SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

毒薬変じて薬となる

 鹿目麗華はその場から動かずにいた。唯一の家族を抱き、少女は静寂に残される。

 涙はすでに止まっている。無言の静けさに身を置き、彼女は彼の亡骸を抱き締める。真摯に、己に刻み込むように。

 隊長やほかの騎士たちが立ち上がる。守人から受けた精神攻撃から立ち直ったようだ。

 すでに勝負が決したことを知り、あえて麗華の邪魔をしようとする者はいなかった。

 隊長を含め、皆が遠巻きに彼女の心情を汲み取る。

 今出来ることとして、アザゼルを使用した少年の討伐と遺体の送致そうちを本部に伝令だけ行い、移動の用意をしておく。

 それだけで彼女を急かそうとはせず、皆は静かに見守っていた。

 しかし、ここへ場違いな拍手が響き渡る。

 不似合であるし不穏当だろう。これは葬列での喝采に等しい。故人の哀悼を思う人に対して、拍手など不謹慎でしかないというのに、

「いやー、お見事お見事。おかげで助かりました。教会の皆さん」

 黒スーツ姿の男。賢条幹久は、笑顔で登場していた。

「貴様!?」

 広場に現れた二人組の男女に隊長が声を荒げる。麗華も首だけを動かし二人を見咎めた。

 視線の先に立つのは黒髪をオールバックで固めスーツを着込む紳士然とした男性。

 眼鏡の奥の双眸は優しく細められ、柔和な笑みが教会の全員を礼賛らいさんしている。

 もう一人はショートカットの髪の女性であり、鋭角な眼鏡を掛け男とは対照的に鋭い眼光を向ける。

 真っ直ぐと正す姿勢と滲む戦意に隙はなく、敵意を隠そうともしていない。

 まるで、建て前と本音を連れてきたような二人組だった。

「特戦の賢条幹久だな? 何故ここにいる?」

 睨み付け威圧する言質は詰問だ。隊長は問いを投げかけ、彼の質疑には二つの意味があった。

 一つは文字通り。今の今まで戦場であったここへ、何故いるのかという問い。

 二つ目は、ここは彼ら教会が扱う聖位術、外界遮断の術が発動している。常人では、侵入どころか干渉すら不可能なはずだった。

 故に解せない。何をしに来た? どうやって入った? 隊長は問い質す。

「それはもちろん、皆様方を寿(ことほ)ぎに」

 しかし、賢条は真意には答えず表面上の問いにしか答えない。

「ふざけるな!」

 怒気を発し剣先を揺らす。対して賢条の傍らの女性が見構えた。

「いえいえ、とんでもない。私たちはただ、ここで特異戦力が暴れているという報告を受けて来ただけのことでしてね。それを追い詰めるどころか確保までしていただき、感謝するのは至極当然のこと。ありがとうございます」

 賢条はその場で恭しく頭を垂れる。最大の感謝の意を表現していると、見る者は誰しもが思うだろう。

 しかし、この場を覆う雰囲気は殺伐としており一切の油断も親交もなかった。

「そして」

 そして、賢条は姿勢を戻し、温和に、しかし反論を挟ませない断言で告げる。

「今後の業務は我々が引き継ぎましょう。お役目ご苦労様です。では、件の少年は我々にお任せを」

 万人を魅了して止まない賢条の笑顔が映える。純粋であり一点の曇りもない微笑。

 しかし、この場において気を許す者は誰一人としていなかった。

 賢条の笑顔は防腐剤や添加物が塗りたくられた食品のようだ。綺麗であればあるほど、むしろ悍ましさだけが増していく。

 毒の滴る微笑。信じてはならない、詐欺師の仮面がそこにはあった。

「抜かせ」 

 隊長が侮蔑と共に拒絶する。

「なぜ、そんなことが平然と言えるの……!」

 続いて口を開いたのは、亡き家族を抱く麗華だった。

 この悲劇。この惨劇。発端となった聖秘合成物服用型兵器。それを製造した大本こそが彼ら特戦だ。

 いわば、白河守人は彼らに殺されたと言っても過言ではない。

 真の敵が、目の前に現れたのだ。

「あなたたちが起こしておいて! 寄越せ? ふざけないで!」

 彼の仇を前にして、麗華は激昂した。守人の遺体を地面にゆっくりと下ろし、刀を手に立ち上がった。

「あなたたちに、これ以上守人君を好きにはさせない!」

 嚇怒かくどの念が身を焦がす。溢れんばかりの熱量に体が溶けるほどであり、全身は激怒の炎波を発していた。

「これは異なことをおっしゃる。我々は日本政府の者であり、彼を回収するのは道理。反して、失礼だがあなた方は部外者だ。まして」

 賢条は言葉途中に間を置いて、丁寧な姿勢を一貫して言う。

「ここは日本領。本部があなた方にどのような命を送ったのかは与り知りませんが、勝手は許されない。あなた方は、彼の遺体をどうされるおつもりかな? 日本国民は我々の手で。我々が預かりましょう」

 真面目な態度が感情を逆撫でする。

 悪人の笑顔ほど下種なものはないと、癇に障る賢条に麗華は刺すような視線を送る。

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