【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

プロローグ『おっさん、奴隷商館へ行く』前編

 ヘイダの町を有するケシド州は、テオノーグ王国内において王都のあるマトユム州に次いで栄えている。
 そのケシド州内で最も栄えているのがエトラシであり、州都のあるセニエスクよりも商業規模は大きい。
 そのため、エトラシは俗に商都と呼ばれていた。


 ヘイダの町とは比べ物にならないほど人は多く、活気がある。
 市壁に囲われた面積も倍以上あり、市壁の外にも露店が広がっているという状況だ。


 そんな商都エトラシには、王国内のあらゆるところから、いや王国外からも多くの物や人が集まっており、無いものは無いと言われるほどだった。


 そんな華やかな町の大通りから外れた所。
 少々暗い雰囲気のある区画に、その立派な建物はあった。


 ――奴隷商館である。


 奴隷という存在に対する忌避感を、敏樹は特に持ち合わせていなかった。
 自分たちの世界にも過去には合法的に存在していたものでもあるし、この世界の奴隷も、技術などが発達し、ひとりあたりの仕事量が増えて労働者があぶれてくれば、いずれなくなるだろうということもわかりきっていることだ。
 それに、奴隷とひと口にいっても、国や制度よっていろいろと異なる部分も多い。
 例えばこの国・・・の奴隷はいくつかの種類にわけられている。
 家事を行う家事奴隷、農作業や工業を行なう作業奴隷、金銭を扱うことを許可され、商売を手伝う商業奴隷、そして魔物の討伐や主人の護衛を担う戦闘奴隷などである。
 そして、課せられた職務以外のことを無理強いすることや、むやみに奴隷を傷つけることも禁じられている。
 奴隷を扱う奴隷商も、奴隷を購入した主人も、奴隷たちの健康維持には責任があり、その責任を軽んじると、それなりの罰を受けるのだった。


 例えばこんな話がある。
 とある商人が家事奴隷を連れて旅に出たところ、魔物に襲われた。


『おい、お前! さっさと魔物を退治しろ!!』
『旦那様、私は家事奴隷ですので、戦闘を行う義務はありません』
『ぬぅ、使えんやつめ! では囮になれ。その間にワシは逃げるぞ!!』
『お待ちくだいさい。奴隷の身を護るのは主人の義務です。こんなところに私を置き去りにすれば、ご主人さまは罪に問われますよ?』
『ええい、だまれ!! お前、ワシが死んだらどうするつもりだ!?』
『……はて。主人の弔いは家事に含まれるのでしょうか?』


「……で、そのふたりは結局どうなったんだ?」
「さぁ? これはただの小噺こばなしだからね」


 奴隷に関する説明と一緒にちょっとした小噺を披露したのは、敏樹とともに商都を訪れていたファランだった。
 今回敏樹はとある目的のためエトラシを訪れており、ロロアとファラン、ベアトリーチェそしてもうひとりローブを身にまとった人物が同行していた。
 現在シゲルとシーラたちだが、商都まではともに来たもののそこからは別行動をとっている。


「奴隷の扱いには気をつけようという教訓のようなものだからな。私も何度か耳にしたことがある」


 と、ローブの人物が話に入ってくる。
 声の調子から、その人物が女性であり、敏樹らとそれなりに友好的な関係であることがわかった。


「すいませんね、テレーザさん。わざわざご足労いただいて」
「ふ……まったくだ」


 敏樹の言葉に答えながら、テレーザと呼ばれたローブの女性は、周りに人気ひとけがなくなったのを確認してフードを脱いだ。
 フードの下からは燃えるような赤い髪が現われた。
 適度に健康的な白い肌、目鼻立ちはくっきりとしており、つり上がった大きな目と勝ち気な表情のせいか、少し苛烈な印象を受ける。
 肩の辺りで乱雑に切られた赤い髪に包まれた頭には、猫を思わせる耳が生えていた。
 おそらく尻尾もあるのだろうが、足元までローブに覆われているため確認することはできない。


「私が出張って取り越し苦労だというのであれば、それなりの罰を受ける事になるのだぞ?」
「ええ、わかってますよ」
「ふん……。相手は我々にも尻尾を掴ませない大物だ。ほんとうに大丈夫なのだろうな?」
「ご心配なく」
「むぅ……」


 少しきつい口調で問い詰めてみたものの、飄々と返す敏樹を見て、信頼したものかどうか迷うテレーザだった。


「君もいいのか? 下手をすればお父上にも累が及ぶかもしれんぞ?」
「あはは、トシキさんに任せとけば大丈夫だよ」
「ふむ……、大した自信、大した信頼だ。で、君も同意見というわけか?」


 突然視線を向けられたロロアは、少しだけ怯えた様子で敏樹の影に隠れるような素振りを見せたが、すぐに気を取り直し、テレーザを見返した。


「はい。トシキさんですから」
「……そうか」


 そうこうしている内に、ファランの足が止まる。


「着いたよ」


 そこはエトラシ随一、いや王国随一の奴隷商ランバルグの商館だった。


**********


「ようこそお越しくださいました。ランバルグ商会会長、ドレイクと申します」


 受付で待機していた敏樹らの前に現れたのは、ゆったりとした商服に身を包んだ恰幅のいい初老の男だった。


「これはこれは、会長さん自らのお出ましとは」
「それはもう、ドハティ商会会長の紹介とあらば、失礼があってはいけませんからなぁ」


 敏樹の言葉に、ドレイクは人の良さそうな笑みを浮かべて答える。


「ではご要望を伺いましょうか」
「話が早くて助かります。聞けば最近、ハイエルフの家事奴隷が入ったとか」
「はて? なんのことでしょう?」


 ドレイクは眉ひとつ動かさず平然と答える。


「はは、そう警戒しなくても……。今度のオークションで目玉にするつもりなんでしょう?」
「あの、オーシタ様が一体何をおっしゃっているのか、皆目検討も――」
「ミリア」


 ドレイクの眉がピクリと動く。


「ミリア・オーランド。樹海十三氏族のひとつオーランド家当主の四女で、メネツ王国での事業に失敗した家の建て直しのために売られた悲劇のハイエルフ、でしたっけ? おかげで没落は免れたものの、ハイエルフの家事奴隷は高値がつきすぎて、100年たったいまもオーランド家は娘を買い戻せずにいるんですよね?」
「まぁ、知る人ぞ知る話ではありますが……、そのミリア・オーランドが我が商館にいるとでも?」


 ドレイクの反応に肩をすくめる敏樹の脇から、ファランが進み出て頭を下げる。


「お初にお目にかかります。はドハティ商会会長クレイグの娘で、ファランと申します」
「ほう。これはこれはご丁寧に。しかしドハティ商会の娘さんといえば……」


 目の前で頭を下げるファランへと視線を落としたドレイクの表情に、わずかながら蔑むような雰囲気が浮かび上がる。
 頭を上げたファランは、そんなドレイクに対して少しばかり挑発的な笑みを浮かべた。


「このたび、無事帰宅・・することができました」
「そ、そうですか……。それはよろしゅうございました」


 堂々と返されたのが想定外だったのか、ドレイクの頬がほんのわずかだがひきつった。


「ドレイク様。近いうちに我がドハティ商会は事業拡大を行ない、奴隷を扱おうかと考えております」
「……ほう、ドハティ商会さんがねぇ」
「はい。つきましては、王国随一……いえ、この国・・・随一の奴隷商たるランバルグ商会さんで、最高の奴隷に会ってこい、と父より仰せつかっております」
「で、会長さん、これをですね」


 そこで話に割り込んできた敏樹は、いつの間にか手に持っていた革のアタッシュケースを開いた。


「む……これは」


 アタッシュケースの中には札束がぎっしり詰め込まれていた。


「1億あります。対面した上で、可能であれば一言二言話させてもらえませんかねぇ」
「よろしくお願いします!」


 ファランが頭を下げ、ロロアも慌ててそれに習う。
 テレーザは無表情のまま、そのやり取りを見ていた。


「はぁ……。さすがドハティ商会さんだ。どこでその情報手に入れたのやら……」


 そう呟いたあと、ドレイクはパンパンと手を叩いた。
 すると、メイド服に身を包んだ女性が数名現われる。
 身のこなしから、何かしら戦闘訓練を受けていると思われた。


「ほんの少し、話すだけですよ? 触るのも禁止ですからね」
「わかりました」
「ありがとうございます、ドレイク様」


 敏樹がアタッシュケースを閉じて差し出すと、メイドのひとりがそれを受け取った。


「武器のたぐいは【収納】しておいてください。あとでチェックした際にお持ちの場合はこちらでお預かりします。ではこちらへ」


 そう言って歩き出したドレイクのあとに続いて、敏樹らもついていった。
 先頭を歩くのはドレイクで、そのすぐうしろに2名のメイド、敏樹ら4人と続き、さらにそのうしろを半ば囲むように3人のメイドがついて歩いた。


 幾つかの廊下や扉、魔道具と思われるセキュリティシステムを超え、一行は別館と思われる建物に到着した。


「ではここでボディチェックを。そちらの方はローブを脱いでください」


 ドレイクの指示に、テレーザが眉をひそめる。


「すまない。貴殿を信用しないわけではないが、何かあったときに主人を守る必要があるので、鎧を脱ぐ訳にはいかない」


 主人、といったときにテレーザは敏樹を見た。
 テレーザは戦闘奴隷として敏樹に付き従っているという設定にしようと、事前に打ち合わせていた。
 奴隷でありながら、豪商とも言うべきドレイクに対してぶっきらぼうな態度のテレーザだったが、戦闘奴隷が主人以外に礼を尽くさないというのはよくあることなので、特に問題はない。


「ふむ、ローブの下に鎧を着込んでいると?」
「ああ。ミリア殿を前に鎧を見せびらかして怯えさせては、主人が満足に話をできないかもしれないからな。鎧の隙間から手を突っ込むなりして、調べてもらっていいので、ローブは着たままでいさせてほしい」
「ふむ……いいでしょう」


 女性メイド3人による入念なボディチェックが行われ、テレーザは無事ローブ姿のまま同行できることになった。


「言うまでもないでしょうが、ここはでは魔術や魔道具は封じております。【収納】を使った武器の持ち込みなどもできませんので、その点はご了承を」


 魔術や魔道具の封印は、重要施設などに施されるセキュリティとして採用されていることも多い。


「ではどうぞ」


 通された部屋は、先日泊まったバルナーフィルドホテルのスイートルーム並に豪華な部屋だった。
 ただし、室内は無粋な鉄格子で区切られていたが。
 そして室内の革張りのソファに、白いドレスの女性が座っていた。


「ミリア、お客様だ」


 ドレイクの言葉を聞き、ミリアが立ち上がる。
 そしてゆったりとしつつも、洗練された、なんともしなやかな様子で鉄格子の前まで歩いてくる。
 絹のようなサラサラの髪、透けるような白い肌、整った顔には物憂げな表情が浮かんでおり、その美しい容姿に、敏樹は好意などの感情とは無関係に、ドクンと胸が鳴るのを感じた。


「――ってぇ……!」


 と、そのとき、左右の尻に痛みが走る。
 どうやらうしろに控えていたロロアとファランが、敏樹の尻を軽くつねったらしい。


(ファランはともかく、ロロアのは……)


 軽くといっても膂力に優れた獣人のロロアにつねられた左の尻には、それなりの痛みがあった。
 ファランの顔には商人らしい笑顔が張り付いており、ロロアは平静を装っていたものの、少し口が尖っている。
 そしてそのやり取りに気づいたベアトリーチェは呆れたようにため息をつき、テレーザは笑いを噛み殺していたが、ドレイクとミリアは気づかなかったようだ。
 メイドの内の数名もやり取りに気づいていたが、無表情を保っていた。


(ま、おかげでちっとは冷静になれたか)


 ロロアとはまた異なるタイプの美人を目の前にして少し驚いた敏樹だったが、尻の痛みで平常心を取り戻せたようだ。


「お初にお目にかかります。ミリア・オーランドと申します。あなた様が新しいわたくしの……?」
「いや、この方々は一度お前の顔を見たいと言って来られたのだ。少し、話をするといい」
「それはそれは」


 ミリアがしなやかな動作で頭を下げる。


「あー、どうも。大下敏樹、40歳です」
「改めまして、ミリア・オーランドです。申し訳ありませんが年齢のほうは……」
「ああいえ、べつにいいですよ。では早速ですが――」


 ミリアとドレイクの目が見開かれる。
 敏樹は〈格納庫ハンガー〉から取り出した片手斧槍を振り上げていた。


「――中に入らせてもらいますね」


 言い終えるが早いか、敏樹は片手斧槍を振り下ろし、鉄格子の錠前を破壊した。



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