SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

遭遇

 時刻は深夜になっていた。寝付けなかった守人は人気のない暗がりを一人で歩いている。

 この時間、住宅街の道は静まり頭上には月が浮かんでいる。見上げれば薄い雲が夜空に流れていた。広がる空の暗がりに星はなく、月が一人寂しそうにそこにある。

 守人は道すがら、アスファルトの道路脇に咲いていたたんぽぽを摘み取った。茎を切り取り、いくつものそれを輪ゴムで束ねる。みすぼらしい花束を手に守人は歩き出した。

 そして、そこにたどり着く。

 瑞希が亡くなった場所へ。

 夜の二時ごろということもあり誰も歩いていない。外灯も少なく、薄闇と静寂に包まれている。

 その一角に、多くの花束が置かれた外灯があった。花束以外にはぬいぐるみやお菓子など。手紙もある。数々の供え物は彼女が愛されていた証だ。

 守人はそこに急造の花束を置いた。それからはその場に立ち尽くし、眼下の光景を見つめていた。

「くっ……!」

 目尻に涙が溜まる。両手は拳を作って思いに耐える。情けなかった。悔しかった。こんな結果を見せつけられなければ理解できない自分の愚鈍さには怒りすら覚える。

 すべてを諦めていた守人の中で、彼女だけが光だった。自分は愛されているのだと、彼女だけは教えてくれたのに。

 彼女の温かさは当たり前になっていて気づけなかった。だけど、本当はなくしてはいけない大切なものだった。

「……瑞希……!」

 激しい後悔が自身に刻まれる。瑞希は亡くなった。もう二度と手に入らない。悔しさに、悲しさに、守人は溺れるように苦しんだ。

 守人は立ち尽くす。いつまでも。自分にすら見放されたように。

 そこへ、足音が聞こえてきた。

「……ん?」

 守人は音がしてくる方へ顔を向けた。

 この時間、元々人通りの少ないこの道を利用する人は少ない。では自分のように彼女の死を悼む者が耐え切れずに訪れたとか。もしくは単なる偶然の通行人だろうか。

 しかし、様子がおかしい。

 はじめは小さく、徐々に近づくにつれ響く足音に混じって、聞き慣れない音が聞こえてくる。

「ア……アァ……!」

 変な声だ。目を向ければ暗がりに人影が隠れ、道を歩いている。いや、こちらに近づいている。
 守人は嫌な予感にいつしか身構えていた。正体不明の危機感が肌を刺す。

 そして、近づく人影は外灯の光に照らされ、ついに姿を現した。

 スーツ姿の男性だった。年齢は四十代ほどであり、片手には白のアタッシュケースが握られていた。

 これだけならさして気にするほどのことではないが、しかし彼にはそれだけに留まらない異様さがあった。

 瞳は血走ったようにぎらつき、口元は大きく持ち上がり、笑っていたのだ。

「クク、ハハッ」

 声が放たれる。嬉々を混ぜ込んだ恍惚の色に濡れている。

 粘つくほどの視線が守人を捉えていた。血走った双眸。全身から発散される荒々しい空気。

「ア……アァ……!」

 見れば、男の口元からは涎が垂れていた。

(なんだ)

 目の前に現れた男から、目が離せない。明らかに普通ではない。

「クッフフ、はっははぁ……」

 充血した両目を見開き、男が口を大きく吊り上げた。その後空いた手を振り上げ、守人に走ってきたのだ。

「ッ!?」

 慌てて走る。男が拳を振り下ろす直前に体を地面に投げて回避する。そのまま前転をして体勢を整える、その最中。

 とてつもない衝撃の音が聞こえてきた。守人は前転した後すぐに振り返る。

「なっ!?」

 それは、今の一撃で真ん中からへし折られた電柱だった。コンクリートが粉砕され中の鉄棒が折れている。

 驚愕に声が漏れた後、言葉が出てこない。あまりにも現実からかけ離れた光景に理解が追いつかない。

「はは……、ははは……!」

 笑ってる。狂気に顔をゆがめている。狂ってる。そう断言できるほど男は異常だった。

 けれど、守人を驚愕させたのは次の行動だった。

 殴った手をスーツの裏に伸ばす。そこから取り出した黒い物体が、外灯の光で明るみになる。

「銃……?」 

 男の手には拳銃が握られていた。銃身には減音器が取り付けられている。

 銃口が、自分に向けられる。

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