SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

もう一つのエピローグ

 ビルの廊下を牧野萌は歩いていた。いつもと同じ黒のスーツとパンツを着ており、眼鏡の奥では鋭い目つきが光る。

 彼女は廊下を渡りきり、一室の扉の前で立ち止まった。

「室長、牧野です。入ります」

 彼女は返事を待たずドアノブを回して部屋に入り込む。

 部屋には応接用のソファーにデスクワーク用の木製机が一つ置かれている。

 机の前には賢条が座っており、彼女の入室を笑顔で迎え入れた。

「いやー萌ちゃん、おはよお~」

 牧野の鋭い表情とは対照的な柔和な笑顔。細長の眼鏡をかけた男の顔は今日も好調だ。が、牧野は「はぁ」と嘆息する。

「もういいです」

「あれ、怒っちゃった? そんな嫌がらなくてもいいのに~」

「名前変更の手続きをしてきます」

「なにもそこまで……」

 彼女の固い決意に賢条は微苦笑している。

 ここは特異戦力対策室。今日も二人はいつものやり取りを交えていた。

 そして、その後のやりとりも。

「それで室長、先日東京都内で発生した爆破事件についてです」

「進展かい?」

 彼女の眼差しに呼応して賢条の表情も険しさを滲ませる。遊びは先ほどのやり取りで終わり、これからは仕事の時間。

 二人は向かい合い空気が引き締まった。

「はい。この事件に関してISISから犯行声明が発表されました。あれは、テロです」

「ついに起こったか」

 日本国内でのテロ活動。平日の昼間、まだ人通りの多い駅前でそれは突如起こった。

 爆発は三十人以上の死傷者を出し連日代々的に報道がされている。

 犯行は、ISIS(イスラム国)。中東アジアを中心に活動している過激派武装テロ組織だ。

「さらに彼らから世界へ新たなメッセージが発信されています」

 この由々しき事態に牧野は厳格な表情で報告を続けていく。

 イスラム国。新たに出現した世界の敵とも言えるその集団が、世界に対し宣戦布告する。

「ようこそ、イスラム王朝へ」

 それが、彼らが世界へと向けた答えだった。

「かつてのイスラム王朝の領土は現在のスペインからアフリカ北部、インドや中国にまで及んでいます。彼らの目的はこれらの国への侵攻です」

「なるほど」

 牧野の報告は世界を震撼させるものだ。日本もテロの対象にされたことでイスラム国の脅威に震えている。

 だというのに、賢条は簡単に頷くだけだった。その表情には余裕すらある。

 そして、言うのだ。

「想定通りだ」

 この事態を、予見していたと。

「イスラム国は周辺地域への侵攻を準備中。対して米国、EU、ロシアなどが軍を編成した国連軍がすでに動き出している。しかし、それだけではない」

 賢条は両肘を机に突き手を組んでいた。眼鏡の奥の瞳が鋭さを増し、一人の少年を見つめていた。

「そうだろう、守人君?」

 守人は、扉近くの壁に背もたれて立っていた。両腕を組み、今までの話を静かに聞いていた。
「……みたいだな」

 壁から離れる。両腕を解いた。

 あれから守人は特戦の所有物としてここにいる。彼らが保有する第四世代兵器として。彼らの所有物であるため、彼に拒否権はない。

「君にも現地に飛んでもらう。そこで第四世代兵器の試験を行う。敵は当然実弾を使用。実戦だ、死ぬこともあるだろう。そして君には初めから選択権はない。しかし聞かせてもらおう」

 それを踏まえた上で賢条は聞いた。兵器ではない。

 そこにいる、一人の少年に向かって。

「守人君、それでも行くかね?」

「行くさ」

 答えは、戦うと言った。

 守人は自分の手の平を見つめた。その指を動かし拳を作る。その動作の最中、かつて言われたことを思い出していた。

『でも、それなら君も許されるはずだよ?』

 あの日、彼女と並んで歩いていた時に言われた言葉を。

『君だって、必死に努力すればいい。誰かのためになろうって、それじゃ駄目なの?』

 必死に、自分のことを心配してくれた女性のことを。

『自分を許すことは、出来ないの?』

 その思いを、確認するように。

 守人は腕を下げ踵を返した。扉に向かって歩いていく。

「俺がなぜ生きているのか。なぜ力を持ったのか」

 彼の進んできた道にあるのは大きな後悔だけだ。誰も救われない、目を覆いたくなる過去の負債が貯まっている。

 それでも自分は生きている。

 なぜ? 

 多くの悲しみがあった。

 なぜ?

 多くの後悔があった。

 なぜ?

 救えなかった、大切な人がいる。

 なぜ?

 その理由を知るために。今までの出来事に、意義を見つめるために。

「答えは、戦いの中にある」

 守人は、進み出していた。

 今までの後悔に意味はあったのだと。

 誰かの行動に価値はあったのだと。

 彼女を失ったことに、意義を見つけるために。

 いざ、戦場へ――

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