SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

異変

 突然の質問に言葉が出てこない。考えたこともなかった。頭の中にあるのは自分は誰よりも価値のない人間という判断だけで。

 他人の価値を、他人がどういうものかを、考えたことなど一度も。

 目の前にいる女性、鹿目麗華もそう。彼女は自分よりも数段真っ当で、素晴らしい人間なんだと当たり前のように思ってた。

 彼女のことをなにも知らないはずなのに、そうだと思い込んでいたんだ。

 守人はわずかに迷う。でも、正直な気持ちを伝えることにした。

「そうは思わない。俺から見て、鹿目さんは立派な人だ。俺みたいな見ず知らずの人間を必死に助け、心配する。思いやりのある優しい女性だ。俺は鹿目さんが、ひどい人間だとは思わない。なにより、鹿目さんは今頑張っている。なら、俺は鹿目さんが悪いとは思わない」

 率直に、思ったことを告げた。

「でも、それなら君も許されるはずだよ?」

 返ってきた答えに、守人は再び言葉を失った。

「君だって、必死に努力すればいい。誰かのためになろうって、それじゃ駄目なの?」

 麗華の表情はいつしか切迫したものとなって、守人を見つめていた。

「自分を許すことは、出来ないの?」

 見合わせていた顔を、守人は横に向ける。彼女の言いたいことを理解する。確かに彼女の言う通りだ。

 彼女は正しい。頑張っている者が許されるなら、彼女が許されるなら。守人だって、許されるべきだ。

 だけど。

 それでも。

 守人の意志は、変わらない。

「けっきょく、自分は自分なんだよ。俺の考えは変わらない。なにをしても俺は自分を許せないと思う。矛盾してるかもしれないけど、それが、俺なんだ」

「でも」

 守人の答えに麗華の表情が辛そうに歪む。片手を胸の前で握り、心配そうな眼差しを向けてくる。

「申し訳ないけど、止めてくれ。正しいだけの正論なんてうんざりだ」

 それらを、守人は突き放した。

 守人の発言に麗華の出かかった言葉が引っ込む。切羽詰った表情もなくなり、下を向いた。

「君は、優しいんだと思う。だから、そんなに追い込んで……」

 出てくる声は、やはり寂れていて。どこか諦めた虚しさと、叶わない悲しさが伝わる。

 失った痛みを癒すために、新たな痛みを作る囚人。守人はそういうものなのかもしれない。ならば永遠の痛みの中でもがくだろう。それが彼が決めた道だから。

「本当の君に、会いたかったな」

 小さくそう呟いた後、麗華は表情を崩した。

「ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「いや……」

 自分を心配してくれる彼女を、悪く思うことはない。反対に、応えられないことに後ろめたくなる。

「逃げよう、いつ特戦が来るか分からないし」

「そうだな」

 そんなやり取りを交え二人は再び歩き出す。

 瞬間だった。

「うっ!」

 突然、急激な疲労が襲ってきたのだ。

「ぐうぅ……! 」

 守人はその場に膝を付く。体がとてつもなく重い。さらには心が腐乱したような気持ち悪さがあった。腐ったリンゴのように、守人の精神も腐り落ちそうだった。

「うう! ああ、がっ、ああああ!」

 急に襲われる意味不明の不調、苦痛に意識が圧し潰される。不快感を振り落とそうと両腕で体を払おうとするが、それだけの動作が筋トレのように辛い。

「どうしたの守人君!?」

 苦しみ出した守人に麗華が駆け寄った。

 守人は襲われる息苦しさに手を胸に当てた。空気が水になったように呼吸が辛い。

 体は鉛のようで、さらに体中を百匹のムカデが走っている感覚に怖気が走る。肌が粟立ち嫌忌の念が止まらない。

 守人は激しい吐き気を覚え、麗華から急いで離れると壁際に寄り、そのまま嘔吐した。

「オウエ! オッホ! ごほ、ごっほ!」 

 胃袋に収まっていたもの全てを吐き出し胃液まで逆流して吐いた。喉が焼けるように熱い。悪臭が立ち込め、鼻をつまみたくなる刺激が鼻孔を襲う。

「大丈夫守人君!?」

「来なくていい!」

「そんなわけないでしょう!」

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