SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

バッドトリップ

「嘘だ……」

 守人は顔を横に振る。もう、なにを否定しているのかも分からなかった。

「嘘じゃない。今の君はアザゼルの副作用で現実と妄想の区別がついていないのよ。いつまた暴走するか分からない、危険な状態なの」

「暴走?」

「佐宝精神保健研究所の火災跡地。そこで、君が暴れたのは分かってる。建物を破壊して、一人で樹を薙ぎ倒して。もし人通りの多い場所だったら、君のせいで死傷者だって出ていたかもしれない」

 研究所での戦いは幻覚だった。もし同じことが人の往来で起きれば、その被害は計り知れない。

 守人はいつ爆発するか分からない、生きた爆弾なのだ。

「君は今、自分が思っている以上に危険な状態なの」

 麗華が話す意味を理解できても、それでも守人は納得できなかった。混乱と焦燥が、頭を巡る。

「お願い守人君。私と一緒に来て。このままじゃ守人君だってどうなるか分からない。早く治療が必要なの、分かるでしょう?」

 麗華は立ち止まってから、守人へ手を差し出した。

「お願い、一緒に来て」

 誘いの言葉。守人のために伸ばされる彼女の手。

 けれど、守人はそれどころではなかった。

(瑞希が、いない?)

 頭が空白になっていく。心が漂白されていく。

 守人の胸の中にあった大切な思いが流されて、消えてなくなって、空っぽの自分になっていく。

 守人は地面に座り込んだ。がくんと、糸が切れた人形のように。

 それを見て、麗華は寂しそうな表情を浮かべた。

 そこへ他の者たちが現れた。彼女の背後から現れたのは住宅街で出会った部隊だった。麗華と同じく戦闘用の白衣姿で、隊長の背後には八人の部下も見える。

「すでに人払いの結界は張ってあるがこれ以上は時間が惜しい。すぐに連行するぞ」

「はい……」

 麗華は寂しそうに頷いた。

「…………」

 彼女が俯く中、守人も両膝を地面に付けたまま俯いていた。失意の中、抜け殻のようにそこにいる。

 すべての希望と歓喜は剥奪されて残ったものはなにもない。この手に掴んだと思った幸福も。なにも。なにもない。

「いやだ……」

 口から出てきたのは否定の言葉だった。こんな世界を認めたくない。こんな自分を認めたくない。

「俺は……」

 救ったはずだ。瑞希を。彼女を助けたはずなのに。これからは変われると、そう思っていたのに。

 焦燥が、守人の導火線に火をつけた。

「うわあああああ!」

 大声とともに体をよじる。気持ちが悪い。体が苦しい。

「いかん! バッドトリップだ!」

 暴走する守人に部隊の人間が駆けつける。守人は腕を振るい彼らを吹き飛ばした。

 アザゼルの力は使用後減衰していくが同時に蓄積もされる。守人は積み重なった天使の力で肉体の強度が上がっていた。

 しかし、どれほど力が増えようとこの苦しみからは逃れられない。

『おまえのせいだ!』『おまえのせいだ!』『おまえのせいだ!』

 幻聴が聞こえる。自分を非難する声が弾幕のように体を貫いていく。

 苦しい。心身ともに最悪だ。ここは地獄だ。救いなんてない。守人が感じるのは糾弾してくる声と肉体の疲労感、死にたくなるほどの罪悪感だけだ。

 それ以外はなにも聞こえない。光も見えない。暗闇に包まれて、次第に意識すら吹き飛んでいく。

 助かりたい。希望に縋るように、もう存在しないと知っているのに手を伸ばす。

 アザゼル。それは人を愛したために堕天した天使。それは愚かな選択だったかもしれない。けれど、愚かだと分かっていても止められない。

 ベンチに置かれていたアタッシュケースが震えだした。それは独りでに開くと中に入っていた注射器が守人に向かって飛んでいき、数本の注射針が守人の背中に突き刺さった。

「そんな!?」

 麗華が叫ぶがもう遅い。アザゼルはすべて守人の体内に入った。

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