SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

初陣

 パイロットの男はいい知れない違和感に悩まされていた。現空域が危険なのは承知している。いつ対空放火にローストされるか、そんな正常な危機感ではない。

 荷物が少なすぎる。分隊を乗せて飛ぶ多用途ヘリがいったいいつからタクシーがわりになった?

 しかも、その客人が尋常ではない。いや、違った。男は内心で顔を振るう。

 これは人ではない、兵器だ。生きた兵器だ。自分は今未知の事態を体験している。

 戦場にあって死以外の緊張が、パイロットの背後で待機していた。

 あれから四年、白河守人は汎用ヘリに乗せられていた。ここにはパイロット以外はおらずプロペラの騒音の中で静かに座っている。

 背は一八十センチに伸び体つきもしっかりしている。丸い窓からは中東の町並みが広がっていた。

 時刻は昼過ぎの快晴ではあるが街に人影はない。ここは戦闘地域に指定された。市民はすでに避難が完了している。

 ここにいるのは兵士とテロリスト、そして奇怪な兵器が一人だけだ。

『もうすぐで到着よ』

 そこで装着しているフルフェイスのヘルメットから女性の声が聞こえてきた。

 守人は金属製のスーツに全身を包んでいた。NIJ規格におけるどの外見とも異なる。

 両腕や胸部、脚部に至るまでアーマープレートで覆われ可動部は何枚にも分かれていた。カラーリングは白で部分的に青色もある。

『作戦内容を確認するわ。これから作戦地域に君を投下、敵勢力をすべて無力化して。敵武装はAK47が主でグレネードやRPGー7も確認されてるわ。特に戦車M1エイブラムスは重要破壊対象よ。見つけ次第破壊して』

「了解」

 これから自分が成すべきことに守人は静かに返事をした。動揺はない。落ち着いている。これがはじめての戦闘とは思えない。

『……いよいよだね』

 むしろ、初陣を心配しているのオペレーターの女性の方だった。

『君が戦うこと、本当は避けたかったんだけどな。そこに君がいること、やっぱり私は悲しいよ』

 寂しげな声がヘルメットを通じて守人の耳に入ってくる。守人には音声越しに彼女がどんな顔をしているのか想像できた。

『わがままなんだって分かってる。でも、今でも思っちゃうんだ。君をそうしたくなかった。こうならないようにがんばってきたのに』

 痛切な声だった。今にも泣きそうな、そんな思いまでが伝わってくる。

『君にまで辛い思いなんてさせたくなかった。私は――』

「姉さん」

 そこで、守人が遮るように言った。

「辛い思いをしない場所なんて、どこにもないさ」

『…………』

 それで彼女は口を噤んだ。なにも言えなかった。

「俺も、姉さんも」

 守人は座ったまま話しかける。オペレーターの女性には彼のヘルメットが映す、足下の映像が見えていた。

「感謝してる。今までのすべてのことを。でも、俺は行くよ。守られてるだけじゃ嫌なんだ」

『守人君……』

 守人の言葉は静かだった。だが、そこには固い決意があるのが分かる。静かに燃える、青い炎のような意思が。

「そろそろ目標地点だぞ!」

 パイロットが大声で伝えてくる。守人は席を立ち扉の前に立った。

 全身に風を感じる。大空が広がっていた。青く、どこまでも続いている。この光景だけは日本で見るものと変わらないように思えた。

 だが、眼下は別だ。ここで起こることは日本では経験できない。

 殺し合いの場。出会った相手を殺す。それが常識の異常な場所だ。

「ファースト、作戦を開始する」

 守人は大空へ一歩を踏み出した。体を宙に放り出す。屋上よりもさらに高い高度から。降下用のロープはない。全身に着込んだ特殊なスーツ以外は生身だ。

 守人は落ちていく。そこで待っているのは地上の地獄だ。命も、倫理も、人が作り上げてきた大切なもの、すべてが壊される場所。

 そこへ落ちていく。まるでそここそが自分に相応しい居場所のように。

 守人は着地した。重い音とともに土煙が立ち上がる。敵は見えないがこちらには気づいているはずだ。

 守人は歩き出した。自分の答えを探し求めて。

 希望なんてないと知った、この現実ばしょで――

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