SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

白河守人

 こうして二人ならんで学校から帰るのは久しぶりで、守人はふと昔の感慨が蘇った。

「こうして歩いていると、まるで昔みたいだね」

 そう言ったのは瑞希の方だった。思っていたことを言葉にされ少しだけ驚く。でもそうかと納得もした。彼女も感じていたのか、昔のようだと。

「おじさんやおばさんは元気か?」

「うん!」

「そうか」

 無感情に近い質問に返ってくる明るい返事。幸せな家庭を誇るような。それを聞いて守人の顔が少しだけ柔らかくなる。

 そのまま会話は止まり、歩き続けた二人は分かれ道で立ち止まった。同じ通学路はここまでだ。

 けれども瑞希は別れが惜しいのか、挨拶をなかなか口にしない。小さな口元は固く閉じられている。すると意を決めたように守人を見上げてきた。

「ねえ守人くん、よければわたしの家、寄っていかない? そうだ! 今日、守人くんの――」

「瑞希」

 明るく誘う瑞希の言葉。しかし、守人は遮った。

「ごめん」

 明るかった彼女の顔が悲しそうに俯く。そう言われては彼女もこれ以上誘えない。

 そんな彼女の顔を見るのが辛かったが、守人は切り出した。

「それじゃ」

「……うん」

 瑞希はまだなにか言いたそうにしていたが守人は歩き出した。通学路を一人で帰る中、その胸中には泥のような自己嫌悪がこびりついていた。

 なぜ自分はこうなのか。いつも彼女から逃げてばかり。昔は兄妹のように仲が良かったのに。

 でも違う、今はもう。その答えでもある我が家に守人は帰った。

 そこはきみどり園という孤児院だった。塀の中には大きな家が建っている。

 守人は孤児だった。

 守人は敷地に入り玄関の扉を開ける。二階建ての施設だというだけあってそこそこ大きい建物だ。

 人の気配はない。それを不思議に思うこともなく守人は二階へと向かう。そこにある部屋に入った。

 無人の部屋。二段ベッドが二つ並ぶ、大きめの部屋だった。勉強机は二つあってかつて全員が勉強するときは丸テーブルを出してそこで勉強した。

 以前は全てのベッドが埋まり、皆で勉強した四人部屋。

 でも、今は違う。

 ここには白河守人しかいない。前にあった笑い声と笑顔はなくなって、ここにはもう誰もいない。彼しかいないのだ、かつては多くがいたのに。みんな新しい親ができてここから出て行った。

 残されたのは、守人だけだった。

 守人の顔がふと暗くなる。

 以前に院長から言われたことがあった。ここにいる子供たちはみな、笑うために生まれてきたのだ。だから、いつの日か笑顔になれる日が必ず来ると。

 それを思い出し守人は体を動かした。勉強机の近くに置かれた衣服棚。その上に置かれた、けれど伏せられた写真立てに手を伸ばす。

 そこに映るのは、門の前で立つ幼い自分と、小さな女の子だった。

「瑞希……」

 高森瑞希。

 旧名、さえじま瑞希。クラスメイトで、明るい人気者。かつて、守人と同じだった人。

 けれど違う、今はもう。彼女は出て行った。ここを、この場所を。守人にはない親を手に入れて。

 もう違う。なにもかも。彼女は親を手に入れた。幸せな家庭を得た。友達だっている。幸せになるべきだ、その日がきたのだ。

 もう、二度と、親がいないと馬鹿にされることもない。もう、悲しい目に遭うこともない。

 彼女は歩み始めた、新しい一歩を踏み出したのだ。なら、自分が彼女の傍にいていいわけがない。そう決めた。自分がいたら、また辛い思いをするかもしれない。

『おい瑞希、これ見ろよ』

『なーに守人くん?』

『ほら』

『きゃあー、カエルー』

『瑞希は弱虫だなー』

『そんなの近づけないでよー、守人くんのいじわる~!』

 昔は、本当に仲がよかった。いつも一緒だった。お互い、自然に笑い合っていた。

「…………」

 だけど、もう違う。

 守人は、そっと写真立てを伏せた。

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