと? 

 そんなことをすれば特戦と聖法教会に追われるどころか両組織の抗争に発展しかねない。自分の身勝手で大勢の犠牲が出てしまう。

 そんなことできるはずがない。だから守人は言った、仕方がないと。

 その一言に、麗華は食ってかかった。

「仕方がない? 弟が兵器として人権を奪われ、毎日人体実験をされているのに? そのまま戦場に送られるのに? それも仕方がないって納得しろって? 守人君はそれで納得できるの?」

 守人は再び黙り込んだ。彼女の怒りにも似た心配になにも言えなくなる。

 彼女の心情は当たり前のもので、当然の感情で、当然の主張で、なにも間違ってない、当たり前のことだった。

 だから言えない。彼女の言葉を、否定も肯定もできなかった。

「守人君」

 そんな麗華がうつむいた。次に、頼み込むように言ってくる。

「逃げたいって、そう言ってよ」

 悲痛で、今にも泣きそうな声だった。黒の前髪に表情は見えない。けれど、言葉と気持ちは十分に伝わってくる。

「こんなこと嫌だって、今すぐ逃げ出したいって言ってよ。君がそう言ってくれれば、私だって!」

 自分のわがままではできないことも、弟からの願いならできる。すべてのしがらみも、関係も無視して弟のために剣を振るえる。その決意も覚悟もある。

 あとは合図だけだ。この誓いに、彼がスイッチを押してくれるだけでいい。

 そんな彼女の頼みを、

「姉さん。それだけは止めてくれ」

 守人は、断った。

「…………」

「俺はいい。でも、それで姉さんが傷つくのは耐えられない」

「…………」

 麗華はうつむいたまま、無言で彼の言葉を聞いている。

「だから、それだけは止めてくれ」

「…………」

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