【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第2話『おっさん、女性たちを故郷に帰す』前編

 集落からの移動には、ロロアとともに持ち込んだ自動車と、みんなで持ち込んだキャンピングトレーラーを使った。
 自動車は定員が5名、キャンピングトレーラーは4名だが、自動車のほうはできれば4名以下のほうが望ましく、逆にトレーラーのほうは6~8名ぐらいならそこそこ余裕を持って乗ることができた。
 メンバーの数は救出された女性9名に敏樹とロロアが加わり、総勢11名となる。
 乗ろうと思えば全員がそれなりに余裕を持って乗れるのだが、まったく整備されていない道をキャンピングトレラーを使って走るとなるとかなりのスローペースとなるため、一部のメンバーは走行中も屋根に乗るなどして気ままに過ごしていた。


「日本だったらすぐ捕まるな」


 そもそも普通自動車で牽引できるキャンピングトレーラーだと、走行中に人が乗る行為自体禁止されているのだ。
 しかしここは道路交通法の及ばない異世界である。
 細かいことを気にしてはいけない。


 時速10~15キロというゆったりとした移動である。
 それでも徒歩に比べれば倍近い速度なのだから、同行者から苦情が出るようなことはなかった。
 敏樹にとってキャンピングトレーラーを牽引しての運転など初めてだったが、どうやら〈馭者〉スキルがうまく働いているようである。




「トシキさん、これほんとにもらっていいの?」


 全員が同じ街を目指すわけではない。
 同行者の内、熊獣人のベアトリーチェと浣熊アライグマ獣人のラケーレは故郷の村に帰ることになっていた。
 まず最初に別れることになったのは熊獣人のベアトリーチェである。
 彼女は背中に担いだ“POLICE”ロゴ入り鋼鉄製の大盾を敏樹に示した。


「ああ、予備はあるから。それでこれからは自分の村を守ってくれよ」
「うん、ありがとう。あと、アレって本当に大丈夫」
「おう。俺を信じろ」


 彼女がお気に入りのシャンプーやトリートメントだが、さすがにいつまでも敏樹が供給するわけにはいかない。
 ベアトリーチェひとり分ならともかく、村に帰った以上ほかの村人にも情報は漏れるだろうし村人数十人分の消耗品を供給し続けるのは困難である。


「だからさぁ。ニホンの商品ウチの商会で扱わせてよー」


 とファランなどは言うのだが、彼女の実家はそこそこ大きな商会らしく、そういうところで扱うようになるとどこへどう広がるか知れたものではないし、その供給源が敏樹ひとりとなるとどんな面倒ごとに巻き込まれるかもわかった物ではないのだ。
 そこで敏樹は、こちらの世界で似たようなものがないかを『情報閲覧』で探したところ、ベアトリーチェの村からそれほど離れていない川辺の泥に、高級トリートメントに近い薬効成分があることがわかったのだ。


「いっとくけど、こないだデパートで買ったお高いやつより効果は高いからな。髪だけじゃなく肌にもいいし」
「ほんとに? 信じちゃうよ?」
「だから信じろって」
「そっか、うん。何から何までありがとうね」


 自動車やキャンピングトレーラーを見られると面倒なので、ベアトリーチェとは村から少し離れた位置で別れることになった。


「ベアト、元気でね」
「ありがと、ロロア。あなたにも随分お世話になったわね」


 ロロアとベアトリーチェは抱き合って別れを惜しんだ。


「じゃ、みんなも元気で。時々街に遊びに行くからね」


 敏樹らが見守る中、ベアトリーチェは村のほうへと歩いて行くのだった。




「むむぅ……まさかこちらにも漂白剤があったとはぁ……」


 今度はラケーレの番である。
 彼女はとにかく敏樹の持ち込んだ漂白剤を気に入っていたのだが、これもまた大っぴらに供給できるものではない。
 そこで敏樹が再び調べてみたところ、元の世界で言うところの酸素系漂白剤とほぼ同じ成分の漂白剤がこの世界にもあることがわかった。
 生活魔術の【浄化】を使った洗浄のほうが効果が高く、魔術をおいそれと習得できない庶民を相手に手ごろな価格で【浄化】を行なう魔術師は意外と多いので、漂白剤自体ほとんど知られていないのだそうな。


 需要が少ない分供給量も少ないので、それほどお安く手に入る物ではないのだが、村全体で用途と使用量に気をつけながら共有すれば、日常的に使えない物ではない。


「ウチで扱うようにするから、いつでも買いに来て。あ、ボクが売りに来るっていうのもいいかな」
「ありがとねぇ、ファランちゃん」
「でもいいの? みんなでお金を出し合うなら、誰かが【浄化】を覚えたほうが結果的に安上がりだけど」
「【浄化】なんて邪道ですよぅ!! 汚れはゴシゴシ洗うのがいいんじゃないですかぁ」
「あ、あはは、そういうもんなのかな……」


 ラケーレは敏樹に向き直ると、背負ったバックパックからゴム手袋を一双取り出した。


「これ、こんなにもらってもいいんですぅ?」


 彼女が背負っているバックパックには大量のゴム手袋が詰め込まれている。


「ああ。そっちはちょっと時間がかかりそうだからな」
「ふふふ、それは我が商会の目玉商品になり得るからね」


 聞けば数年前に王都のとある錬金術師が、スライムを錬成して新たな素材を生み出すことに成功したのだとか。
 薄く、軽く、防水性があり、加工次第では伸縮性を持たせることもできる優れものである。
 実際に物を見たことがあるファランの話を聞く限りでは、ビニールやゴム、シリコンのような物を作成できるようだ。


「あれから数年。素材もそろそろ出回ってるだろうけど、まさか手袋にしようなんて商人はまだいないはずさ。開発から製造、販売までウチの商会で……うふふ……」
「ま、まぁその内これも供給できるようになるみたいだから、それまでのつなぎにな」
「は、はい、ありがとですぅ」


 目の色が変わったファランに若干引きつつ、ラケーレはロロアのほうを向いた。


「ロロアっち、ほんとうにお世話になりました」


 そう言って深々と頭を下げたラケーレだったが、先ほどバックパックの上部を開けていたせいで中に詰め込まれていたゴム手袋がバラバラと落ちてしまった。


「はわわわ……」
「ふふ、もう、ラケーレったら」


 落としたゴム手袋をみんなで拾い、ラケーレが背負ったままのバックパックに詰め直した。


「はい、これでよし」
「うう……最後まで面倒かけて申し訳ないですぅ」
「いいんだよ。じゃ、元気でね」
「うん。ロロアも……、それからみんなもねぇ」


 ふたりはしばらく抱き合ったあと、名残惜しげに離れ、ラケーレは他のメンバーにも挨拶を済ませて村のほうへと歩いて行った。


**********


「さて、あとは全員町へ行くってことで」


 残ったメンバーだが、これから向かう町に実家があるのはファランとクロエのふたりだけである。
 他のメンバーだが、ククココ姉妹はファランの実家の商会に専属の職人として雇ってもらうということになっている。
 もちろんファランに雇用関連の権限があるわけではないが、父親に頼めば問題ないだろうとのことだ。
 シーラ、メリダ、ライリーの3人は冒険者ギルドに所属する冒険者になるようだ。
 冒険者とは魔物退治に素材集め、護衛、そして山賊の討伐などを生業とする者たちのことである。
 シーラたちは特に山賊の討伐というところに魅力を感じているようだった。
 そして敏樹とロロアも同じく冒険者ギルドに所属する予定である。


 集落を出て数日経った夜のこと、一行は慣れた手つきで野営の準備をしていた。
 自動車は専用のフルフラットベッドキットを使うことで車内を丸々ベッド化できるので、そこに2~3人、キャンピングトレーラーには大人が優に横になれるベンチシートがふたつと二段ベッドがあるので4人、残りはテントを立てて場所を交代して就寝していた。
 ちなみ敏樹は専用のテントで常にひとりである。
 ベアトリーチェとラケーレがいなくなったあとはキャンピングトレーラーにロロア、ファラン、クロエとククココ姉妹の5人、自動車にシーラ、メリダ、ライリーの3人が寝られるようにしてテントで寝るのは敏樹ひとりとなった。


「ロロアん、弓の調子どない?」
「うん、いい感じだよ」


 防具だけでなく武器もできるだけこちらの世界で悪目立ちしないように、ということで、ククココ姉妹が可能な範囲で戦利品を調整していた。
 例えばロロアとメリダが使っていたコンパウンドボウはまだこの世界に存在しないため、戦利品の弓を魔物の皮と骨で強化し、魔物の腸を加工して作った弦を張ったコンポジットボウを作成していた。
 張力は50ポンド相当で、コンパウンドボウには劣るが、道中の魔物を狩るぐらいなら特に問題ない。


「わたくしはもう少し緩くしていただくと助かりますわ」
「そっかぁ、メリダんはあんま力ないもんなぁ。ほな貸してみ」


 メリダはもともと25ポンドのコンパウンドボウ使っていたのだが、彼女用のも40ポンド近い張力があるようだった。
 それをククココ姉妹があーだこーだといいながら調整していく。


 ちなみにシーラはまだミリタリーマチェットを装備している。
 これはこちらの世界でもそこまで目立たないのだが、できればちゃんとした双剣が欲しいところではある。
 というのも、ミリタリーマチェットはその形状から刺突に向いていないのだ。
 残念ながら戦利品の中に双剣はなく、金属武器を加工する技術はさすがのククココ姉妹も習得は困難であるし、習得したとしても加工に必要な工房がない。


「ウチでいいの探しとくよ。どうしても見つからなければオーダーメイドっていう手もあるしね」
「ああ、任せるよ」


 と、シーラは双剣の調達をファランに任せていた。
 ちなみにまともな双剣を持っていれば、シーラは頭目との戦いでもう少し楽をできたはずである。


「いよいよ明日か」


 現在一行は町から徒歩で1日の距離にいる。
 『情報閲覧』を使いながら人と会わないルートを選んできたが、そろそろそれも限界であった。
 明日の早い時間に半日の距離まで車で移動し、残りは徒歩で日没まで少し余裕を持って町に到着する予定だった。



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