観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

残酷な真実5

「今まで、ありがとうございました、アリスさん」

 それなのに、久遠は笑っていた。とびっきりの笑顔で。なにがそんなに嬉しいのか、彼女は笑うのだ、幸せそうに。

 そんな満面の笑みに手を伸ばす。もう少しで届く。

 けれど、久遠の体はまるでシャボン玉のように泡となって消えてしまった。伸ばした手が、空を掴む。

「久遠ー!」

 叫ぶ。けれどもう久遠はいなかった。私は立ち止まり、肩が下がる。

「なんで、なんでよ……」

 私は、またも友達を失った。大切だった。恨むなんて、そんなこと一度だって!

「アリス……」

 私は項垂れるが、背後からホワイトの声が掛けられた。

「大丈夫か……?」

 優しい言葉。本気で私のことを心配してくれてるのだと分かる。

 私は袖で両目を拭いた。

「うん、ありがと」

 私は振り返り、ホワイトに正面を向ける。

「だいじょうぶ、だいじょうぶよ……」

 声は弱々しい。でも、私は一回深呼吸をして気持ちを落ち着けた後、久遠の言葉を思い出した。そこには、悲しみの中にも温かい思いがあって、それはちゃんと届いてる。

 うん、大丈夫。久遠との別れは辛いけど、彼女が残してくれた言葉が私を勇気付けてくれる。私は表情を引き締めて、胸の内である決断をした。

「決めたわ、私」

 そこにさきほどまでの弱さはない。私は覚悟を決めた。

「私は過去から逃げない。都合が悪いからって、忘れたりしない。立ち向かうわ。それが、本当のけじめのつけ方よね」

 けっきょく、私は逃げていただけなんだ。当時も今までも。思い出したのなら、それに立ち向かう。

 私の宣言を、ホワイトはいつもの表情で聞いていた。私のことを真っ直ぐと。どう思っただろうか。そんな風に思っていると、ホワイトは固い表情を若干崩して、瞳を閉じた。

「……フッ、好きにしろ」

 まるで人を小馬鹿にしたような、嫌味と皮肉を好む笑顔を浮かべて。けれど少しだけ優しくて。ホワイトは笑ったまま私に言った。

「生きるということは痛みを知るということだ。お前がなお生きるというのなら、足掻くといい。せいぜい苦しめ、その覚悟があるのなら」

「あるわ」

 即答する。彼の問いに揺れることはない。私は六年前にしなくてはならなかったことを、決めたのだ。

「空が……」

 すると黒い世界の空が晴れだした。世界を覆っていた影も消えていく。晴れ渡った空と、光に満ちた世界が現れる。この世界は明るい。黒い世界とは違って。

 でも、ここにこそ私が立つ向かうべき悪夢があったんだ。

 私は青空に浮かぶ雲を見上げる。右手を握り込みながら、決意を固めるように。

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