SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

非日常の日常

 時は数日前に遡る。

 守人はランニングマシーンの上で走っていた。白のTシャツとトレーニング用のズボンを履いている。

 口には呼吸器を取り付けほかにも脈拍や血圧を測るためのコード付きのパッドが腕についていた。

 口からは荒い息を吐き出し、その様子を一人の男が見つめている。

「よし、終了だ」

 ランニングマシーンが止まる。守人はようやく訪れた休憩に足を止め前屈みになる。額には大量の汗をかき呼吸器を外し肺いっぱいに空気を取り込んだ。

「なかなかいい数字だぞ。人間でも十分通じる」

 そう言うのは獅子王ししおう宗作そうさくという中年の男性だった。白衣に身を包む白髪の男はタブレットに表示されている数字を目にし満足げだった。

「そいつはどうも」

 守人は荒い呼吸のままぶっきらぼうに言う。そこには汗一つかいていない宗作への皮肉が込められている。

 それにアザゼルの力を持つ守人が肉体トレーニングをしていったいなんになるというのか。

「そう言うな。体を鍛えるというのはいいことだ。特殊な能力を持っていてもそれに頼り切りというのはよくない。なにかあったとき役に立つのは自分の肉体さ」

 守人はタオルで顔を拭いた。その体は引き締まっている。この四年間で鍛え上げた体は立派なアスリートだ。スリムではあるが引き締まった筋肉が見て取れる。

 そんな守人に獅子王は気さくに話しかけた。

「体を鍛えておけば階段をのぼっても息切れしないし、好きな体位で女性を抱ける。栓抜きだって必要なくなる。いいことずくめだろ?」

 品には欠けるが冗談っぽく言う獅子王に守人も小さく笑ってみせた。

「マッドインストラクターか?」

「いいや、特殊な事象専門の博士だよ」

 そう言う獅子王は得意げだった。

「胡散臭いにもほどがある」

「君に言われたくないね」

 広いトレーニングルームには数々の器具が並んでいるがここには二人しかない。そもそも存在自体が機密扱いの守人に接触できる人物が少ないのでどこにいようが人は少ないのだが。

 すると扉が開き一人の女性が入ってきた。入室してきた人物に二人の視線が向かう。

 その人物はもう当たり前のものとしてここにいるが、しかしその出会いは運命的であり、奇跡のような重なり合いでいる女性だった。

 彼女の名前こそ、

「守人君、お疲れさま」

 白河麗華しらかわれいか。守人の姉だった。

 彼女もこの四年間で成長していた。黒い長髪や身長自体はあまり変わっていないが体つきや顔の形は大人っぽくなっている。

 服装はYシャツにグレーのパンツをしていた。

 麗華は守人に近づき水の入ったペットボトルを投げ渡した。

「ありがと」

 お礼を言いさっそく水を飲む。中身の半分ほどを一気に飲み干してから口を離した。口元を拭き再び水を飲み始める。

 汗をかいたあとの水はどんな飲料水よりもおいしい。

 守人が水を飲んでいる間麗華はトレーニングルームを見渡した。そこで手近にあったパンチングボールに近づく。

 なれた手つきでパンチングボールを叩く。バウンドするそれをタイミングよく叩いていきなかなかの速度だった。

「うまいな」

 守人はベンチプレスの台に腰掛ける。麗華の打つ様を見ながら水を飲んだ。

 暇つぶしで打っただけの麗華はすぐに止めてしまい揺れるパンチングボールを両手で捕まえた。

「当然でしょ?」

 守人に振り返り自慢っぽく笑う。その可愛らしい顔は昔と変わらない。

 そんな麗華に獅子王が声をかけた。

「麗華ちゃんもトレーニングに参加すればいいのに。持て余してる器具が泣いて喜ぶよ」

「馬鹿言わないで宗作。教会の人間があなたたちに協力するとでも思ってるの? データ計測が目的でしょ」

「水くさい。そんなつもりじゃなかったのに」

「あんたはいちいち胡散臭いのよ」

「俺の言ったとおりだ」

 麗華がそう言うと守人も続いてそう言ってきた。

「まったく、仲のいい姉弟だね」

 獅子王はふてくされた顔を浮かべると離れた場所においてあった注射器を手に取った。中身は入っていない。

 採血用のだ。それを手に守人に近づくと注射針を拳銃のように向けてきた。

「腕を出せ。さもなくば空気砲を発射する」

「そういうのいいから」

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