SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

現実

「君の言っている特戦や約束は全部――」

 それでも麗華は言った。覚悟を決めた言葉を、心を抉る痛みに耐えるような叫びを以て。

 それは知ってはならない。

 けれど知らねばならない。

 それは真実で、残酷な現実だった。

「幻覚なのよ! 全部、全部! 全部……」

 麗華は目を伏せる。両手は握られ、耐えるように震えている。

 反対に、守人は固まった。

「君は私と会っていない。特戦も倒してない。瑞希さんもッ」

 麗華は悲痛に顔を歪めて、守人を傷つけるだろう言葉を、あえて叫ぶ。

「瑞希さんも、生き返っていないのよ!」

 麗華からの告白に、守人は呆然と立ち尽くしていた。胸の内側で、どろりとした感情が混ざり合う。

「幻、覚……?」

 麗華からの告白に、守人は頭が真っ白になっていく。自分がしてきたこれまでのことも、喜びも、決意も、幸せも――

(幻覚?)

 お前の勘違いだと突きつけられて、平静でいられるはずがなかった。

「聖秘(せいひ)合成物服用型兵器、アザゼル。あれにはね」

 麗華の声が一層悲痛な波を漂わせる。それは麗華にとっても悲劇だったから。

「あれには、危険な薬物が使われていたの! 使用者に超常の力を与える兵器だけれど、使用直後に狂死する問題点があった。それを克服するために、特戦は薬物を混ぜ込んだ。アザゼルの精神負荷に耐えるために、薬物の快楽で対抗したのよ。それによって使用直後の死亡は減ったけど、反面、薬物の副作用も増幅されて使用者に襲い掛かる。聞いたの、君と別れた後に……」

 大声で叫んだ後、彼女は悔しそうに拳に力を入れた。目尻には涙が浮かんでいて、鼻をすすっていた。

「薬物だって?」

 告白に、守人は一歩後ろに下がる。薬物。その言葉は質量のように守人の体を押した。

 頭の中がぐるぐると掻き乱れていく。瑞希を守ったと喜び満たされた充実感と達成感はもろくも崩れ落ち、空虚な現実が圧し潰しにくる。

(今までが、幻覚?)

 そう、全ては被害妄想と幻覚がみせた幻。愛する女性を守るために戦い、勝利した守人はどこにもいない。

 聖法教会から逃げた後、麗華と再会した。その後特戦に勝利して研究所で瑞希を目覚めさせた。

 しかし。

 捕らわれた麗華が後を追って来られるはずもなく、死者は蘇らない。

 奇跡なんて、ない。

 他にも様々なことが錯覚。妄想。ありもしない恐怖に怯えて、どこにもない愛を守った。

 全ては幻覚。空虚な一人芝居に過ぎなかったのだ。

「違う……」

 守人はゆっくりと顔を振る。後退する足を止め、驚愕に固まった表情のまま麗華を見つめた。

「違う……、そんなはずない」

 停止していた感情が暴れ出す。現実と認識の乖離に拒絶反応が起こり、守人の心を波立てる。

「今の今まで、そこに瑞希はいた。触れ合うことも出来たんんだ」

「そう思い込んでいただけなのよ」

「なら、研究所の案内は? 俺は鹿目さんの案内で地下に降りたんだ。俺が知らないのに、どうやって案内できる?」

「君はアザゼルの力がある。物と交信することが出来れば、物の情報や記憶だって読み取れる」

「…………」

 ことごとく反論され、守人は言葉が続かなかった。

 麗華は作っていた拳の手の甲で涙を拭いた。露わになる両目は赤く、泣き腫れた寂しそうな目をしていた。

「君はひどい悪夢を見ていたんだよ。エルム街の怪人が可愛く思えるほどのね。そして、それは今も続いてる」

 唇は言いたくないと震えているが、麗華は熱い呼気を吐いた後、口にした。

「守人君。君を、拘束します……」

 麗華の口から出てきた言葉は、まるで血に濡れているように痛々しかった。

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