SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

エピローグ

 白に白が重なった、そこは純白の部屋だった。白い壁紙、ベットの上には白のシーツが敷かれ白のカーテンで間切りされている。

 部屋は明るくどこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。

 そのベッドの上で、白河麗華は目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開ける。柔らかいシーツの感触と穏やかな空気に迎えられる。

 なんとなく朝だと分かった。もう、あの日とは別の日なのだと。体は重く痛みがまだ残る。

 麗華はすぐ隣に人が座っているのに気が付いた。

「マザー……?」

 黒の修道服を着た、老年の女性だった。ベッドの横に置かれた椅子に腰かけ、顔には深いしわと落ち着いた瞳が麗華を見つめていた。

「大変でしたね、麗華」

 穏やかな声だった。首に下げられた十字架が小さく揺れる。

「…………」

 麗華はシーツをどかし上体を起こした。服装は白のキャミソールだった。片足を体育座りのように組み両腕を回す。そこへ体を預け顎を膝に乗せた。

 表情は、芳しくない。

「私は……、どうすればいいんでしょう。これから、なにをすれば……」

 目覚めてから胸に鉛があるように重い。そのまま沈んでしまいそうだ。

 あの日、麗華は真実を知った。

 自分が、彼を本当の意味で救えていなかったことを。

 そして、彼をまたも救えなかったことを。

 彼の人生は人並みとはかけ離れたものになってしまった。

 彼女が願った幸せとは程遠い、血と苦痛、戦いの世界へと進んでしまった。

 これまでの十四年間を無意味だと突きつけるように。

 無力感と虚無感が、麗華の胸を塗り潰す。

「生きる意味を、進むべき目的を見失っているのですね」

「…………」

 横からマザーに話しかけられる。彼女はいわば麗華の第二の親であり師であり上司だ。

 それでも応える気力が麗華にはなかった。意気消沈している。

 彼女が言った通り、麗華は自分の進むべき道を、意義を見失っていた。

 そんな麗華を見て、マザーは視線を横へと逸らし過去へ思いを馳せた。

「あの日、あなたが教会に来た日のことを今でも覚えています。弟の手を繋ぎながら、彼のために自分が騎士になると言った、あなたの力強い瞳。優しく、強い心を」

 それは麗華の過去。まだ祈りと願いに燃えていた、かつての自分。

「……でも、救えていなかった」

 それがどうだ、見るがいい、今の自分を。

 この、有様を。

 祈りと願いに裏切られ、失意に溺れた少女を。

 麗華は、燃え尽きた灰のようだ。

「麗華」

 そんな麗華にマザーから名前が呼ばれる。きつくはないが、真剣な声で。

「あなたの理想は、終わったのですか?」

「え?」

 聞かれ、麗華は振り向いた。

 彼女は真顔で麗華を見つめていた。

「達成できたのですか?」

「それは……」

 答えは、出来ていない。失敗のまま終わっている。

 麗華は答えられないでいるとマザーは姿勢を正した。背筋を伸ばし麗華を見て言う。

「現在、特異戦力対策室とは交渉が行われています。彼らが持っているSCP6001jpは我々が保管すべき聖遺物です。しかし、強行すれば戦闘は避けられません。それは私たちも避けたいところ。そのため互いの妥協点を模索しています。結果、ある条件で話が落ち着きそうです」

「それは?」

 意識が向かっていた。彼女の話に吸い寄せられる。今後特戦とどうするのか。

 その答えを、マザーは言った。

「天使の羽は特戦と聖法教会の共同管理という形が取られます。保管は特戦となりますが、我々からは監視官として一人を派遣します。それを以て、聖法教会は聖遺物の管理責務を果たすものとなるでしょう」

「じゃあ!」

 監視する人間を一人派遣する。それは、守人の傍にいられるということだ。

「麗華」

 暗雲の中で見えた一条の光。麗華は期待が湧き上がり、マザーは穏やかながらも芯のある姿勢で麗華に告げる。

 それは多くの時を重ねた者からの、温かい声援だった。

「あなたの道は、まだ終わってはいません。人の道が潰える時。それは、意志が潰えた時なのです」

「……はい」

 その思いを、確かに受け取った。

 麗華は足に掛かっていたシートをどかしベッドから降りた。下は白の下着しか履いておらず裸足で床に立つ。

 見ればベッドの隅に着替えの服が乗った台がある。戦闘時と同じ白のジャケットと長ズボン。麗華はそれらを手に取り着替え始めた。

 ズボンに足を通し、ジャケットの袖に腕を通す。その仕草には力強さがあった。瞳は鋭く、確かな意志がある。

 麗華はジャケットのファスナーを締め、着替えを終える。

「遂げなさい。あなたの信仰を」

 背中にかけられた言葉に、麗華は振り向いた。

「ありがとうございます、マザー」

 その表情は、もう沈んでなどいなかった。

 麗華は白のカーテンを開いた。そして、その先へ歩き出す。

 道はまだ終わっていない。祈りも、願いもまだ。

 麗華は歩み続ける。その瞳にかつての輝きを宿して。

 ――いざ、己の道へ

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