SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

長い一日の終わり

 目の前にいるのは国家間の陰謀に巻き込まれただけの一般人でしかないはずだ。しかも高校生の。

 孤児というやや特殊な環境で育ったとはいえ、その選択は驚嘆に値するものだ。

 彼からは、強い意思を感じる。

「他人のために、君は人生を捨てるのか?」

「いいや、選ぶんだ」

「選ぶ?」

 賢条の眉が曲がった。

 守人は、真っ直ぐな視線を送る。

「彼女のために、自分が今出来ることを」

 守人は、言った。

 かつて、自分の手を握ってくれた誰かがいた。その感触を覚えてる。温かくて、自分を導いてくれた誰か。

 いつなのか、どこなのか、その顔すらも分からない。

 ただ、その温かさを覚えてる。

 自分のために過酷な道を選んだ少女のことを。

 その選択は無意味でも無価値でもない。

 こうして、今に続いている。

 白河麗華の選択は無駄なんかじゃない。守人は、自信を持ってそう言えるから。

 自分は、守られた。

 なら、次は自分の番だ。

 守人は決意した。唯一の家族を守りたい。そのために。

 守人と賢条の間で話が進んでいく。それを止めようと必死に麗華は声を振り絞った。

「駄目よ守人君!」

 必死な声が暗闇の遊園地に響く。けれど、二人は歩き出してしまった。

「待って、待って守人君! 君をここで行かせたら、私は、なんのために今まで……!」

 悔しさが滲む。視界が涙でぼやける。

 行ってしまう。幸せを願った彼が。聖騎士なんて、戦いとは無縁の世界で生きて欲しいと願った彼が。

 そのために、今までを生きてきたというのに。これでは本末転倒だ。自分の祈りも、願いも無駄に終わってしまう。

 そこで、守人の足が止まった。

「いいんだ」

 これから過酷な道を行く少年は、しかし穏やかな声だった。

「『姉さん』は、俺を守ってくれた。今までずっと。それに気づかせてくれた。それだけで」

 麗華は頑張った。辛い訓練も続け、ここまできた。すべて彼のためだった。そんな彼女に、守人は言うのだ。

「ありがと。……嬉しかったよ」

 彼は、微笑んでいた。これから向かう先は、修羅であると知っているのに。

「守人君!」

 その笑顔に、吠えた。彼は、優しい顔をしていた。

 その後守人は向き直る。顔はすでに精悍な表情に戻っていた。

 そう、守人は知っている。これから先、安泰などないだろう。自分の人生は戦いに支配される。

 なぜなら今後は兵器として生きるのだ。生きる目的も、存在意義も、戦いの中にしかない。

 それでも守人に怯えはなかった。これから続いていく道を歩む決意はすでに出来ている。

 戦うことを約束された人生に、自分を投げ込んだ。

「守人君!」

「案内しろ」

 賢条にそう言い、彼の背中をついていく。

 二人の後ろ姿が、遠ざかっていく。

「待って、守人君! ま……って……」

 麗華は手を伸ばす。彼の背中に向けて。必死に。懸命に。

 けれど。

 その手は、届かない。

 彼は自分の意思で歩み始めた。

 次第に彼女の意識は明滅を繰り返し、暗転していった。

「守人、くん……」

 手が、落ちる。

 こうして、佐宝精神保健研究所の火災事件に端を発したアザゼルの事件は終わりを遂げた。

 長い一日が、終わる。

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