SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

特異戦力対策室

 ビルの廊下を牧野萌まきのもえは歩いていた。二十代の知性を感じさせる女性だ。

 黒のスーツとパンツを着ており、黒髪のショートカットと鋭い目つきが光る。全身から凛とした雰囲気を香水のように振り撒く女性だった。

 彼女は廊下を渡りきり、一室の扉の前で立ち止まる。

「室長、牧野です。入ります」

 彼女は返事を待たずドアノブを回して部屋に入り込んだ。

 部屋には応接用のソファーにデスクワーク用の木製机が一つ置かれている。机の前には三十代後半か四十代ごろの男性が椅子に座っており、彼女の入室を笑顔で迎え入れた。

「いやー萌ちゃん、おはよお~」

 黒髪をオールバックで固め、同じく黒のスーツを着ている。細長の眼鏡を掛けており柔和な笑顔がそこにはあった。

 毅然とした彼女とは打って変わり、なんとも間の抜けた声が室内に広がる。

けんじょう室長、名前で呼ばないでくださいと以前から散々申し上げていますが」

 けんじょうみきひさ。それが彼の名前であり彼女の上司だった。

「いやだってさ、萌なんていい名前だと思うんだけどな~」

「室長、怒りますよ」

「ごめんごめん、冗談だよ冗談。もー、今日も牧野ちゃんは絶好調なんだから~」

 剣呑な彼女の視線に微苦笑しながら賢条は佇まいを直す。浮かべる笑みが若干崩れていた。

 ここは特異戦力対策室と呼ばれる日本の非公式な組織、その室長室だった。

 略称は特戦。その名前の通り、彼らは特異な戦力、実在するオカルト的戦力に対抗するための組織である。

 情報収集や監視、時には防衛のために戦闘も行う。さらには戦力向上のために武器の研究開発も行っていた。最近では特に後者が盛んである。

 名前で呼ばれることに抵抗感を覚える牧野にとって毎度行われる賢条とのやり取りには辟易する思いだが、気を取り直して表情に気合を入れる。

 そして、本題を口にした。

「それで室長、昨夜、いえ、本日深夜に起きた佐宝さほう精神保健研究所襲撃の件ですが」

「進展かい?」

 彼女の眼差しに呼応して賢条の表情も険しさを滲ませる。遊びは先ほどのやり取りで終わり、これからは仕事の時間。二人は向かい合い空気が引き締まった。

「はい。研究所は火災事故ということで処理が済んでいます。それで、襲撃した男の身元が分かりました」

 牧野は資料を机の上に置き賢条は無言で目を通す。

「襲撃犯はSCP財団のエージェントです」

 SCP財団とはSCPと呼ばれる超常的現象を引き起こす生物や物、場所を収容、保護することを目的として作られた秘密組織だ。

 SCPというのもSecure(確保)、Contain(収容)、Protect(保護)の頭文字からきている。その資金から組織の規模は世界中に渡り、今日も人知を超えた存在のために戦い、または研究をしている。

「どうやら我々がSCPを発掘した情報が伝わり、そこから第四世代兵器開発に着手していることが露見したようです。すみません、こちらの不手際です」

 牧野は目を瞑り小さく頭を下げた。彼女の謝罪に賢条は反応を示さず、思考に耽る。

 その後ため息を一つ零すと椅子を反転させ、背後にある窓から空を仰いだ。そこには澄んだ青空が広がっていたが、彼の心に影が差したように表情は曇っている。

「兵器とは時代の変化に伴って形状を変えてきた。時には石斧で狩りを行ない、時には剣や弓で殺し合い、そして現在では銃と爆弾で撃ち合っている。しかしだ、それも今では極まった。核兵器という大量破壊兵器の登場により戦争が意味する被害規模の甚大さは容認出来るレベルを超えた。核戦争では剣呑過ぎる。我々には、戦略的な大量破壊兵器ではなく、戦術的に強力な兵力が必要なんだ。新たな力、第四世代兵器がね」

 彼が話す内容は今や世界各国が共有する認識だった。

 もし次大国同士が戦争をするような事態になったら? もしそれで核兵器の撃ち合いなどという悲劇が起きれば? 

 世界終末を示す時計は狂ったように回り零時になるだろう。

 あってはならない、国のために始めた戦争で人類が絶滅するなどあってはならないことだ。

 だからこそ求められていた、新たな時代を作る、新たな兵器が。

「剣では銃に勝てないように、銃では勝てない存在。つまり――」

 彼は話を続けていくが、牧野はその先を言い当てた。

「汎用的超人化。それが第四世代兵器に求められる意義であり、各国の課題です」

「その通り」

 核兵器のように少数の脅威はいらない。銃器のように誰でも使える物が好ましい。つまり誰でも超人になれる。それが目的であり、時代は転換期を迎えようとしていた。

「最近ではSCPサイドも物騒だからね。彼らに対抗するためにも私たちには力が必要だ。そのための聖秘(せいひ)合成物服用型兵器。多々問題はあれど、ようやく実用段階にまでもってこれたんだ。他所に譲る気など毛頭ない」

 その時、希薄な表情だった賢条の目つきが鋭く細められ、重苦しくも気迫の籠った声が室内の空気を震わせた。

「あれは、我々のだ」

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