【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第5話『おっさん、安全を確保する』
「あ、あぶなかった……」
ゴブリンが繰り出した槍は腹を覆っていたフライパンに弾き返され、敏樹はフライパンを押し込まれるような衝撃は受けたものの、怪我らしい怪我はなかった。
「うおりゃああ!!」
木の棒を槍のように繰り出したもののはじき返されてしまい、思わず仰け反ったゴブリンに対し、敏樹はトンガを突き出す。
「ゴギョエェッ!!」
両手でしっかりと構えた状態から繰り出されたトンガだが、柄角(柄と刃の内角)が鋭角になっているため、少し飛び出るような形になっている柄の先端がゴブリンの左目頭と鼻の間に直撃した。
痛みのせいかゴブリンは木の棒を手放し、繰り出されたトンガの勢いを受けて後ろにのけぞった。
その様子を確認した敏樹だったが、視界の端でもう一匹のゴブリンが矢を放つ姿を捉えていた。
「おわっ!?」
飛んでくる矢に対して咄嗟に身体が動かず、敏樹は身を縮めてトンガを構えたが、放たれた矢は途中から不自然に軌道を変え、近くの木に当たってカランと落ちた。
それもまた矢と呼ぶには粗末な物で、比較的まっすぐな木の枝の先端を乱雑にとがらせただけという代物であった。
「くそっ……こんなもんが……」
矢というのはわずかにゆがんでいるだけでまっすぐ飛ばない物である。
木の枝にしてはまっすぐな物であっても、矢としてみればそれは歪みすぎであり、そんな物が当たってしまうというのは不運としか言い様がないだろう。
放たれた直後は間違いなく敏樹に向かっていた木の棒が、途中から不自然に軌道を変えて外れたのを見る限り、この矢を対象に当てるのはかなり困難なはずである。
「ゴギョォッゴギョギョォ!!」
トンガの柄でで顔を突かれたゴブリンは、顔を押さえてのたうち回っていた。
喚きながら転げ回り、起き上がる気配のないことからそれなりのダメージをを与えることができたのだろう。
それほど膂力のない敏樹であるから、いわゆる火事場の馬鹿力のようなものが発揮されたのかもしれない。
さらに弓を持つゴブリンがたどたどしく矢をつがえようとしているのを確認した敏樹は、2匹のゴブリンに背を向けて走り出した。
「うぐぅ、背中痛い……」
背中に受けた矢傷を気にしながらも、敏樹は全速力で走り続けた。
とにかく遠くへ、あのゴブリンどもから逃げるために……!!
それからどれくらいのあいだ走り続けただろうか。
途中、何度かゴブリンが出現したが、トンガを突き出して押し倒し、その脇を駆け抜けた。
刃の腹が外側に向いているのが功を奏したのか、勢いに任せて押しのけるという行為にトンガの形状は最適だった。
「あれ、ここは……」
闇雲に走っているつもりだったが、どうやら敏樹は無意識のうちに安全な場所を求めていたのかも知れない。
視線の先には、先ほどタブレットPCで見た洞穴があった。
**********
「ふぃー……」
敏樹は情けない声を上げながら、倒れ込むように洞穴へと入った。
洞穴の中には適度に枯れ葉が積み上がっており、少し柔らかい地面へうつ伏せに倒れる。
「んんー……!」
そして身体を伸ばしながらごろりと仰向けに転がると、背中がチクりと痛んだ。
「あ、矢傷!」
痛んだ場所は先ほどゴブリンの矢を受けたところだった。
しかし仰向けになった時点でその矢が引っかかることもなかったので、ここまで来る内に抜け落ちたのだろう。
鏃もないような木の棒を削っただけの矢なので、すぐに抜けてもおかしくはない。
「でも、傷が……」
そう思って敏樹はジャージとTシャツを脱ぎ、矢傷の辺りを触ってみた。
「いてっ……でも、大したことないな」
触ってみた感触では、それほど深い傷ではなさそうである。
しかし、矢はかなり深々と刺さって射たように思えるのだが……。
そのとき、グゥと腹がなる。
「あ……。腹が、減った……」
〈格納庫〉内にスティックタイプの携行食が入っていたので、敏樹はそれを貪るように食べた。
それらは1本でそれなりの栄養とカロリーを摂取できるものであり、成人男性であれば5本も食べれば満腹になる代物であるが、敏樹はそれを二十本近く食べた。
「げふっ……」
さらにミネラルウォーターを取り出した敏樹は、ペットボトル1本を一気に飲み干した。
「うわぁ、ジャージボロボロだな」
腹が満たされ、ひと息ついたところで先ほど脱ぎ捨てたジャージが目に入った。
〈格納庫〉内に着替えがないかどうかを確認したところ、下着は数セット用意されているようだった。
「下着だけ着替えてもなぁ…………あっ、そうだ!」
そこで敏樹は〈格納庫〉の機能を思い出す。
『調整』『修繕』『分解』『再構築』といった機能を使えば、この汚れたジャージをなんとかできるのではないかと、敏樹はジャージを脱いで下着姿となり、〈格納庫〉へ脱いだジャージを収めた。
「えーっと、綺麗に洗浄するには……『調整』? いや、血とジャージを『分解』すればいいのか? …………おぉっ!!」
敏樹はジャージに染みこんだ血をジャージから取り除くべく『分解』機能を使ってみた。使うといっても、軽く念じただけであり、その方法は自然と理解できたのだが、その結果、繊維の奥までしみこんでいた血液が、分子レベルで取り除かれるのがわかった。
「穴は『修繕』で…………おっし!!」
次に『修繕』機能を使ってジャージに開いた穴の修復を試みたところ、縫ったようなあともなく完全に穴は塞がった。
「じゃあ靴下も?」
こちらに飛ばされてしばらくは靴を履かずに走ったせいで、最初に履いてた靴下にはいくつもの穴が開いていた。
今度は『調整』を使ってみたところ、靴下についていた泥や汗の汚れが綺麗にとれたのがわかった。
どうやら『調整』には洗浄効果もあるらしい。
綺麗になった靴下の穴を『修繕』で塞いでみる。
「おおっ…………あれ?」
しかし、一部の穴は塞がったが、完全には修復されなかった。
「そっか……欠損」
『修繕』であっても欠損の再生はできないとあった。
ジャージのようにただ穴が開いただけであれば問題ないのだろうが、靴下は地面とこすれて一部すり切れ、欠損したものと思われる。
「まぁ、しょうがないか……。ふぅ……」
敏樹は大きく息を吐いた。
そしてそれが疲れからくるもであることを悟る。
〈格納庫〉の機能を使うと、体力か何かを消費するのかもしれない。
「そのへんも確認しなきゃならんのだろうけど……、身体も洗いたいよなぁ」
ジャージは〈格納庫〉の中で綺麗になったし、まだ着ている血まみれの下着類や靴も同じく綺麗にできるのだが、身体のほうはどうにもならない。
走り回って汗まみれの泥まみれであり、矢を受けた背中は血まみれだろう。
「水……使うのはなぁ……」
おそらく町田が用意してくれたと思われるペットボトル入りのミネラルウォーターだが、それも残り21本となっていた。
この先水がすぐに手に入るかどうかわからない以上、安易に飲用可能な水を消費するわけにはいかない。
「どっかに水場……、あ、『情報閲覧』!!」
薄暗い洞穴の中を見回していると、すぐ足下に転がっていたタブレットPCを、敏樹は発見することが出来た。
さっそく『情報閲覧』を起動し、“綺麗な水のあるところ”で検索をかけると、洞穴の最奥部に水が湧き出ていることが示される。
改めて確認したこの洞穴だが、入り口は最も高いところで150センチ程度、幅は2メートル程度のいびつな楕円系で、中に入ると少しだけ広くなっており、敏樹が立ち上がって少し余裕があるので一番高いところで180センチほどはあるだろうか。
幅のほうはそれほど広くなっておらず、奥に行くほど狭くなり、天井部分も徐々に低くなっていった。
奥行きは5メートルもなく、最奥部は敏樹が腰を曲げればたどり着ける程度の広さで行き止まりになっている。
そしてその行き止まりの壁に、天井部分からちょろちょろと水が流れ落ちているのだった。
「この水は……大丈夫なのか?」
なんといってもここは異世界である。ただの水に見えてなにやらとてつもない猛毒が含まれて以内とも限らないのだ。
「……そっか、こういうときも『情報閲覧』だ」
敏樹はタブレットPCにて再び『情報閲覧』を起動し、カメラモードに切り替えた。
「……で? どうすりゃいいんだい? “この水は無害なのかい?”とでも訊けば――って、やっぱそれでいいのか」
これまでの操作経験から、このタブレットPCが敏樹の思考をある程度読み取れることはわかっているのでとりあえず呼びかけてみたら、案の定答えてくれたようである。
《森の湧き水:ヒトに対する有害物質極小。接触、飲用に問題なし》
さらに詳しく調べようと思えばミネラルの含有量や硬度なども確認できるようだが、とりあえず日本人である敏樹にとってなじみの深い軟水であることだけは理解できた。
「しかしまぁ都合よく安全な場所と水場があったもんだ」
スタート地点から一時間以内の場所にこのような都合のいい場所があったことに意図的なものを感じざるを得ない敏樹だったが、だからといってなんの説明もなく異世界に飛ばされたことや、危険な目に遭ったことに対する不満が消えるわけではない。
もし町田に再会することがあったらとにかく文句を言ってやろうと思いつつ、敏樹は下着や靴を脱いで〈格納庫〉に入れ、代わりにタオルを取り出す。
そしてタオルを湧き水に浸して濡らし、ゴシゴシと身体をこすっていった。
「あれ、そういや背中全然痛くないな」
先ほどから特に気にせず全身を洗っていたのだが、そういえば背中をこすったときに痛みらしい痛みはなかった。
試しに触ってみたところ、少なくとも傷らしい傷の感触はない。
「スキルのおかげかな?」
これも足の裏の傷が治ったように、背中の傷も治ってしまったのだろう。
何度か〈格納庫〉内のタオルと交換したり、『調整』機能で洗浄しながら全身を拭い、汗や泥、血の跡を洗い流すことができた。
最後に乾いたタオルで全身の水気を拭き取り、〈格納庫〉から『調整』『修繕』済みの下着類とジャージをとりだした。
「穴……マジで塞がってんな」
矢傷により穴が空いていた部分をみてみたが、ジャージもTシャツも綺麗に穴が塞がっていた。
〈格納庫〉内にブルーシートと寝袋が入っていることを確認した敏樹は、水場を少し離れた洞穴の中央あたりにシートを敷き、その上に寝袋を置いた。
再度足の裏をタオルで拭って綺麗にし、ブルーシートの上を歩いて寝袋の上に寝転がった。
「疲れた……」
そうつぶやいた敏樹であったが、実のところ肉体的な疲労はそれほどなく、精神的な部分も意外と平静であった。
それでも身体の芯のほうにある疲れのようなものをなんとなく感じでいた敏樹は、そのまま目を閉じ眠りにつくのだった。
ゴブリンが繰り出した槍は腹を覆っていたフライパンに弾き返され、敏樹はフライパンを押し込まれるような衝撃は受けたものの、怪我らしい怪我はなかった。
「うおりゃああ!!」
木の棒を槍のように繰り出したもののはじき返されてしまい、思わず仰け反ったゴブリンに対し、敏樹はトンガを突き出す。
「ゴギョエェッ!!」
両手でしっかりと構えた状態から繰り出されたトンガだが、柄角(柄と刃の内角)が鋭角になっているため、少し飛び出るような形になっている柄の先端がゴブリンの左目頭と鼻の間に直撃した。
痛みのせいかゴブリンは木の棒を手放し、繰り出されたトンガの勢いを受けて後ろにのけぞった。
その様子を確認した敏樹だったが、視界の端でもう一匹のゴブリンが矢を放つ姿を捉えていた。
「おわっ!?」
飛んでくる矢に対して咄嗟に身体が動かず、敏樹は身を縮めてトンガを構えたが、放たれた矢は途中から不自然に軌道を変え、近くの木に当たってカランと落ちた。
それもまた矢と呼ぶには粗末な物で、比較的まっすぐな木の枝の先端を乱雑にとがらせただけという代物であった。
「くそっ……こんなもんが……」
矢というのはわずかにゆがんでいるだけでまっすぐ飛ばない物である。
木の枝にしてはまっすぐな物であっても、矢としてみればそれは歪みすぎであり、そんな物が当たってしまうというのは不運としか言い様がないだろう。
放たれた直後は間違いなく敏樹に向かっていた木の棒が、途中から不自然に軌道を変えて外れたのを見る限り、この矢を対象に当てるのはかなり困難なはずである。
「ゴギョォッゴギョギョォ!!」
トンガの柄でで顔を突かれたゴブリンは、顔を押さえてのたうち回っていた。
喚きながら転げ回り、起き上がる気配のないことからそれなりのダメージをを与えることができたのだろう。
それほど膂力のない敏樹であるから、いわゆる火事場の馬鹿力のようなものが発揮されたのかもしれない。
さらに弓を持つゴブリンがたどたどしく矢をつがえようとしているのを確認した敏樹は、2匹のゴブリンに背を向けて走り出した。
「うぐぅ、背中痛い……」
背中に受けた矢傷を気にしながらも、敏樹は全速力で走り続けた。
とにかく遠くへ、あのゴブリンどもから逃げるために……!!
それからどれくらいのあいだ走り続けただろうか。
途中、何度かゴブリンが出現したが、トンガを突き出して押し倒し、その脇を駆け抜けた。
刃の腹が外側に向いているのが功を奏したのか、勢いに任せて押しのけるという行為にトンガの形状は最適だった。
「あれ、ここは……」
闇雲に走っているつもりだったが、どうやら敏樹は無意識のうちに安全な場所を求めていたのかも知れない。
視線の先には、先ほどタブレットPCで見た洞穴があった。
**********
「ふぃー……」
敏樹は情けない声を上げながら、倒れ込むように洞穴へと入った。
洞穴の中には適度に枯れ葉が積み上がっており、少し柔らかい地面へうつ伏せに倒れる。
「んんー……!」
そして身体を伸ばしながらごろりと仰向けに転がると、背中がチクりと痛んだ。
「あ、矢傷!」
痛んだ場所は先ほどゴブリンの矢を受けたところだった。
しかし仰向けになった時点でその矢が引っかかることもなかったので、ここまで来る内に抜け落ちたのだろう。
鏃もないような木の棒を削っただけの矢なので、すぐに抜けてもおかしくはない。
「でも、傷が……」
そう思って敏樹はジャージとTシャツを脱ぎ、矢傷の辺りを触ってみた。
「いてっ……でも、大したことないな」
触ってみた感触では、それほど深い傷ではなさそうである。
しかし、矢はかなり深々と刺さって射たように思えるのだが……。
そのとき、グゥと腹がなる。
「あ……。腹が、減った……」
〈格納庫〉内にスティックタイプの携行食が入っていたので、敏樹はそれを貪るように食べた。
それらは1本でそれなりの栄養とカロリーを摂取できるものであり、成人男性であれば5本も食べれば満腹になる代物であるが、敏樹はそれを二十本近く食べた。
「げふっ……」
さらにミネラルウォーターを取り出した敏樹は、ペットボトル1本を一気に飲み干した。
「うわぁ、ジャージボロボロだな」
腹が満たされ、ひと息ついたところで先ほど脱ぎ捨てたジャージが目に入った。
〈格納庫〉内に着替えがないかどうかを確認したところ、下着は数セット用意されているようだった。
「下着だけ着替えてもなぁ…………あっ、そうだ!」
そこで敏樹は〈格納庫〉の機能を思い出す。
『調整』『修繕』『分解』『再構築』といった機能を使えば、この汚れたジャージをなんとかできるのではないかと、敏樹はジャージを脱いで下着姿となり、〈格納庫〉へ脱いだジャージを収めた。
「えーっと、綺麗に洗浄するには……『調整』? いや、血とジャージを『分解』すればいいのか? …………おぉっ!!」
敏樹はジャージに染みこんだ血をジャージから取り除くべく『分解』機能を使ってみた。使うといっても、軽く念じただけであり、その方法は自然と理解できたのだが、その結果、繊維の奥までしみこんでいた血液が、分子レベルで取り除かれるのがわかった。
「穴は『修繕』で…………おっし!!」
次に『修繕』機能を使ってジャージに開いた穴の修復を試みたところ、縫ったようなあともなく完全に穴は塞がった。
「じゃあ靴下も?」
こちらに飛ばされてしばらくは靴を履かずに走ったせいで、最初に履いてた靴下にはいくつもの穴が開いていた。
今度は『調整』を使ってみたところ、靴下についていた泥や汗の汚れが綺麗にとれたのがわかった。
どうやら『調整』には洗浄効果もあるらしい。
綺麗になった靴下の穴を『修繕』で塞いでみる。
「おおっ…………あれ?」
しかし、一部の穴は塞がったが、完全には修復されなかった。
「そっか……欠損」
『修繕』であっても欠損の再生はできないとあった。
ジャージのようにただ穴が開いただけであれば問題ないのだろうが、靴下は地面とこすれて一部すり切れ、欠損したものと思われる。
「まぁ、しょうがないか……。ふぅ……」
敏樹は大きく息を吐いた。
そしてそれが疲れからくるもであることを悟る。
〈格納庫〉の機能を使うと、体力か何かを消費するのかもしれない。
「そのへんも確認しなきゃならんのだろうけど……、身体も洗いたいよなぁ」
ジャージは〈格納庫〉の中で綺麗になったし、まだ着ている血まみれの下着類や靴も同じく綺麗にできるのだが、身体のほうはどうにもならない。
走り回って汗まみれの泥まみれであり、矢を受けた背中は血まみれだろう。
「水……使うのはなぁ……」
おそらく町田が用意してくれたと思われるペットボトル入りのミネラルウォーターだが、それも残り21本となっていた。
この先水がすぐに手に入るかどうかわからない以上、安易に飲用可能な水を消費するわけにはいかない。
「どっかに水場……、あ、『情報閲覧』!!」
薄暗い洞穴の中を見回していると、すぐ足下に転がっていたタブレットPCを、敏樹は発見することが出来た。
さっそく『情報閲覧』を起動し、“綺麗な水のあるところ”で検索をかけると、洞穴の最奥部に水が湧き出ていることが示される。
改めて確認したこの洞穴だが、入り口は最も高いところで150センチ程度、幅は2メートル程度のいびつな楕円系で、中に入ると少しだけ広くなっており、敏樹が立ち上がって少し余裕があるので一番高いところで180センチほどはあるだろうか。
幅のほうはそれほど広くなっておらず、奥に行くほど狭くなり、天井部分も徐々に低くなっていった。
奥行きは5メートルもなく、最奥部は敏樹が腰を曲げればたどり着ける程度の広さで行き止まりになっている。
そしてその行き止まりの壁に、天井部分からちょろちょろと水が流れ落ちているのだった。
「この水は……大丈夫なのか?」
なんといってもここは異世界である。ただの水に見えてなにやらとてつもない猛毒が含まれて以内とも限らないのだ。
「……そっか、こういうときも『情報閲覧』だ」
敏樹はタブレットPCにて再び『情報閲覧』を起動し、カメラモードに切り替えた。
「……で? どうすりゃいいんだい? “この水は無害なのかい?”とでも訊けば――って、やっぱそれでいいのか」
これまでの操作経験から、このタブレットPCが敏樹の思考をある程度読み取れることはわかっているのでとりあえず呼びかけてみたら、案の定答えてくれたようである。
《森の湧き水:ヒトに対する有害物質極小。接触、飲用に問題なし》
さらに詳しく調べようと思えばミネラルの含有量や硬度なども確認できるようだが、とりあえず日本人である敏樹にとってなじみの深い軟水であることだけは理解できた。
「しかしまぁ都合よく安全な場所と水場があったもんだ」
スタート地点から一時間以内の場所にこのような都合のいい場所があったことに意図的なものを感じざるを得ない敏樹だったが、だからといってなんの説明もなく異世界に飛ばされたことや、危険な目に遭ったことに対する不満が消えるわけではない。
もし町田に再会することがあったらとにかく文句を言ってやろうと思いつつ、敏樹は下着や靴を脱いで〈格納庫〉に入れ、代わりにタオルを取り出す。
そしてタオルを湧き水に浸して濡らし、ゴシゴシと身体をこすっていった。
「あれ、そういや背中全然痛くないな」
先ほどから特に気にせず全身を洗っていたのだが、そういえば背中をこすったときに痛みらしい痛みはなかった。
試しに触ってみたところ、少なくとも傷らしい傷の感触はない。
「スキルのおかげかな?」
これも足の裏の傷が治ったように、背中の傷も治ってしまったのだろう。
何度か〈格納庫〉内のタオルと交換したり、『調整』機能で洗浄しながら全身を拭い、汗や泥、血の跡を洗い流すことができた。
最後に乾いたタオルで全身の水気を拭き取り、〈格納庫〉から『調整』『修繕』済みの下着類とジャージをとりだした。
「穴……マジで塞がってんな」
矢傷により穴が空いていた部分をみてみたが、ジャージもTシャツも綺麗に穴が塞がっていた。
〈格納庫〉内にブルーシートと寝袋が入っていることを確認した敏樹は、水場を少し離れた洞穴の中央あたりにシートを敷き、その上に寝袋を置いた。
再度足の裏をタオルで拭って綺麗にし、ブルーシートの上を歩いて寝袋の上に寝転がった。
「疲れた……」
そうつぶやいた敏樹であったが、実のところ肉体的な疲労はそれほどなく、精神的な部分も意外と平静であった。
それでも身体の芯のほうにある疲れのようなものをなんとなく感じでいた敏樹は、そのまま目を閉じ眠りにつくのだった。
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