SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

オーバードーズ

 瞬間、守人に変化が起こる。天使の羽の過剰摂取エンジェル・オーバードーズによりこれまでにない覚醒状態に入っていく。

 守人の体が浮遊し始めた。さらには背中から二つの帯状の光が伸びだした。純白であり神々しいほどの輝きを放つ、それは天使の羽のようだった。

 輝く羽を広げ宙に立つ。夜空から差し込む月光に照らされて。人知を超えた境地に君臨し、夜闇に現れる神聖の光体。古の伝説が蘇る。

 ――神の如き強者。

 堕天使アザゼル。

 守人は、アザゼルの力を完全に取り込んでいた。

「そんな、羽が生えるなんて」

 麗華やほかの隊員が唖然と見上げる。そこには人を超えたなにかが立っていた。

「うああああああ!」

 彼が叫ぶ。獰猛な雄叫びが夜を震わせた。

「守人君!」

 麗華は名前を呼ぶが返事はない。意識がない。このままでは佐宝研究所と同じく辺りをめちゃくちゃに破壊される。

「彼を暫定的にSCP6001jpと指定。これを捕獲、もしくは撃破しろ」

「待ってください隊長!」

 麗華は叫ぶが止まるはずもなく、隊長の後に続き彼女以外の部下が守人に突撃していく。剣を抜き守人に迫る。

 守人は急遽浮上した。高さは八メートルほど。だが聖法教会の者たちも訓練された聖騎士だ。聖位術によって強化された身体能力は跳躍すれば八メートル上空にいる守人にも接近する。

 しかし、守人は眉すら動かすことなく片手を伸ばすと、まだ離れている隊長を吹き飛ばした。

「がああ!」

 触れずに物を動かす念動力。吹き飛ばされた隊長は何度も地面にぶつかり転がっていく。その間に四人の聖騎士が守人を囲んだ。前方から二人、後方から二人。四人が同時に攻撃する。

 だが、守人の腕力と超然な共感覚はそれを許さなかった。

 前方から振り下ろされる剣を片手でそれぞれ掴む。さらに背後から襲ってきた二人は両翼ではね返した。

 振り返るまでもない。

 上空から視えている。

 守人は両手を勢いよく振り下ろし二人を地面に叩き付けた。

 落下の衝撃に騎士たちから苦しそうな声が漏れる。

 それでも起き上がるのはさすがと言うべきか。彼らも世界の裏側に生きる異能の使い手、簡単には倒れない。

 そんな彼らの闘志を、守人は威嚇するように吠える。その次に右手を持ち上げた。

 アザゼルを使用した守人には人の意識や感情が読み取れる。それは入力作業だ。ならば出力も出来る。自身の負の感覚バッドトリップを強制的に共有させた。

「ぎゃあああ!」「うわああああああ」「がああああ!」

 直後、地上は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。体が重い、息が苦しい。なにより生きることを諦めたくなるほどの倦怠感と死にたくなるほどの嫌悪感が止まらない。

 全体精神攻撃。この前に、教会の騎士たちは戦意を砕かれ地に伏した。

 守人は宙に浮かび眼下の者たちを見つめる。まるで聖画のように。満月を背に最凶の超人が翼を広げる。

 守人の下では唯一攻撃の対象から外れていた麗華が倒れた仲間の心配に走っていた。それから守人に視線を移す。

「守人君、聞いて。私は君の苦しみを知っている。君の優しさを知っている! 君はこんな人じゃない、だから止めて!」

 鹿目からの再三の訴え。しかし守人に届いている様子はない。威圧と暴力的な闘志をぶつけてくる。

「ねえ、守人君」

 反対に鹿目の様子は静かだった。これほどの気圧を受けながら、それでも彼女は平静に、悲しみを浮かべてみせる。

 麗華は一歩、前に出た。

「私には大切な人がいた。その人は、両親が死んで、残された唯一の家族だった。その人のために私は騎士になったの。それからはずっと辛かった。泣いたりもした。両親が死ななければ良かったのにって何度も思った。そうしたらもっと普通に、幸せに暮らせたはずなのにって。だけどね、どれだけそう思ったところで、現実は変わらない」

 さらに一歩、守人との距離が縮まる。

「奇跡なんてない。奇跡なんてないのッ。私たちは、現実を受け止めるしかないのよ!」

 麗華は足を止め、守人と向き合う。

「死んでしまった人には、もう会えない」

 悲哀のある瞳だった。言葉は悟ったように静かに響いて、彼女は続ける。

「守人君」

 名前を呼ぶ時、それは覚悟を促す声だった。現実を受け止めさせる、真実の言葉。

「瑞希さんは……、死んだのよ……」

 悲しみに濡れた声が、残酷な言葉が、守人の耳に届く。

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