観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

メモリー3

「忘れた記憶がどうして怪物になるの? それにどうして私を襲うの? いきなり私の前に現れて、もう、全然分からない!」

「奴らは忘れられた記憶だ。そのために、お前の頭の中に戻ろうとする帰巣本能がある。お前を襲うのは、お前を求めているからだ。元がトラウマであるメモリーはメタテレパシーなるものを発し、お前はあれを認識すると必要以上に恐怖を覚えてしまう。恐れるのが嫌ならばあれを見ない、聞かないことだ。普段は深層世界という場所で大人しくしているんだが、何故かここに現れたようだな。考えられる理由としては」

 彼の目が少しだけ細められる。銀の前髪から覗く青い瞳がじっと見つめる、私を問い詰めるように。でも、何故そんな目を向けられるのか分からない。

「お前、最近なにかを思い出そうとしなかったか? 忘れた記憶が表に出てくるなど、それしか考えられん。記憶を思い出そうとすれば、奴らは姿を現す」

 忘れた記憶を、思い出そうとしなかったか? ホワイトの言葉に私はハッと息を呑んだ。彼の言葉を全部信じたわけではないけれど、心当たりなら、あったから。

「あ、アルバムなら昨日、読んだけれど」

「ちっ、余計なことを」

 彼が忌々しく舌打ちをする。心底嫌そうな顔が表情に浮かんでいた。

「で、でも! ただアルバムを読んだくらいでなによ!? こんなことになるはずがないじゃない、普通!」

「お前は観測者だ。普通じゃない」

 観測者? また分からない言葉が出る。彼はなにを言っているの? 全部冗談? それとも、全部本気で言っているの?

 彼の真意を分かりかねている時、叫び声が聞こえてきた。私は背後を振り向く。そこには曲がり角からちょうど出てきた小型の怪物、メモリーが私たちを追っているところだった。

 あれほど粉々にした体は傷一つなく元に戻っている。

 見つかった。なんとかしないと、このままでは二人とも襲われて死んでしまう。なのに彼は平然とメモリーを見つめている。そのまま、顔を動かさず言ってきた。

「奴はお前の記憶が実体化した怪物だ。記憶である以上、物理的な攻撃は意味をなさない」

「そんな! それじゃ、倒せないってこと? なら急いで逃げないと!」

「必要ない」

「どうして?」

「俺が倒す」

「倒すって……」

 彼が静かにメモリーに向かって歩み寄っていく。私は唖然としたまま彼の背中姿を見つめた。それしか出来ない。他に出来ることはなにも。

 メモリーは彼の目の前で立ち止まり、巨体から覗く赤い目で見下ろしていた。叫び声を上げ、今にもホワイトに襲い掛かからんと、細い腕が鞭のように持ち上がる。

 それを悠然と見つめながら、ホワイトは躱す気配もなく不敵に立っていた。

「失われた記憶、メモリー。死が存在しない哀れな忌み子。故に、誰もお前を殺せないだろう」

 目の前の怪物、メモリー。あれの正体は私の記憶だという。真偽は分からない。しかし、もし記憶ならば倒しようがない。

 身体を砕いてもすぐに再生され、心がないので迷いも生まれない。どうやっても、あの怪物を止めるのは不可能だ。

「しかし、遊びは終わりだ」

 けれど、彼は諦めていなかった。いえ、いいえ違う。確信している。当たり前のように倒せると思っているのだ、彼、ホワイトは。

「世界に害なすものならば、俺はなんであろうが排除する」

 怪物、メモリーを前にホワイトは宣言する。私にこれほどの恐怖を与える怪物を前にして怯えも見せず。

 けれど、どうやって倒すの? 分からない。記憶の倒し方なんて。私はそう疑問に思っていると、ホワイトは冷淡な口を動かした。

「使うぞ、世界の意思を知るといい」

 そして続ける、彼は言葉を紡ぎ始めた。瞬間。

 世界が、軋んだ。

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