【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
エピローグ『おっさん、振り返る』
「さて、俺は一旦ホテルに戻ってひと休みするけど、シゲルはどうする?」
「あー、どうすっかな……」
片付けを終えた敏樹の問いかけに、シゲルは困ったような笑みを浮かべた。
というのも――、
「シゲルさん! つぎ俺とやってくれよ!!」
「バカヤロウ! 順番からいったら俺が先だろうがっ!!」
「まてまて、落ち着け。なにもひとりずつ相手にしてもらわなくても、何人かでいっぺにんに戦えばいいんじゃね?」
「おおっ!! だったらオレ、パーティーメンバー呼んでこよう!!」
と、模擬戦を望む冒険者に、シゲルは囲まれているのだった。
「シゲルがよければみんなの相手してあげてくれよ」
「おお、いいのかぁ!?」
どうやら冒険者達との模擬戦は、シゲルにとっていい娯楽になっているようだ。
「じゃあ今日はシゲルの好きにしてくれ。暗くなる前に帰ってこいよ―」
「おーう!!」
そうシゲルに告げた敏樹は、訓練場を出ようとしたところで声をかけられた。
「いい人材を、ありがとうの」
声のするほうをみると、ギルドマスターのバイロンが、穏やかな笑みを浮かべながらシゲルと冒険者たちの様子を見ていた。
「あやつには冒険者ギルド訓練教官の資格を与えることにするわい。それなりの報酬も出そう」
「はは、そりゃどうも」
ほんの数日前までは魔物として森に存在していたシゲルが、訓練教官として人の間に馴染んでいるという事実には、なにやら感慨深いものがあった。
「あ、そうだ。仮定の話として聞いてほしいんですが」
敏樹はふとバイロンに訊ねた。
「ふむ、なんじゃ?」
「たとえばシゲル級の強さを持った魔物がジャナの森にいたとして、その事実を報告されたら、バイロンさんはどうしますか?」
「ふむう……、即座に討伐隊を組み、速やかに行動を開始しつつ、近隣の町に応援を要請するじゃろうな」
つい先程まで好々爺然とした笑みを浮かべていたバイロンが、ギルドマスターの顔に戻る。
「もしくは儂自ら出る、かの」
そうつぶやいたバイロンの声は恐ろしく冷たい。
敏樹は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「……勝てますか?」
「勝てるのぅ。ただし、森の半分ほどはなくなるじゃろうが」
「……マジですか?」
しばらく間を置いて、バイロンの表情が緩む。
「ふふん、冗談に決まっておる。しかしあれが魔物として敵対したとしたら、相当な犠牲を覚悟せねばならんじゃろう。そういう意味では、お主がしっかり従属させてくれて助かったわい」
バイロンは口元に笑みを浮かべながらも、鋭い視線を敏樹に向ける。
「い、いやだなぁ……。シゲルとは偶然出会って意気投合しただけですよ?」
「ふっ……。まぁそういうことにしといてやろう」
「あー、はい……。どうも……」
下手な言い訳であるが、バイロンはそれ以上追求するつもりはないようで、敏樹の肩をポンポンと軽く叩くと、ゆったりとした足取りで訓練場を出ていった。
敏樹も続いて訓練場を出ようとしたところで、ふと振り返った。
「おぉーい、そんなんじゃ全然ダメだぞぉ」
「ちくしょー! まだまだぁっ!!」
「こらぁ、考えなしに突っ込むなよっ!!」
「そこのふたり、うしろに回り込めっ!! そっちの魔術士は後方から援護!!」
「よっしゃ喰らえっ!!」
「はっはー!! ぜんぜん足んねぇぞぉ! おらおらぁ!!」
シゲルを相手に真剣な様子で戦いを挑む冒険者たちだったが、その光景はなんだかとても楽しそうに見えた。
今朝、模擬戦を始めた頃は十数名しかいなかった冒険者たちも、気がつけば50名を越えており、5~10名ほどが束になってかかっているようだ。
「ぐふぉっ!? なんじゃぁ!?」
「ランザぁ!! しっかり足止めしとけよっ」
「無茶いうなやボケェ!!」
「ちょ、ジール、そこ邪魔っ!!」
どうやらジールのパーティーも訓練に混じっているようだ。
盾役のランザが足止めしている隙を突いてモロウが魔術で牽制しつつ、ジールが決定打を食らわせるという作戦だったようだが、シゲルの薙ぎ払いにランザはあえなくふっとばされ、巻き添えを食ったジールが魔術を放とうとしたモロウの邪魔をしたという状況らしい。
シゲルはジールのパーティーだけでなく、さらに数人を相手にしつつ、彼らを上手くあしらっていた。
「シゲルどのー!! それがしにも一手ご教示願いたいっ!!」
「おう! どんどんこいー!!」
乱戦が一段落ついたところでガンドとシゲルの一騎打ちが始まる。
しかし、ほどなくシゲルの優勢が確定したところで、他の冒険者がガンドの支援に入り、ふたたび乱戦が始まった。
(あのとき、無理せずギルドに報告していたら……)
もしあのとき、敏樹がギルドに報告していれば、この内の何人かはシゲルの手にかかっていたのだろうか。
「おおーい! トシキさーん!!」
訓練所の入り口あたりから名前を呼ばれた敏樹がそちらを見ると、敏樹にむかって大きく手を振るファランを始め、女性たちがいた。
「おう、どうした?」
ファランを先頭に駆け寄ってきた女性陣に敏樹が問いかけると、彼女たちは困ったような、あるいは少し呆れたような表情を浮かべた。
「どうしたもこうしたもないよー。せっかくの休みなんだからお昼一緒にどうかと思って誘いに行ったら部屋にいなかったんじゃんかぁ」
と、ファランが文句を言いながら頬をふくらませる。
その脇から、ロロアが少しだけ心配そうな顔で敏樹の前に出てきた。
「ホテルの人に聞いたら、ギルドに行ったって……。私たちに黙って依頼を受けるんじゃないかって思って、慌てて来たんですけど……、訓練だったんですね」
「ったく。そういうときはちゃんと連絡くれよなぁ?」
安堵した様子のロロアに対し、シーラは少し責めるような口調だった。
「ごめんごめん。午前中のうちに帰るつもりだったんだけど、熱中しちゃってね。そうか、もう昼か……」
そう言われて初めて、敏樹は腹が減っていることを自覚した。
「じゃあ、どうする? いまからメシでもいくか」
「冗談! あたしもあっちに混ざらせてもらうよ! じゃーな、おっさん!!」
と、シーラは訓練用の武具置き場目指して駆け出した。
「ちょとシーラ! 待ちなさい!! まったく……。ではトシキさま、わたくしもあのおバカに付き合いますので」
「ん、わたしも行く」
メリダとライリーもシーラに続いた。
「私も行ってみようかな。訓練用の大盾てありますかね?」
「あるんじゃないか? っていうか、ベアトリーチェって冒険者登録したの?」
「うふふ、実は昨日登録しておいたんです」
得意げにそう言いながら、ベアトリーチェは濃茶の長い髪をさらりとかきあげた。
どうやらヘアケアも上手くいっているようで、まっすぐな髪の毛はしっとりと艶が出ている。
「村の周りで魔物を狩ったとき、素材や魔石を保管しておいて、たまにこちらを訪れた際にギルドへ納品すれば、多少なりともお金になりますからね」
「なるほどな」
「では、いってきます」
艶のある長い髪を揺らしながら、ベアトリーチェも武具置き場へと駆けていった。
「ほかのみんなはどうする?」
ロロアとファラン、ククココ姉妹、クロエ、ラケーレがあとに残った。
「「うちらは見学やな」」
と、ククココ姉妹がハモる。
「他の冒険者がどないな防具つけてんのかとか参考にしたいし」
「実際に戦うとる動き見ながら、細かい調整したりたいしな」
戦闘中の動きを見るのは、防具や衣服を作成する上で参考になるのだろう。
ククココ姉妹は連れ立って模擬戦の見える場所に移動していった。
「汚れたシャツが1枚……、汚れたシャツが2枚……」
ラケーレはなにやらぶつぶつと呟きながら、ふらふらと吸い寄せられるように冒険者の群れに消えていった。
「私は食事の差し入れでも用意しましょうかね」
「あ、いいねー!! ボクも手伝うー!! おにぎりいっぱい作ろっ」
「え? おにぎり……? 大丈夫かしら……」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 父さんに言って上手いことしてもらうからさ、ギルドの調理場借りよーよ!!」
「ふふっ、それいいわね」
「あ、じゃあ私もお手伝いを――」
「ロロアちゃんはいーのっ!」「ロロちゃんはいーよ!」
「――ええっ!?」
食事の差し入れを作ろうとするファランとクロエへ手伝いを申し出たロロアだったが、ふたりにきっぱり断られて驚いてしまう。
言葉が重なったファランとクロエも別の意味で驚いて目を見開いたが、お互いに見つめ合ったあと、どちらともなくクスリとほほ笑んだ。
「トシさんは訓練でお疲れでしょうから、ロロちゃんはそちらをねぎらってあげてくださいな」
「そうそう。こっちはボクたちに任せて、ふたりでゆっくしときなよー」
そう言い残して、ファランとクロエは訓練場から出ていってしまった。
「え、あの……。どう、しましょう……?」
取り残されたロロアは敏樹に向き直ると、困ったように彼を見上げた。
「お昼まだなんだよね?」
「はい」
「だったら、ホテルに戻ってランチでも食べようか」
「あ、はい……。でも、いいんでしょうか?」
ロロアは相変わらず眉を下げたまま、訓練場に残ったメンバーや、ファランとクロエが消えていった入り口辺りにキョロキョロと視線を彷徨わせている。
「いいのいいの。今日は元々休みの予定だったわけだし。だから、昼飯食ったら部屋に戻ってダラダラすごそうか」
「……はいっ!」
まだ少々迷うそぶりは見せたものの、敏樹の言葉で決心はついたのか、ロロアは笑顔でそう返事した。
ロロアの返事を受けて訓練場を出ようとした敏樹だったが、ふと足を止めて振り返る。
そこでは、シゲルを中心に、冒険者たちが乱闘に近い模擬戦を繰り広げていた。
人と魔物という立場から、本来であれば命を取り合ったかもしれない者同士が、戦闘訓練とはいえ楽しそうにじゃれあっているような光景に、敏樹はふっと笑いながら息を漏らす。
その中には、敏樹が山賊のアジトから救出した女性たちの姿もあった。
乱戦の隙間を縫って双剣を手に飛びかかるシーラ、シゲルの死角を突くように位置取りをしつつ矢を放つメリダ、あまり場所を移動せず隙を突いて魔術を放つライリー、そして訓練用の大盾を構えて正面から突撃するベアトリーチェ。
少し離れた場所ではククココ姉妹が熱心に模擬戦を観察しており、どうやってかき集めたのか、ラケーレが薄汚れた衣服を両手いっぱいに抱えて恍惚の笑みを浮かべている。
「トシキさん……?」
突然足を止めた敏樹を訝しんでロロアが声をかける。
「ああ、悪い」
その声をうけた敏樹は踵を返してロロアに並び、訓練場を後にした。
訓練場を出て1階に上ると、すでに話をつけたのかクロエが酒場の調理場でなにやら作業を始めていた。
そしてギルドの入り口に目を向けると、米俵を担ぐ作業員を引き連れたファランが丁度入ってくるところだった。
(ほんと、いろいろあったよなぁ……)
それは1通の奇妙なメールから始まった。
どこにでもいるしがないアラフォー男だった敏樹は、町田と名乗る女性の手で突如異世界へと飛ばされた。
その後、四苦八苦したものの、膨大なポイントを得て便利なスキルを数多く習得し、異世界と日本とを行き来できるようになった。
様々なスキルと日本の便利グッズを駆使して異世界の森を生き抜いた敏樹は、ロロアという心優しい女性に出会った。
一度ロロアを山賊に攫われかけたが、無事救出し、さらに山賊のアジトへと忍び込んで囚われの女性たちを救出した。
そして、ロロアの暮らしてきた集落の住人や、救出した女性たちと協力して山賊団を壊滅させた。
集落を出てヘイダの町へとやってきた敏樹は、冒険者となった。
のんびりと活動するつもりの敏樹だったが、あるとき黒いオークという未知の脅威に遭遇した。
その黒いオークを何とか自力で倒し、シゲルと名付けて子分にした。
(年甲斐もなくはっちゃけすぎたかな、はは……)
大卒から惰性でフリーターとなり、一応就職はしたものの数年でドロップアウトし、半ば実家に寄生するようなかたちでのフリーランサーとなった敏樹には、歳の割に未成熟だという自覚が多少なりともあった。
これまでの行動を思い返して、もっと堅実な選択を取るべき部分があっただろうし、アラフォーというには少々軽挙妄動が過ぎる部分もあっただろう。
だが……と、闊達としている女性たちや、冒険者たちの中心で槍をふりまわすシゲルの姿を思い浮かべる。
「まぁちょっと無理はしたけど、いろいろ頑張ってよかったよな」
と、敏樹は自嘲気味に薄く笑みを浮かべ、ふっと息を漏らした。
「何か言いましたか?」
「いいや。それよりさっさと帰ってメシにしよう! 腹減ったよ」
「うふふ、私もお腹ペコペコです」
にこにこと微笑みながら隣を歩くロロアの背中をポンと押し、敏樹は冒険者ギルドを後にするのだった。
「あー、どうすっかな……」
片付けを終えた敏樹の問いかけに、シゲルは困ったような笑みを浮かべた。
というのも――、
「シゲルさん! つぎ俺とやってくれよ!!」
「バカヤロウ! 順番からいったら俺が先だろうがっ!!」
「まてまて、落ち着け。なにもひとりずつ相手にしてもらわなくても、何人かでいっぺにんに戦えばいいんじゃね?」
「おおっ!! だったらオレ、パーティーメンバー呼んでこよう!!」
と、模擬戦を望む冒険者に、シゲルは囲まれているのだった。
「シゲルがよければみんなの相手してあげてくれよ」
「おお、いいのかぁ!?」
どうやら冒険者達との模擬戦は、シゲルにとっていい娯楽になっているようだ。
「じゃあ今日はシゲルの好きにしてくれ。暗くなる前に帰ってこいよ―」
「おーう!!」
そうシゲルに告げた敏樹は、訓練場を出ようとしたところで声をかけられた。
「いい人材を、ありがとうの」
声のするほうをみると、ギルドマスターのバイロンが、穏やかな笑みを浮かべながらシゲルと冒険者たちの様子を見ていた。
「あやつには冒険者ギルド訓練教官の資格を与えることにするわい。それなりの報酬も出そう」
「はは、そりゃどうも」
ほんの数日前までは魔物として森に存在していたシゲルが、訓練教官として人の間に馴染んでいるという事実には、なにやら感慨深いものがあった。
「あ、そうだ。仮定の話として聞いてほしいんですが」
敏樹はふとバイロンに訊ねた。
「ふむ、なんじゃ?」
「たとえばシゲル級の強さを持った魔物がジャナの森にいたとして、その事実を報告されたら、バイロンさんはどうしますか?」
「ふむう……、即座に討伐隊を組み、速やかに行動を開始しつつ、近隣の町に応援を要請するじゃろうな」
つい先程まで好々爺然とした笑みを浮かべていたバイロンが、ギルドマスターの顔に戻る。
「もしくは儂自ら出る、かの」
そうつぶやいたバイロンの声は恐ろしく冷たい。
敏樹は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「……勝てますか?」
「勝てるのぅ。ただし、森の半分ほどはなくなるじゃろうが」
「……マジですか?」
しばらく間を置いて、バイロンの表情が緩む。
「ふふん、冗談に決まっておる。しかしあれが魔物として敵対したとしたら、相当な犠牲を覚悟せねばならんじゃろう。そういう意味では、お主がしっかり従属させてくれて助かったわい」
バイロンは口元に笑みを浮かべながらも、鋭い視線を敏樹に向ける。
「い、いやだなぁ……。シゲルとは偶然出会って意気投合しただけですよ?」
「ふっ……。まぁそういうことにしといてやろう」
「あー、はい……。どうも……」
下手な言い訳であるが、バイロンはそれ以上追求するつもりはないようで、敏樹の肩をポンポンと軽く叩くと、ゆったりとした足取りで訓練場を出ていった。
敏樹も続いて訓練場を出ようとしたところで、ふと振り返った。
「おぉーい、そんなんじゃ全然ダメだぞぉ」
「ちくしょー! まだまだぁっ!!」
「こらぁ、考えなしに突っ込むなよっ!!」
「そこのふたり、うしろに回り込めっ!! そっちの魔術士は後方から援護!!」
「よっしゃ喰らえっ!!」
「はっはー!! ぜんぜん足んねぇぞぉ! おらおらぁ!!」
シゲルを相手に真剣な様子で戦いを挑む冒険者たちだったが、その光景はなんだかとても楽しそうに見えた。
今朝、模擬戦を始めた頃は十数名しかいなかった冒険者たちも、気がつけば50名を越えており、5~10名ほどが束になってかかっているようだ。
「ぐふぉっ!? なんじゃぁ!?」
「ランザぁ!! しっかり足止めしとけよっ」
「無茶いうなやボケェ!!」
「ちょ、ジール、そこ邪魔っ!!」
どうやらジールのパーティーも訓練に混じっているようだ。
盾役のランザが足止めしている隙を突いてモロウが魔術で牽制しつつ、ジールが決定打を食らわせるという作戦だったようだが、シゲルの薙ぎ払いにランザはあえなくふっとばされ、巻き添えを食ったジールが魔術を放とうとしたモロウの邪魔をしたという状況らしい。
シゲルはジールのパーティーだけでなく、さらに数人を相手にしつつ、彼らを上手くあしらっていた。
「シゲルどのー!! それがしにも一手ご教示願いたいっ!!」
「おう! どんどんこいー!!」
乱戦が一段落ついたところでガンドとシゲルの一騎打ちが始まる。
しかし、ほどなくシゲルの優勢が確定したところで、他の冒険者がガンドの支援に入り、ふたたび乱戦が始まった。
(あのとき、無理せずギルドに報告していたら……)
もしあのとき、敏樹がギルドに報告していれば、この内の何人かはシゲルの手にかかっていたのだろうか。
「おおーい! トシキさーん!!」
訓練所の入り口あたりから名前を呼ばれた敏樹がそちらを見ると、敏樹にむかって大きく手を振るファランを始め、女性たちがいた。
「おう、どうした?」
ファランを先頭に駆け寄ってきた女性陣に敏樹が問いかけると、彼女たちは困ったような、あるいは少し呆れたような表情を浮かべた。
「どうしたもこうしたもないよー。せっかくの休みなんだからお昼一緒にどうかと思って誘いに行ったら部屋にいなかったんじゃんかぁ」
と、ファランが文句を言いながら頬をふくらませる。
その脇から、ロロアが少しだけ心配そうな顔で敏樹の前に出てきた。
「ホテルの人に聞いたら、ギルドに行ったって……。私たちに黙って依頼を受けるんじゃないかって思って、慌てて来たんですけど……、訓練だったんですね」
「ったく。そういうときはちゃんと連絡くれよなぁ?」
安堵した様子のロロアに対し、シーラは少し責めるような口調だった。
「ごめんごめん。午前中のうちに帰るつもりだったんだけど、熱中しちゃってね。そうか、もう昼か……」
そう言われて初めて、敏樹は腹が減っていることを自覚した。
「じゃあ、どうする? いまからメシでもいくか」
「冗談! あたしもあっちに混ざらせてもらうよ! じゃーな、おっさん!!」
と、シーラは訓練用の武具置き場目指して駆け出した。
「ちょとシーラ! 待ちなさい!! まったく……。ではトシキさま、わたくしもあのおバカに付き合いますので」
「ん、わたしも行く」
メリダとライリーもシーラに続いた。
「私も行ってみようかな。訓練用の大盾てありますかね?」
「あるんじゃないか? っていうか、ベアトリーチェって冒険者登録したの?」
「うふふ、実は昨日登録しておいたんです」
得意げにそう言いながら、ベアトリーチェは濃茶の長い髪をさらりとかきあげた。
どうやらヘアケアも上手くいっているようで、まっすぐな髪の毛はしっとりと艶が出ている。
「村の周りで魔物を狩ったとき、素材や魔石を保管しておいて、たまにこちらを訪れた際にギルドへ納品すれば、多少なりともお金になりますからね」
「なるほどな」
「では、いってきます」
艶のある長い髪を揺らしながら、ベアトリーチェも武具置き場へと駆けていった。
「ほかのみんなはどうする?」
ロロアとファラン、ククココ姉妹、クロエ、ラケーレがあとに残った。
「「うちらは見学やな」」
と、ククココ姉妹がハモる。
「他の冒険者がどないな防具つけてんのかとか参考にしたいし」
「実際に戦うとる動き見ながら、細かい調整したりたいしな」
戦闘中の動きを見るのは、防具や衣服を作成する上で参考になるのだろう。
ククココ姉妹は連れ立って模擬戦の見える場所に移動していった。
「汚れたシャツが1枚……、汚れたシャツが2枚……」
ラケーレはなにやらぶつぶつと呟きながら、ふらふらと吸い寄せられるように冒険者の群れに消えていった。
「私は食事の差し入れでも用意しましょうかね」
「あ、いいねー!! ボクも手伝うー!! おにぎりいっぱい作ろっ」
「え? おにぎり……? 大丈夫かしら……」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 父さんに言って上手いことしてもらうからさ、ギルドの調理場借りよーよ!!」
「ふふっ、それいいわね」
「あ、じゃあ私もお手伝いを――」
「ロロアちゃんはいーのっ!」「ロロちゃんはいーよ!」
「――ええっ!?」
食事の差し入れを作ろうとするファランとクロエへ手伝いを申し出たロロアだったが、ふたりにきっぱり断られて驚いてしまう。
言葉が重なったファランとクロエも別の意味で驚いて目を見開いたが、お互いに見つめ合ったあと、どちらともなくクスリとほほ笑んだ。
「トシさんは訓練でお疲れでしょうから、ロロちゃんはそちらをねぎらってあげてくださいな」
「そうそう。こっちはボクたちに任せて、ふたりでゆっくしときなよー」
そう言い残して、ファランとクロエは訓練場から出ていってしまった。
「え、あの……。どう、しましょう……?」
取り残されたロロアは敏樹に向き直ると、困ったように彼を見上げた。
「お昼まだなんだよね?」
「はい」
「だったら、ホテルに戻ってランチでも食べようか」
「あ、はい……。でも、いいんでしょうか?」
ロロアは相変わらず眉を下げたまま、訓練場に残ったメンバーや、ファランとクロエが消えていった入り口辺りにキョロキョロと視線を彷徨わせている。
「いいのいいの。今日は元々休みの予定だったわけだし。だから、昼飯食ったら部屋に戻ってダラダラすごそうか」
「……はいっ!」
まだ少々迷うそぶりは見せたものの、敏樹の言葉で決心はついたのか、ロロアは笑顔でそう返事した。
ロロアの返事を受けて訓練場を出ようとした敏樹だったが、ふと足を止めて振り返る。
そこでは、シゲルを中心に、冒険者たちが乱闘に近い模擬戦を繰り広げていた。
人と魔物という立場から、本来であれば命を取り合ったかもしれない者同士が、戦闘訓練とはいえ楽しそうにじゃれあっているような光景に、敏樹はふっと笑いながら息を漏らす。
その中には、敏樹が山賊のアジトから救出した女性たちの姿もあった。
乱戦の隙間を縫って双剣を手に飛びかかるシーラ、シゲルの死角を突くように位置取りをしつつ矢を放つメリダ、あまり場所を移動せず隙を突いて魔術を放つライリー、そして訓練用の大盾を構えて正面から突撃するベアトリーチェ。
少し離れた場所ではククココ姉妹が熱心に模擬戦を観察しており、どうやってかき集めたのか、ラケーレが薄汚れた衣服を両手いっぱいに抱えて恍惚の笑みを浮かべている。
「トシキさん……?」
突然足を止めた敏樹を訝しんでロロアが声をかける。
「ああ、悪い」
その声をうけた敏樹は踵を返してロロアに並び、訓練場を後にした。
訓練場を出て1階に上ると、すでに話をつけたのかクロエが酒場の調理場でなにやら作業を始めていた。
そしてギルドの入り口に目を向けると、米俵を担ぐ作業員を引き連れたファランが丁度入ってくるところだった。
(ほんと、いろいろあったよなぁ……)
それは1通の奇妙なメールから始まった。
どこにでもいるしがないアラフォー男だった敏樹は、町田と名乗る女性の手で突如異世界へと飛ばされた。
その後、四苦八苦したものの、膨大なポイントを得て便利なスキルを数多く習得し、異世界と日本とを行き来できるようになった。
様々なスキルと日本の便利グッズを駆使して異世界の森を生き抜いた敏樹は、ロロアという心優しい女性に出会った。
一度ロロアを山賊に攫われかけたが、無事救出し、さらに山賊のアジトへと忍び込んで囚われの女性たちを救出した。
そして、ロロアの暮らしてきた集落の住人や、救出した女性たちと協力して山賊団を壊滅させた。
集落を出てヘイダの町へとやってきた敏樹は、冒険者となった。
のんびりと活動するつもりの敏樹だったが、あるとき黒いオークという未知の脅威に遭遇した。
その黒いオークを何とか自力で倒し、シゲルと名付けて子分にした。
(年甲斐もなくはっちゃけすぎたかな、はは……)
大卒から惰性でフリーターとなり、一応就職はしたものの数年でドロップアウトし、半ば実家に寄生するようなかたちでのフリーランサーとなった敏樹には、歳の割に未成熟だという自覚が多少なりともあった。
これまでの行動を思い返して、もっと堅実な選択を取るべき部分があっただろうし、アラフォーというには少々軽挙妄動が過ぎる部分もあっただろう。
だが……と、闊達としている女性たちや、冒険者たちの中心で槍をふりまわすシゲルの姿を思い浮かべる。
「まぁちょっと無理はしたけど、いろいろ頑張ってよかったよな」
と、敏樹は自嘲気味に薄く笑みを浮かべ、ふっと息を漏らした。
「何か言いましたか?」
「いいや。それよりさっさと帰ってメシにしよう! 腹減ったよ」
「うふふ、私もお腹ペコペコです」
にこにこと微笑みながら隣を歩くロロアの背中をポンと押し、敏樹は冒険者ギルドを後にするのだった。
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コメント
まいな
いい最終話だった…
って違うのねw
あまりに綺麗にまとまってたからw