【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第5話『おっさん、襲撃を開始する』前編

 山賊一味を撃退した翌朝。
日の出とともに全員が起き出し、食事や着替えなどの準備が概ね終わったのを確認した敏樹は、これまでに調べ上げた情報を頭で整理しつつ、あらためて状況を説明していく。
 森の野狼にとって集落を訪れた5人はともかく、敏樹が倒した斥候の男は非常に重要な存在であったらしい。
 あの男に対する団の信頼は篤く、彼がなんの情報も伝えないということは、つつがなく事は運ばれているということになるようだった。
 なので追加の偵察などは派遣されておらず、敏樹は今朝になって『情報閲覧』で山賊団の様子を確認したが、特に変わった動きはなかった。
 斥候の男が情報を持ち帰るか、派遣された5人が戻らなければ、連中が動き出すことはないようである。
 ただし、本来5人が戻るであろう時間を過ぎれば、何かしらの動きはあるはずだが。


「というわけで、連中は明日の日没までとくに動きもなく、警戒も薄いと思われます」


 朝食後、集まった住人たちに敏樹は状況を説明する。


「今日中に敵のアジト近くの森に陣取り、休息を経て明け方前に襲撃をかけます。いいですね?」


 今回襲撃のために集落を出るのは、長であるグロウの息子ゴラウを中心とした水精人が50名に、シーラ、メリダ、ライリー、そして敏樹とロロアの5名を加えた計55名。
 熊獣人のベアトリーチェは万が一に備えて集落に残り、その他腕に覚えのある者も10名ほどは集落防衛のために残ることになっている。


 森の野狼に別働隊のようなものは存在しない。
 なので、集落の防衛は本来不要なのだが、いくら安全とわかっていても力のない者だけを集落に残せば出撃したメンバーにとってはどうしても不安の種になってしまうだろう。
 そもそも200人規模の山賊に50名の水精人というのは過剰戦力なのだ。
 10名ほどを防衛に回したところでどうということはないのである。


「では、いってきます」
「うむ、まかせたぞ、トシキよ」


 ロロア、シーラ、メリダ、ライリーと、念のための護衛として水精人10名ほどを自分に触れさせた敏樹は、一日に一度無条件で使える〈拠点転移〉で、アジト近くの森に転移した。
 前回ロロアとともにアジトへ忍び込んだ際に設定しておいた拠点である。


「じゃあ、他のみなさんを迎えに行くので、みんなはここで待機ね」


 半日ほど時間を潰した後、必要な物は〈格納庫〉の共有スペースから出せるようにして、敏樹は旧交易路を目指してひとり森を歩いた。
 2時間ほどで森を抜けた敏樹は、その場を新たな拠点に追加しておく。
 午前中のかなり早い時間に出発した残りメンバーだったが、旧交易路のアジトに近い位置へたどり着いた時点でもう日が暮れかかっていた。
 特に行軍用の訓練を積んでいない50人超の集団が足並みをそろえて移動するとなると、どうしても移動速度は遅くなってしまうのだが、それでも日のある内にここまで来られたのは、水精人の身体能力と、ゴラウの指揮能力のおかげだろう。


「トシキ殿、おまたせしました」
「いえいえ、おつかれさまでした」


 本来であればここから森を抜けてアジトへ向かう必要がある。
 前回忍び込んだときは敏樹とロロアの二人だけだったのでアジト近くまで3時間ほどで行けたが、数十人が一斉に移動するとなると遭難を危惧する必要もあるので、倍近い時間がかかるだろう。
 本来ならば。


「はーい、じゃあここからは10人ずつ転移しますね―」


 普通に移動すれば半日かかる行程だが、それはあくまで深い森を抜けるというのが前提である。
 直線距離にすればそれほどではなく、〈拠点転移〉の消費魔力はその直線距離によって消費魔力が増減するのだった。


「「「おおっ……」」」


 突然景色が変わったことに、第一陣の水精人たちは驚きの声を上げた。


「しーっ……! アジトはまぁまぁ近いですからね」
「おっと、すいませんね」


 水精人部隊のリーダーであるゴラウに注意を促し、敏樹は残りのメンバーが待機している場所に戻った。
 そうやって〈拠点転移〉を繰り返して全員をアジト近くまで転移させた。
 そしてその後は交代で仮眠を取りながら、充分に体力を回復することができたのだった。




**********




 アジト入り口の門は前回と違って閉じられていた。
 女性たちがいなくなった件で侵入者の疑いがある以上、当たり前の措置と言えるだろう。
 門の外側に2名の見張りが立っており、こちらも前回と違い、しっかりと立って周りを警戒しているようである。
 そこから200メートルほど離れた森の中に、敏樹とロロア、メリダとライリー、そして2人の水精人がいた。
 他のメンバーはよりアジトから近い位置に隠密効果を施した【結界】を張り、その中で息を潜めて待機している。
【結界】は、中にいる内の誰かひとりでも外に出れば解除されるようになっていた。


「……いきます」


 胸を押さえて心を落ち着かせていたロロアが、そう宣言し、弓を構えた。
 彼女はもう、フードをかぶってはいない。


「では、わたくしも」


 ロロアの準備ができたのを確認し、メリダも弓を構えた。
 そしてほぼ同時に弦が引かれる。
 ヒュン! ヒュン! と風を切る音が続けて鳴り響いた。
 まずロロアが放ち、それを確認したメリダが一瞬遅れて矢を放つ。
 2本の矢はそれぞれ見張りの男の頭に命中し、ふたりの男は力なく倒れた。


「突撃ぃー!!」


 見張りが倒れたのを合図に、ゴラウの号令で潜んでいたメンバーがアジトの入り口に向かって突進した。
 太い丸太で作られた頑丈な門は、斧を持った数名の水精人によってあえなく破壊され、突撃メンバーはその勢いをほとんど失うことなくアジト敷地内になだれ込んでいく。
 その水精人のかたまりを飛び越えるように、2本のミリタリーマチェットを手にしたシーラが敷地内へ躍り込んでいくのが見えた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 ロロアの呼吸が荒くなっていく。
 胸を押さえてなんとか落ち着けようとするがうまくいかず、さらに身体も震え始めたせいで持っていたコンパウンドボウを取り落とした。


「あ……う……」


 落とした弓を拾おうとしたところで身体がふらつき、そのまま倒れそうになる。


「あぅっ……」


 しかし、ロロアは倒れる直前で敏樹に抱きとめられた。
 敏樹はそのままロロアをしっかりと胸に抱きしめた。


「う……うぅ……」
「大丈夫。大丈夫だ、俺がいるからな」


 ロロアの荒い息を胸に受けながら、彼女の震えを押さえ込むように、敏樹は腕に力を込めた。


「もう……大丈夫、です……」


 敏樹は抱擁を解き、ロロアの肩を掴んで彼女を見下ろした。


「ありがとうございます。もう大丈夫ですから」


 ロロアの力強い視線を受けた敏樹は、彼女に対してゆっくりとうなずいた。


「わかった。じゃあ、あとはいけるな」
「はい」
「メリダ、ライリー、頼んだぞ」
「この身に代えましても」
「ん、まかせて」


 敏樹がふたりにそう言うと、メリダはうやうやしく一礼し、ライリーは軽くうなずいた。


「おふたりも、よろしくお願いします」


 続けてふたりの水精人のほうを見ると、ふたつの蜥蜴頭が力強く頷いてくれた。
 敏樹はそれにうなずき返したあと、再びロロアのほうに向き直り、彼女の頬に触れた。


「じゃ、いってくる」
「いってらっしゃい。お気をつけて」


 敏樹はふっとほほ笑んだあと、その場から消えた。




**********




「お待たせしました」
「おお、トシキ殿か。待ちわびたぞ!」


 敏樹は魔力を使った〈拠点転移〉で洞窟内の牢に転移していた。
 ゲレウたちをはじめ、囚われていた水精人は相変わらず片方の牢屋に集められたままだったので、狭い範囲に隠密効果を付与した【結界】を張った。


「ふん、こっちは無人なのに、狭い方に閉じ込めて……。嫌がらせのつもりかな? 逆にありがたいけど」


 元々女性たちが閉じ込められていた、いまは誰もいない牢屋を見ながら、敏樹は少し馬鹿にするような言葉を吐きつつ、〈格納庫〉からバッテリー式のディスクグラインダーを取り出した。
 『サンダー』の通称で知られる電動工具であり、すでに鉄工用切断砥石を装着している。


「トシキ殿、外が騒がしいようだが……」
「ええ、すでに襲撃が始まっています」
「そうか! ではもうここから出てもいいのだな?」
「はい。鉄格子を切りますんで、少し離れてもらえますか? あと、結構うるさいんでご注意を。5分か10分もあれば切断できると思いますから」


 そう言って敏樹はディスクグラインダーのスイッチを入れようとしたのだが、鉄格子の向こうから手を伸ばしたゲレウにトントンと肩をたたかれた。


「ちょ、作業中は危険なので――」
「トシキ殿、お心遣いはありがたいが時間が惜しいので少し下がっていて欲しい」
「は……?」


 ゲレウは近くにいた別の男に目で合図し、ふたりは向かい合うように立った。
 ゲレウが一本の鉄格子に両手をかけると、向かい合った男は隣の鉄格子に同じく両手をかける。


「せーのっ……」
「「ふんっ!!」」


 かけ声とともに引っ張られた鉄格子は、ゴガッっと鈍い音を立て、ぐにゃりと歪んだ。


「へ……?」


 呆然とする敏樹をよそに、ゲレウたちは歪んだ鉄格子の間を通って悠然と牢の外に出るのだった。


「いや……えぇ!?
「ふふ、驚かせてすまんな。だがこの程度の牢など、出ようと思えばいつでも出られたのだよ」
「は、はぁ……」
「まぁ、我々が逃げてしまっては集落に迷惑がかかるのでおとなしくしていたがな。出てもいいというなら出させてもらうさ」
「なんとまぁ……」
「トシキ殿、呆けている場合ではないぞ? 武器は用意してくれたのだろうな?」
「あ、はいはい。あ、いや、その前に……」


 敏樹はタブレットPCを取り出し、ゲレウたちをパーティに加えたうえでスキルを習得させていった。
 この場では適正よりも環境に合ったものを、ということで、長柄の武器は除外したうえでより適正のあるものを習得させ、〈格納庫〉から取り出した装備を渡していく。


「ふむう、透明な盾とは珍しい」


 防具としてライオットシールドと呼ばれるポリカーボネート製のと、革製の胸甲を全員に身につけてもらった。
 それに加え各人のスキルに合わせた片手持ちの武器を渡している。
 ちなみにゲレウには〈小剣術〉を習得させ、ミリタリーマチェットを装備してもらっていた。


(おお、いかにもリザードマンって感じだな)


 革の胸甲と円盾を装備し、ミリタリーマチェットを構えたゲレウは、昔のゲームに登場しそうな姿だった。


「さて、そこの入り口もついでに壊そうか?」


 この部屋の入り口には外側から閂がかけられている。
 扉の一部が格子になっており、そこから手を伸ばせば内側からでも外せなくはないのだが、外には見張りがいるだろう。
 ならば蹴破って一気に躍り出るという方法も悪くはないのだが……。


「いや、せっかくなんで開けてもらいましょうか」


 敏樹はいつの間に取り出したのか、コイン型の魔道具を手に不敵な笑みを浮かべるのだった。



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