SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

出会い

(本物? まさか……。しかし)

 信じられなかった。素手で電柱を壊すことも、当たり前のように銃を取り出すことも。

 世界が変わっていた。自分が住んでいた世界が書き換わったように、目の前の出来事が信じられない。

 これはなんだ? こいつはなんだ? 現実離れした光景に理解が追いつかない。

 分からない。分かっているのは、この男が正気じゃないということだ。

「死ねぇええ!」

 男が叫ぶ。トリガーの指が引き絞られる。

 殺されると直感した。

「そこまでよ!」

 しかし、恐怖に頭が支配されていた守人の背後から、白い人影が現れた。

 澄んだ声の主は守人の目の前に立った。守人は新たに現れた人物を見上げる。

 それは一人の少女だった。白衣の少女は自分よりも少し年齢が上くらいか。純白のジャケットを夜気に翻し、背中まで伸びた黒髪を靡かせている。

 彼女は帯刀しており、指が裸の手袋を嵌めた両手が剣を掴んだ。

 刀のようだが日本刀のような伝統的なものではなくナイフのような機能性だけを目的に作られた構造をしている。

 切っ先を男に構え、銀色の刀身が月光を弾く。

「君は早く逃げて!」

 少女が叫ぶ。前を向く彼女の表情は分からないが、声には気迫がある。

 少女は逃げるように指示するが、この事態に守人は唖然としてしまい咄嗟に動くことが出来なかった。

 そうしているうちに少女は男に駆けた。黒の長髪が夜に尾を引き、白の全身は疾風のように速い。少女の行動に男も動く。引き金に当てられていた指が、ついにトリガーを引いたのだ。

「ッ!?」

 守人は頭を抱えてうつ伏せになる。直後空気を切る音がする。壁面には弾痕がいくつも刻まれ、人を殺傷する脅威が暴れる。本物だ。守人はうつ伏せになりながら実感する。

 凶弾が乱射される中、しかし、彼女は健在のまま疾駆していた。

(馬鹿な、なんて速さだ)

 連射が襲おうとも、彼女のスピードを捉えられない。そのまま少女は剣の間合いに突入し、

「ハッ!」

 剣撃は男の胴体を真横に一閃していた。

「ぐおっお!」

 斬られ男が倒れる。彼女はすぐに銃を叩き落とし距離を取る。攻撃と反撃が交わる一瞬の出来事。守人はただ見ていることしか出来なかった。

 男が倒れたことに安堵が広がっていく。だが、彼女は真剣な表情のままだった。

「なにをしてるの!? 早く逃げて!」

「しかし……」

 その男は危険だ。彼女も尋常ではないが、戦っている女の子一人残して逃げることに抵抗を覚える。

 そう守人が思っていた時、男が立ち上がった。

「あ、ああ……」

 斬られた傷に手を当て痛みに震えている。しかし、

「ヒッ、ヒヒ……」

 表情は未だに笑っていた。

(なんで笑ってるんだ……?)

 男が作る異様な笑みに守人は心の底から嫌悪感を覚えた。普通ではない。狂っている。

 しかも異常は立て続けに起こる。男の傷口から白い煙が立ち上がり、みるみると傷が治っていくのだ。

「!?」

 目の前の現象が信じられない。彼女の常人離れした速力もそうだが、斬られた傷が瞬く間に塞がるという異常に目が点になる。

 守人は驚愕を顔に貼り付けるが、彼女は動揺しなかった。

「その男は己の目を焼き潰した。この地平に起こる悲しみを目にしないため」

 突然語られるこの場には似合わない台詞。けれど彼女は真剣な面持ちで続ける。

「その男は己の耳を突き刺した。人の嘆きを聞かぬため」

 彼女が一句一句を言い進める度、空気が、空間がが変わっていく不思議な感覚がした。

「しかし、生きる苦難からは脱せられぬ」

 彼女は言い終え術式を展開する。しかし特に異変はなく守人には何が変わったのか分からななかった。

 その時、突然男が頭を抱え苦しみ出した。

「ウ、ウ、うわああ! がああ!」

 男の急変に少女は表情を歪め、守人も慌てて振り返る。

「ア……アァ……、イ! イッ! アアア、アァ……」

 男は叫喚とも悲鳴ともつかない声を発している。血走った両目は焦点が合っておらず、怯えているように体を震わせていた。不安と恐怖に苛まれ、何かに縋ろうとしている。

 そんな男の目が向かった先は、先ほどから手放さずに持っていたアタッシュケースだった。

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