【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第2話『おっさん、ロロアを連れ去られる』後編
協議の時間を稼ごうとしたグロウの言葉を遮ったゴラウは、倒れた門番の男の傍らに落ちた槍を拾うと、その穂先を革鎧の男に向けた。
「ひっ……」
「待て、ゴラウ……」
「父さん、もういいでしょう。このままではどうせあと何年もしないうちにここは終わりですよ。だったらここらで一矢報いるのも悪くないんじゃないですか?」
ゴラウの言葉に感化されたのか、他の住人たちもゆっくりと山賊らに詰め寄っていく。
農具や包丁などを手に持っている物もちらほらいた。
「ま、待て、お主ら……」
「そ、そうだよお前ら、落ち着け、な?」
「我らを手にかければどうなるか分かっているのか?」
グロウの制止に応じる住人はひとりもおらず、先ほどまで余裕の態度だったふたりの山賊も、いまは怯えきって脚が震えていた。
「いずれ滅びるなら、せめて野狼は道連れにしてやるさ。まずはお前らふたりから血祭りに上げることにするよ」
「ちょ、ま……くそがっ! 大体てめぇが余計なこと言うからこんなことに……!!」
「なんだと? 貴様がこの女に手を出したからだろうがっ!!」
「にしてもお前が連中を煽ったんじゃねぇか! いつも通りあと2~3人見繕ってさっさと帰っときゃよかったんだよ! 何とかしやがれっ!!」
「なにをっ!? 貴様こそ……う……あぁ……」
包囲の輪が徐々に縮まっていく。
いままで散々見下してきた水精人の人ならざる容貌と冷たい視線に、いまさらながら二人の山賊は恐怖を覚えた。
そしてふたりを間合いに捉えたゴラウが槍を構え、腰を落とす。
他の住人も拳や手にした農具、調理器具などを構え、じりじりと山賊達に迫っていった。
「待ってくださいっ!!」
そんな住人達の暴発に待ったをかける声が上がった。
その場にいた全員の視線を集めた声の主は、ロロアであった。
ロロアは山賊立ちの前に立ち、ゴラウと対峙した。
「ロロア……」
ロロアは伯父であるゴラウに微笑みかけると、表情を引き締めて振り返り、山賊たちに向き合った。
「今回は私ひとりだけでいいんですね?」
ふたりの山賊は面食らった表情を浮かべたあと、お互いを見合い、何度かうなずき合った。
「そ、そうだな、お前と、あとは酒と――」
「私ひとりだけで、いいんですよね?」
「あ……ああ。もちろんだとも。今回は他に何もいらん。なぁ?」
「お、おう。そうだぜ。だからさっさと行こうぜ」
「待ってくれっ!!」
グロウが住人をかき分けてロロアの前に現れた。その声に振り返ったロロアに、力なく歩みより、縋り付く。
「待つんじゃロロア……」
「長……、いえおじいちゃん」
「っ!?」
不意に“おじいちゃん”と呼ばれて驚くグロウをロロアは優しく抱きしめた。
「いままでありがとう」
「待て……待ってくれ……儂は、儂はお主に何も……」
「うふふ。おじいちゃん、いつも私のこと気にかけてくれてたでしょ?」
「違う、儂は……」
「おじいちゃん、嘘も隠し事も下手なんだもん。ふふ、他のみんなもだよ?」
抱擁をといたロロアは唖然とするグロウに微笑みかけた。
「いままで育ててくれてありがとう。私は幸せだったよ?」
「おぉ、ロロア……」
そしてロロアは笑顔のまま住人たちを見回したあと、深々と頭を下げた。
「みなさん、これまでお世話になりました」
頭をあげてそう告げたロロアは、ふたりの山賊のほうに向き直った。
「じゃあ、行きましょうか」
「お、おう……」「うむ……」
立ち去ろうとするロロアたちにゴラウをはじめとする住人たちが詰め寄ろうとしたが、振り返ったロロアに笑顔を向けられ、それ以上踏み込めなくなった。
「大丈夫ですよ。最初から私なんかいなかったと思ってくれれば……」
そう言って再び歩き出したロロアの背中を、住人たちはただなすすべなく見送ってしまった。
「ロロア……おおぉ……」
力なく膝を着いたグロウの嗚咽が、集落に響いた。
**********
森の獣道を荷馬車が進む。
元は街と集落とを結ぶちょっとした交易路になっていたのだが、森の野狼のせいで交易が途絶えて以降、使う者はほとんどいなくなり、道は荒れ放題となっていた。
いまはなんとか荷馬車が走れるが、あと半年もすればそれも困難になるだろう。
「しっかし、今回はやばかったな」
「うむ、まったくだ」
荷馬車の馭者席には革鎧の男が、そのすぐ近くの荷車の一角にマントの男が座っていた。
ロロアは荷車の中央辺りに、両手首を後ろ手に縄で縛られて座っていた。
今はローブを着せられてはいるが、フードは外されている。
「女ひとりで大丈夫かね?」
「なに。足りないなら追加で徴収にいけばいいだろう」
「そんなっ!?」
マントの男の言葉にロロアが膝立ちになる。
「話がちが――あうっ……!!」
そしてマントの男にくってかかろうとしたところ、思い切り腹を蹴られ、身体をくの字に曲げて倒れた。
「おいおい、あんま傷つけんじゃねーぞ?」
「ふん。手加減ぐらいするさ」
「あー、この女が俺らんとこに回ってくるまで、どれくらいかかるかねぇ」
「さて、半年か、1年か……」
「そのころにゃあぶっ壊れてんだろうなぁ……。ったく、商売女でもいいから、たまにはまともな女を抱きたいぜ」
「ウチにいるのは少なくとも見た目はいいのばかりだろう? 我慢するんだな」
「そりゃわかってんだけどよぉ。どいつもこいつもどっかぶっ壊れてんだろ?」
「何年も閉じ込められてずっと道具にされているんだ。まともでいられる女なぞおらんさ」
「そりゃそうだけどよぉ。演技でもいいから、こう、熱い夜をだなぁ」
「なら足を洗うか?」
「はは、そりゃ無理だ」
「なら我慢しろ。下っ端には男同士で発散してる連中もいるんだからな……」
「うへぇ……」
男たちの話を聞きながら、ロロアは今さらながら自分がどうなるのかというところに実感がわき、痛みにあえぐふりをしながら、恐怖に震える身体を強ばらせて耐え忍んだ。
「追加となると……また俺らが出なきゃなんねぇかな?」
「それはそうだろうが……これだけの上玉だ。案外いけるかもしれんぞ?」
男たちがいま自分のことを話している、ということは理解できるのだが、彼らの言う“上玉”というのが自分のことであるということが、ロロアはいまいち実感できずにいた。
(上玉って、綺麗な女の人のことだよね? ……私が?)
『ロロアって、実は美人なんじゃない?』
以前、敏樹に言われた言葉をロロアは唐突に思い出した。
そのときはただからかわれているだけだと思っていたが、彼とひと月近く過ごしたいまになってみれば、それが冗談でないことが分かる。
敏樹はからかい半分にそんなことを言う人物ではないし、あのときの表情は本気でそう思っているといった様子だった。
(こんなこと……なんでいまになって思い出したんだろう……)
最初はただ顔を見られるのが嫌だった。
それは敏樹に対してだけでなく、誰に対してもだ。
自分は集落の誰とも異なる容姿で、そのせいで集落の人たちから嫌われていると思っていた。
やがて彼女はフードと布で顔を隠すようになった。
その後数十年過ごしている内に、長の孫娘であり獣人でもあるという自分との距離感を住人たちがうまくつかめずにいただけで、特に嫌われてないことはわかったが、顔を隠す習慣はやめられなかった。
一度自分を醜いと思ってしまったら、それを払拭するは困難だった。
口元を見られても嫌われなかったことは嬉しかったが、それでも自分の顔をまじまじと見られると、きっと敏樹は自分を避けるようになるだろうと、ロロアは思っていた。
だから、ロロアは敏樹に嫌われたくないがために、目元だけは頑なに隠し続けていた。
でも自分がそれほど醜くないとしたら?
(ううん……そうじゃない……)
たとえロロアの容姿が醜かろうと、それを理由に彼女を嫌いになる敏樹ではない。
それくらいのことはなんとなく分かっていたのだ。
にもかかわらず、ロロアは自分の顔を隠し続けた。
どうしても顔を見せる勇気がなかった。
その結果ロロアは敏樹よりも先に、山賊などという下種な連中に顔をさらしてしまったのだった。
(こんなことになるんなら、もっと早く見てもらえばよかった……)
そんなことを考えていると、涙がとめどなく溢れてきた。
「うぅ……ふぐ……」
意図せず嗚咽も漏れてくる。
「なんだよ、泣いてんじゃねぇか。てめぇ強く蹴りすぎたんじゃねぇのか?」
「ふん。我々の話を聞いて怖くなっただけだろうよ」
マントの男が気まずそうに鼻を鳴らす。
「うぅ……トシキ……さん……」
ロロアはうずくまったまま身を縮め、涙が溢れるのに任せて泣き続けた。
「ひっ……」
「待て、ゴラウ……」
「父さん、もういいでしょう。このままではどうせあと何年もしないうちにここは終わりですよ。だったらここらで一矢報いるのも悪くないんじゃないですか?」
ゴラウの言葉に感化されたのか、他の住人たちもゆっくりと山賊らに詰め寄っていく。
農具や包丁などを手に持っている物もちらほらいた。
「ま、待て、お主ら……」
「そ、そうだよお前ら、落ち着け、な?」
「我らを手にかければどうなるか分かっているのか?」
グロウの制止に応じる住人はひとりもおらず、先ほどまで余裕の態度だったふたりの山賊も、いまは怯えきって脚が震えていた。
「いずれ滅びるなら、せめて野狼は道連れにしてやるさ。まずはお前らふたりから血祭りに上げることにするよ」
「ちょ、ま……くそがっ! 大体てめぇが余計なこと言うからこんなことに……!!」
「なんだと? 貴様がこの女に手を出したからだろうがっ!!」
「にしてもお前が連中を煽ったんじゃねぇか! いつも通りあと2~3人見繕ってさっさと帰っときゃよかったんだよ! 何とかしやがれっ!!」
「なにをっ!? 貴様こそ……う……あぁ……」
包囲の輪が徐々に縮まっていく。
いままで散々見下してきた水精人の人ならざる容貌と冷たい視線に、いまさらながら二人の山賊は恐怖を覚えた。
そしてふたりを間合いに捉えたゴラウが槍を構え、腰を落とす。
他の住人も拳や手にした農具、調理器具などを構え、じりじりと山賊達に迫っていった。
「待ってくださいっ!!」
そんな住人達の暴発に待ったをかける声が上がった。
その場にいた全員の視線を集めた声の主は、ロロアであった。
ロロアは山賊立ちの前に立ち、ゴラウと対峙した。
「ロロア……」
ロロアは伯父であるゴラウに微笑みかけると、表情を引き締めて振り返り、山賊たちに向き合った。
「今回は私ひとりだけでいいんですね?」
ふたりの山賊は面食らった表情を浮かべたあと、お互いを見合い、何度かうなずき合った。
「そ、そうだな、お前と、あとは酒と――」
「私ひとりだけで、いいんですよね?」
「あ……ああ。もちろんだとも。今回は他に何もいらん。なぁ?」
「お、おう。そうだぜ。だからさっさと行こうぜ」
「待ってくれっ!!」
グロウが住人をかき分けてロロアの前に現れた。その声に振り返ったロロアに、力なく歩みより、縋り付く。
「待つんじゃロロア……」
「長……、いえおじいちゃん」
「っ!?」
不意に“おじいちゃん”と呼ばれて驚くグロウをロロアは優しく抱きしめた。
「いままでありがとう」
「待て……待ってくれ……儂は、儂はお主に何も……」
「うふふ。おじいちゃん、いつも私のこと気にかけてくれてたでしょ?」
「違う、儂は……」
「おじいちゃん、嘘も隠し事も下手なんだもん。ふふ、他のみんなもだよ?」
抱擁をといたロロアは唖然とするグロウに微笑みかけた。
「いままで育ててくれてありがとう。私は幸せだったよ?」
「おぉ、ロロア……」
そしてロロアは笑顔のまま住人たちを見回したあと、深々と頭を下げた。
「みなさん、これまでお世話になりました」
頭をあげてそう告げたロロアは、ふたりの山賊のほうに向き直った。
「じゃあ、行きましょうか」
「お、おう……」「うむ……」
立ち去ろうとするロロアたちにゴラウをはじめとする住人たちが詰め寄ろうとしたが、振り返ったロロアに笑顔を向けられ、それ以上踏み込めなくなった。
「大丈夫ですよ。最初から私なんかいなかったと思ってくれれば……」
そう言って再び歩き出したロロアの背中を、住人たちはただなすすべなく見送ってしまった。
「ロロア……おおぉ……」
力なく膝を着いたグロウの嗚咽が、集落に響いた。
**********
森の獣道を荷馬車が進む。
元は街と集落とを結ぶちょっとした交易路になっていたのだが、森の野狼のせいで交易が途絶えて以降、使う者はほとんどいなくなり、道は荒れ放題となっていた。
いまはなんとか荷馬車が走れるが、あと半年もすればそれも困難になるだろう。
「しっかし、今回はやばかったな」
「うむ、まったくだ」
荷馬車の馭者席には革鎧の男が、そのすぐ近くの荷車の一角にマントの男が座っていた。
ロロアは荷車の中央辺りに、両手首を後ろ手に縄で縛られて座っていた。
今はローブを着せられてはいるが、フードは外されている。
「女ひとりで大丈夫かね?」
「なに。足りないなら追加で徴収にいけばいいだろう」
「そんなっ!?」
マントの男の言葉にロロアが膝立ちになる。
「話がちが――あうっ……!!」
そしてマントの男にくってかかろうとしたところ、思い切り腹を蹴られ、身体をくの字に曲げて倒れた。
「おいおい、あんま傷つけんじゃねーぞ?」
「ふん。手加減ぐらいするさ」
「あー、この女が俺らんとこに回ってくるまで、どれくらいかかるかねぇ」
「さて、半年か、1年か……」
「そのころにゃあぶっ壊れてんだろうなぁ……。ったく、商売女でもいいから、たまにはまともな女を抱きたいぜ」
「ウチにいるのは少なくとも見た目はいいのばかりだろう? 我慢するんだな」
「そりゃわかってんだけどよぉ。どいつもこいつもどっかぶっ壊れてんだろ?」
「何年も閉じ込められてずっと道具にされているんだ。まともでいられる女なぞおらんさ」
「そりゃそうだけどよぉ。演技でもいいから、こう、熱い夜をだなぁ」
「なら足を洗うか?」
「はは、そりゃ無理だ」
「なら我慢しろ。下っ端には男同士で発散してる連中もいるんだからな……」
「うへぇ……」
男たちの話を聞きながら、ロロアは今さらながら自分がどうなるのかというところに実感がわき、痛みにあえぐふりをしながら、恐怖に震える身体を強ばらせて耐え忍んだ。
「追加となると……また俺らが出なきゃなんねぇかな?」
「それはそうだろうが……これだけの上玉だ。案外いけるかもしれんぞ?」
男たちがいま自分のことを話している、ということは理解できるのだが、彼らの言う“上玉”というのが自分のことであるということが、ロロアはいまいち実感できずにいた。
(上玉って、綺麗な女の人のことだよね? ……私が?)
『ロロアって、実は美人なんじゃない?』
以前、敏樹に言われた言葉をロロアは唐突に思い出した。
そのときはただからかわれているだけだと思っていたが、彼とひと月近く過ごしたいまになってみれば、それが冗談でないことが分かる。
敏樹はからかい半分にそんなことを言う人物ではないし、あのときの表情は本気でそう思っているといった様子だった。
(こんなこと……なんでいまになって思い出したんだろう……)
最初はただ顔を見られるのが嫌だった。
それは敏樹に対してだけでなく、誰に対してもだ。
自分は集落の誰とも異なる容姿で、そのせいで集落の人たちから嫌われていると思っていた。
やがて彼女はフードと布で顔を隠すようになった。
その後数十年過ごしている内に、長の孫娘であり獣人でもあるという自分との距離感を住人たちがうまくつかめずにいただけで、特に嫌われてないことはわかったが、顔を隠す習慣はやめられなかった。
一度自分を醜いと思ってしまったら、それを払拭するは困難だった。
口元を見られても嫌われなかったことは嬉しかったが、それでも自分の顔をまじまじと見られると、きっと敏樹は自分を避けるようになるだろうと、ロロアは思っていた。
だから、ロロアは敏樹に嫌われたくないがために、目元だけは頑なに隠し続けていた。
でも自分がそれほど醜くないとしたら?
(ううん……そうじゃない……)
たとえロロアの容姿が醜かろうと、それを理由に彼女を嫌いになる敏樹ではない。
それくらいのことはなんとなく分かっていたのだ。
にもかかわらず、ロロアは自分の顔を隠し続けた。
どうしても顔を見せる勇気がなかった。
その結果ロロアは敏樹よりも先に、山賊などという下種な連中に顔をさらしてしまったのだった。
(こんなことになるんなら、もっと早く見てもらえばよかった……)
そんなことを考えていると、涙がとめどなく溢れてきた。
「うぅ……ふぐ……」
意図せず嗚咽も漏れてくる。
「なんだよ、泣いてんじゃねぇか。てめぇ強く蹴りすぎたんじゃねぇのか?」
「ふん。我々の話を聞いて怖くなっただけだろうよ」
マントの男が気まずそうに鼻を鳴らす。
「うぅ……トシキ……さん……」
ロロアはうずくまったまま身を縮め、涙が溢れるのに任せて泣き続けた。
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