【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第2話『おっさん、疲れる』

「MPが少ない……」


 一応〈消費魔力軽減〉で、MP消費はある程度押さえているのだが、下級攻撃魔術2回と中級攻撃魔術1回で8割を消費してしまうというのは中々に辛いものがある。
 この世界においては、魔術士でもない一般人であっても、この十倍ほどは魔力を有しているらしい。
 これは魔力のない世界で生まれ育ち、元の体のまま転移したことによる弊害だろう。


 ただ、魔力は消費すればするほど、回復時には最大保有量が増加する。
 成長速度や成長限界に個人差はあるものの、敏樹の魔力量は着実に増えていた。
 なにせここに来た当初は、下級攻撃魔術2回で8割以上消費していたのだから。
 〈保有魔力成長促進〉〈保有魔力成長限界突破〉を習得しているので、いずれ魔力量は増えていくはずである。


 通常であれば消費した魔力というのはゆっくり休んで回復させるものであり、休息の状態や保有魔力量、回復速度など状況の差や個人差はあるものの、一晩はぐっすりと眠らなければ回復は難しいようである。
 しかし敏樹には〈無病息災〉があり、そのおかげでおよそ1分に1パーセントのペースでMPが回復していた。
 このペースは保有魔力の絶対値が増加しても変わらないことが判明している。


 しかし、いくらすぐに回復、あるいは成長するからと言って、今の魔力量では不便すぎるのだが、そのあたりの対策にも漏れはない。


「やっぱ100パーセント以上は増えんね」


 ここ最近の行動だが、一番近い集落を目指して森を進み、転移拠点を設定したら一度転移で洞穴へ戻る。
 丸1日経ったあと、新たに設定した拠点へと転移して丸1日かけて先に進み、次の転移拠点を設定して洞穴へ戻る、というのを繰り返していた。
 〈拠点転移〉は一度使うと24時間のインターバルが必要になるので、最新の転移拠点を出発したら24時間は洞穴に帰れないということになる。


 〈無病息災〉を持つ敏樹にとって、24時間ぶっ通しで行動するということは、不可能ではないものの気分的にしんどくなるのは避けられない。
 なので、適宜『情報閲覧』で比較的安全な場所を探してはこまめに休息を取り、無理のないペースで進んでいるのだった。
 一応自前の魔力を消費すれば1日2回以上〈拠点転移〉を使用できるのだが、現在の敏樹の魔力量だと、100パーセントであってもせいぜい100メートル先に転移するのが精一杯であった。


 話は戻るが、自身のMPが100パーセントに達し、当たり前であるがそれ以上増えないことを確認した敏樹は、〈格納庫ハンガー〉からゴブリンの魔石を取り出した。
 それは荒く削り出さ親指の先程度のくすんだ小石のようなものだった。
 魔石を握った状態で敏樹が何かを念じると、魔石が淡く光り、その後砂のようにボロボロと崩れ去る。タブレットPCを取り出した敏樹は、MPが反映されるバッテリー残量が200を超えていることを確認した。


「……よし」


 MPの少なさを解消するのに〈魔力吸収〉と〈保有魔力限界突破〉というスキルを敏樹は習得していた。
 〈魔力吸収〉は文字通り魔力を吸収するスキルだ。
 魔石に限らず魔力を宿すものであればあらゆるものから魔力を吸収できるのだが、最も効率がいいのが魔石である。
 まだスキルレベルが低いので、生物を相手にした場合は抵抗レジストされる恐れもあった。
 次に〈保有魔力限界突破〉だが、これは簡単に言えば100パーセント以上のMPを保有できるスキルである。
 これらのスキルを使ってMPを一時的に増やせば、一応・・すべての魔術を使うことが可能というわけだ。


「ゴブリンの魔石以下の魔力……」


 魔石の中でも最小の部類に入るゴブリンの魔石で100以上の魔力が回復したことにショックを隠せない敏樹であった。


**********


「せいっ!! へぁあっー!!」


 敏樹は片手斧槍の型を練習していた。
 武術系スキルの型に関しては、スキルを習得すれば自然と頭の中に入ってくるので、あとはそれをなぞって体になじませていけばいい。
 そしてスキルレベルが上がればまた新たな型を覚えるというわけである。
 型がすべてというわけではないが、師匠も無しに未知の動きを習得できるのはありがたいことである。


 ちなみにだが、この世界の住人にはスキルという概念がなく、スキル習得やスキルレベルアップで得られる知識のことを『天啓』と呼んでいた。
 スキルの種類や習得方法によっては『祝福』や『加護』と呼ばれることもあるようだ。


「ふぅ……。今日はこんなもんでいいか」


 ほどよく汗をかいた敏樹の様子からはちょっとした運動のように見えるが、実際は早朝から夕暮れまで、食事以外の休憩を取らずに訓練に励んでいたのである。
 長時間全力で鍛錬に励んでもオーバーワークにならないのは、やはり〈無病息災〉のおかげであろう。


「もうちょっとしたら寝て、起きれば24時間ぐらいかな」


 先に進んで拠点を設定し、転移で洞穴に帰る。
 次のスタートはもちろん最新の拠点からだが、その最新の場所へ転移し直すのに24時間のインターバルが必要になる。
 つまり、一度洞穴に戻ると24時間はここで過ごさねばならないのである。
 なので、敏樹はその待ち時間を訓練に費やしているのであった。


「さて、腹も減ったしメシにするか」


 ジュウジュウと美味しそうな音を立てながら、と鉄板の上で肉が焼けていく。
 敏樹はホームセンターで購入したカセットコンロの上にフライパンを置き、適当に切り分けたオークの肉や山菜、きのこ類を焼いていた。
 塩コショウを適当に振って味を整え、早速オーク肉を口に運ぶ。


「あっつ……、うまっ」


 オーク肉はこちらの世界でも人気のある食肉らしく、敏樹は高級な豚肉といったような印象を受けていた。
 魔物とはいえ人型だった存在の肉を食べるということに、本来であればかなりの忌避感を覚えるものであろう。
 実際に自分の手で解体していれば、まともに食べることは出来なかったかもしれないが、〈格納庫ハンガー〉の機能で解体されたオークは、既にブロック肉と化しており、外見的な印象は豚肉と大して変わらなかった。


「ふぅ、食った食った」


 洞穴に戻り寝転がった敏樹は、満足げに腹をポンポンと叩いた。
 前回はブルーシートの上に寝袋という粗末な環境だったが、いまはブルーシートの上に高級マットレスを置いており、寝心地は飛躍的に上昇している。
 フライパンや食器類は〈格納庫ハンガー〉の機能で新品同様の状態になるので、あえて洗う必要はない。


「……ってか、食い過ぎた?」


 1人バーベキュー状態だった敏樹は、なんだかんだと肉を追加していき、最終的には2キログラム以上を平らげていた。
 まぁ、いくら食べたところで〈無病息災〉の効果により、胃がもたれることもなければ不健康に太るということもなく、食後すぐに寝転がったところで逆流性食道炎になることもないので、特に心配する必要はないのだが。


「さーて、明日も頑張りますかっ!!」


 今日も敏樹は森を歩く。
 代わり映えのない景色が延々と続く中、ひたすら走り、魔物を倒し、たまに休憩し、出発から24時間以上経過したら拠点を更新し、そして洞穴に帰る。
 洞穴で訓練などをしながら24時間以上経過したところで、最新の拠点に転移し、また24時間の行軍。


「なんか……しんどい……」


 〈無病息災〉のおかげで肉体的な疲労はないはずであるし、精神的なダメージも回復されるはずなのだが、敏樹は身体の芯に残る疲労感のようなものを拭えずにいた。
 おそらくだが、同じような行動を1週間ほど続けたことで気が滅入っているのだろう。
 そして“気が滅入る”程度のことを〈無病息災〉は精神的ダメージとも状態異常とも判断しないものと思われる。
 これがさらに続けば何らかの精神疾患に至る可能性があり、そうなれば〈無病息災〉が発動するのかもしれない。
 つまり、このまま無理を続ければやがて敏樹の心は折れ、その折れた心を〈無病息災〉が回復し、いまの鬱々とした気分は晴れるのではないか、と予想できるのであった。


 しかし、そこでふと思う。


「……無理する必要ある?」


 できるだけ早く集落へたどり着くために組んだスケジュールだが、日々のノルマがあるわけでもなく、納期があるわけでもない。
 敏樹の脳裏に、ノルマと納期に追われて馬車馬のように働き続けた会社員時代の苦い思い出がよみがえってきた。


「ふぅ……。もう、いいか」


 そして敏樹は走るのをやめた。
 〈拠点転移〉を発動できるかどうかは感覚的に分かるようになっている。どうやら今日出発して、ちょうど24時間が経ったようなので、まずは現在地を拠点として追加した。


「ブフォオオッ!!」


 立ち止まった敏樹の背後から、豚のような鳴き声が聞こえてきた。
 振り返った先には、半人半豚の魔物であるオークが1匹立っていた。
 そのオークは、蔦を使って木の棒に石をくくりつけた粗末な石斧を手に、口の端からよだれを垂らしながら敏樹を威嚇している。


「ふふ……」


 オークを目の前にしてなにやら自嘲気味な笑みを浮かべた敏樹だったが、すぐにカッと目を見開き、ビシッとオークを指さした。
 そして高らかに宣言する。


「実家に帰らせていただきます!!」


 次の瞬間、敏樹が指さしていた先からオークの姿が消え、馴染みのあるパソコンモニターが視界に飛び込んできた。


「フゴッ!? ブフォー……」


 そして取り残されたオークは突然目の前の獲物が消えたことに、ただひたすら戸惑うばかりであった。



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