SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

心配

 獅子王は早く看てもらった方がいいと言おうとしたが、そのタイミングで守人は立ち上がった。

「もう治った」

 肌の色が元に戻っている。汗こそそのままかいているが見た目も素振りも回復している。

「大丈夫だ」

 守人は平然と立ち獅子王に無事を伝えた。その顔はなんでもないかのようだ。

 そんな守人に獅子王は一瞬ホッとしたような顔をしたがすぐに顔をしかめ立ち上がった。守人は不思議がる。

「なぜそんな顔をする?」

 自分は無事なのだから喜ぶなり安心した顔をすればいいものなのに。苦い表情をする意味が分からない。

「あとで言うよ」

 しかし獅子王は答えず扉に向かいながら手を拭っていた。その背中は疲れているように見える。

「今日の日程はこれで終了だ。ゆっくり休んでくれ」

 そう言い残し獅子王は部屋を後にした。獅子王が出て行くまで守人は動けなかった。

 その後守人は備え付けのシャワー室で体を洗っていた。頭から被る熱湯が鍛え上げられた肉体を流れ落ちていく。その体には傷一つない。

 それもアザゼルの力だ。特異戦力対策室が発掘した聖遺物、天使の羽により得た超人的な力。それが守人の傷を治し、そしてここにいる理由だ。

 それも、戦争の道具として。

 なぜあのとき獅子王が顔をしかめたのか、今なら守人にも分かる。

 自分を心配してくれていたのだ。傷のことではない、これからのことを。これほどの力を備えていればこれからも多くの実験と称した拷問がされるだろう。多くの戦いだって行うだろう。

 そのことを悲しんでくれたのだ。

 守人は静かに自分の足下を見つめている。自分の立場や将来のこと。けれどそれらを悲観する気持ちはない。

 高森瑞希。実験の最中に思い浮かべた彼女の顔が彼の胸に陰を下ろす。

 彼女の気持ちに応えられなかった。それにより彼女は亡くなってしまった。もし、自分が違う答えを出していれば回避できたかもしれないのに。

 自分は、彼女を救えなかった。

「…………」

 守人はシャワーの蛇口を回し、シャワー室を後にした。

 白のシャツに短パンというトレーニング姿で扉を開ける。今日の日程は終わった。廊下に出て自分の部屋に行こうとした。その時だった。

「姉さん?」

 そこには麗華が立っていた。まるで守人が出るのを待っていたかのように。表情は明るくない。守人を見つめる目は暗く、悲しそうだった。

 麗華が近づいてくる。そのまま両腕を彼に回し胸元に顔を当てた。彼をそっと抱きしめる。

 さきほどまで、実験台にされていた体を。

「私、どうすればいいのかな……?」

 かすれた声が聞こえてくる。無力感と罪悪感に苛まれた、悲しい声だった。

 体が無事だとしても、本人がそれをよしとしていても、辛くないわけがない。痛みだってある。心だってある。一人の人間だ。

 なのに、彼はそんな仕打ちを受けている。これからも受けていく。それを誰も止めようとしない。

 そして、彼は行くのだ。戦場へ。

 そんな人生のなにを肯定すればいい? どうやって彼が幸せだと言えばいい? あんまりだ。悲惨すぎる。彼がいったいなにをした? これほどの罪を犯しただろうか。

 麗華の胸が暗い波に揺れている。

 なにより、それを止められない自分が情けなかった。

 麗華の顔が歪む。抱きしめる腕の力が強まった。傷一つない体を、それでも守るように抱きしめていた。

 そんな彼女に守人は声をかけようとした。「大丈夫だから」「平気だよ」いくつか言葉が浮かぶ。

 でも、言えなかった。そんな言葉で彼女が納得するはずがない。彼女の悩みが解決できるはずがない。

 彼女の痛みを、癒せるはずなんてなかった。

 守人はなにも言えなかった。ただ、彼女の抱擁を静かに受けることしかできなかった。

 それから麗華は腕を解き守人を自分の部屋に案内した。守人は従い彼女のあとをついていく。

「入って」

 麗華が扉を開けた。ここに来るのは久しぶりだ。ここには何度か来たことがあるが、しかしその度に内装に驚く。

 壁には上半身裸の軍人が機関銃を持った映画のポスター、かと思えばベッドはフリルのついたシーツが敷かれ動物のぬいぐるみがシルバニアファミリーのように並んでいた。

 他にもピンク色の可愛らしいクッションも置かれている。

 特戦から支給された部屋は守人も麗華も同じ間取りだ。内装も同じ。それをよくもここまで自分色に染め上げたものだと感心する。

 麗華はそのもこもこした可愛らしいクッションに座り守人はベッドに腰掛けた。なんというか落ち着かない。

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