SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

使用

 いったいどうなる?

 緊張の中、一拍の間が置かれる。

 直後だった。

「ぐっ、があっ!?」

 注射器を刺した左腕の血管が膨張する。次に、訪れたのは最悪な精神の汚濁だった。

「ぐ、うう……!」 

 突如襲来する精神的な激痛。あらゆる負の感情をかき集めて濃縮し、さらに集めて濃くしたような。

 体はふら付き気持ち悪くて仕方がない。排泄物で窒息するような息苦しさと生理的嫌悪感が全身を襲う。

「がっ、ああ!」

 このままでは、まずい!

 ――ドクン。

 その時、それは聞こえた。

 ――ドクン!

 自身の鼓動の音だ。

 初めは小さく、しかし段々と力強く。生きていることを主張するように、脈動は雄々しく逞しく、血液は循環する。

「――――」

 それは、変化と呼ぶにはあまりにも拙い激変だった。

 今までの苦痛が掻き消えて、訪れるのは最高の高揚だ。興奮する。意識が昂る。

(やれる……!)

 自信が漲る。やれると心が叫んだ。

 それはまったく未知の体験。

 新たな世界をここに知る。

 これは第二の生への門出。既存の認識という胎内を突き破り、今まで知らなかった世界へ飛び出したのだ。

「キサマァア」

 そこで、耳が不協和音のような異物を捕まえる。振り向けばそこには男が立っていた。

 今の守人には不思議と音を鼓膜だけでなく、色として視認出来た。空間に漂う自分の吐息が赤く見える。

 そのように男の声も色が付いて届いた。しかし、男の色はどす黒く不快な色で、音も耳鳴りのように忌々しい。

「殺す……」

 気分は高揚していた。今なら空さえ飛べる気がする。

 守人は走った。男の目の前にまで迫り、拳を構える。

 男も黙っておらず守人の接近に応戦するため攻撃してくる。猛威を振るった拳骨が守人の頬に直撃する。電柱すらへし折る一撃だ。即死、それしかない。

 しかし、守人は耐えた。怪我すらない。

 守人は相手の腕を片手で握り、そこにありったけの力を込める。五指が肉に食い込み、握力だけで相手の骨をへし折った。

「あああぁあああぁ!」

 男の絶叫が虚空に響き渡る。

「答えろ。お前が瑞希を殺したのか!?」

 守人は拳を振り上げた。瑞希への復讐を果たすため、待ちに待った一撃を振り下ろす。

「答えろぉおおお!」

 守人の拳が男の胸に直撃し、男は吹き飛んだ。大の大人を一撃で倒す腕力。守人の肉体は人間のそれを超えている。

「おおお!」

 男は地面に倒れ苦しんでいる。腕は折れ、胸部のダメージはまだ回復していない。

 男は急いで立ち上がると地面に落ちていた銃に駆け寄り持ち上げた。

「ふ、ふふふッ!」

 表情には怯えと笑みが浮かんでいる。守人の力は男の回復力を超えている。連続攻撃をしかければ男を殺せる。

 銃を持つ男の手が震えている。だが、銃口はちゃんと守人を捉えていた。

「答えろ」

「!?」

 だが、守人は怯えていなかった。

「瑞希を本当に殺したのか? 答えろ」

 殺意の問いが夜に響く。目は吊り上り、復讐に燃える。答えろと頭の中で念仏のように唱える。

 銃を向けても動じることのない守人に勝てないと察したか、男は逃げ出した。

「逃がすか!」

 その後を守人は追いかける。絶対に逃がすものか。空腹の猛獣さながらの勢いで追撃する。

「ひぃいい!」

 男は片手で銃を持ち、折れた腕をぶら下げながら走る。しかし体勢が悪く上手く走れていない。そのせいか男は転倒してしまった。

 その拍子だった。

 減音器による発砲音が静かに響く。男は引き金に指を当てたまま走っており、倒れた勢いで暴発したのだ。

 そして運悪く、自分のこめかみを撃ち抜いていた。

「……なに」

 守人はすぐに駆け寄った。地面に横になる男を仰向けに寝かせ顔を確認するが、男は死んでいた。傷が回復する様子はない。

「ふざけるな……」

 しかし、それでも守人の想いは止まらない。

 守人は男の胸倉を掴むと、反対側の手を振り上げた。

「答えろぉお!」

 絶叫とともに、拳を振り下ろす。

 一撃目で男の鼻がなくなり、

「答えろ!」

 二撃目で顔がなくなった。

「答えろ! 答えろ!」

 そして三撃目で、首から上が消え失せた。 

「――――」

 それでお終い。首からは勢いよく血液が漏れ出し、みるみると地面を深紅に染め上げていく。

「…………!」

 悔しい思いが湧き上がる。

 これが仇討? これで瑞希が死んだことがチャラになるのか?

 なるわけがない。瑞希を失った悲しみは、こんなことでは晴れない。どうやっても、瑞希は戻ってこないのだから。

「うあああああああああ!」

 守人は血が広がっていく地面の上に立ちながら、悲しみに浸っていた。

 喪失に狂った叫び声が、満月の夜空に響き渡る。

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