観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
メモリー2
「きゃああ!」
激しい空気のうねりに悲鳴が出る。頭を抱えたまま身を低くする。しばらくして音が止み、恐る恐る怪物を見てみると身体がボロボロに砕かれていた。けれど、すぐに修復が始まり砕かれた部位が霧となって本体に集合している。
利かないのだ、やはり。この怪物は倒せない。どんなに攻撃を加えても。
「おい、貴様」
「え?」
そこで彼に声を掛けられた。彼は振り向いていない。顔を正面に向けたまま、私に聞いてくる。
「走れるか?」
「え、その」
「遅い」
私が口籠っていると彼は急に振り返った。彼の鋭い眼差しが私に注がれる。そして、彼は銃器をまたも消すと私に手を伸ばし、私を抱きかかえたのだ。彼の両腕が私の背中と太ももを支えている。
王子様がお姫様を抱えるように。見た目よりも太く、がっちりとした彼の体。私は落ちないように咄嗟に彼の首にしがみ付くが、いきなりのことに驚いてしまう。
「ちょっと」
「黙ってろ」
そんな私を彼は一言で制し、抱えたまま地面を蹴った。とても強い跳躍力で私を壁の上に運ぶと怪物を飛び越え道に降り、そのまま彼は走り出す。速い。私を運んでいるとは思えない。
「あ、あなたは誰? どうして私を助けてくれるの? それに、あれはなに? ここはどこなの!?」
彼のことを聞いてみた。それだけのつもりだったが、質問すればあれもこれもと溢れてきて、いくつも質問していた。
私はこの世界のことが何も分からない。けれど、この人は知っているはず。黒い世界も。黒い怪物のことも。
けれど彼は足を止めず、振り向いてもくれなかった。
「ホワイト」
「え?」
だから、彼が何を言ったのか、分からなかった。けれどその直後、彼の瞳が私を見下ろした。すらりと長い目が、私を真っ直ぐと見つめている。
「お前を守る者だ」
「私を、守る……」
私はこの状況を瞬時忘れて、彼の横顔に見惚れてしまった。躊躇いもなく断言する彼の一言は、それだけに心強く、かっこいいと思えてしまったから。
彼は立ち止まった。怪物は見えない。壁面によって続く大きな一本道のアスファルトに下ろされる。
「あ、ありがとう……」
優しく下ろしてくれたことに自然とお礼が出る。彼は無言。けれどそんなことはどうでも良くて、私は再び質問した。
「ねえ教えて! あの怪物はなに? ここはどこなの? あなたは知っているんでしょう?」
話していて自分の口が震えていることに気が付いた。上手く喋れない。それでも私は懸命に舌を動かし、目の前の彼、白の外套を着込んだ彼、ホワイトと名乗る彼に聞いた。
彼が私を見る。この異常な世界でなお彼の青い瞳は落ち着いており、その冷静さが頼もしいと同時に怖くも感じてしまう。
「あれはメモリーだ」
「メモリー?」
彼の言葉を聞き返す。メモリー、黒い怪物の名前。やはりこの男は知っている。聞き逃さないように、意識が彼の言葉に向かう。彼は相変わらず平然としたまま、話を続けていく。
「メモリーとはお前が忘れた記憶、それが実体化した怪物だ」
「え」
え? どういうこと? 彼の言葉に変な声が出た。異界の中にいながら私の目が点になる。
「ここでいう忘れた記憶とは、単に忘れた記憶ではなく、防衛的に忘れた記憶喪失のことだ。すなわち、覚えていると人格や精神に悪影響を及ぼすほどの心的外傷、トラウマの記憶。自分を守るために、お前は記憶を忘れ、忘れられた記憶はメモリーという怪物となって生まれた」
トラウマの記憶。それがあの怪物の正体? 言っていることはおとぎ話も同然の、荒唐無稽なもの。でも、この黒い世界にいるからか、頭ごなしに否定しようとは思えなかった。
激しい空気のうねりに悲鳴が出る。頭を抱えたまま身を低くする。しばらくして音が止み、恐る恐る怪物を見てみると身体がボロボロに砕かれていた。けれど、すぐに修復が始まり砕かれた部位が霧となって本体に集合している。
利かないのだ、やはり。この怪物は倒せない。どんなに攻撃を加えても。
「おい、貴様」
「え?」
そこで彼に声を掛けられた。彼は振り向いていない。顔を正面に向けたまま、私に聞いてくる。
「走れるか?」
「え、その」
「遅い」
私が口籠っていると彼は急に振り返った。彼の鋭い眼差しが私に注がれる。そして、彼は銃器をまたも消すと私に手を伸ばし、私を抱きかかえたのだ。彼の両腕が私の背中と太ももを支えている。
王子様がお姫様を抱えるように。見た目よりも太く、がっちりとした彼の体。私は落ちないように咄嗟に彼の首にしがみ付くが、いきなりのことに驚いてしまう。
「ちょっと」
「黙ってろ」
そんな私を彼は一言で制し、抱えたまま地面を蹴った。とても強い跳躍力で私を壁の上に運ぶと怪物を飛び越え道に降り、そのまま彼は走り出す。速い。私を運んでいるとは思えない。
「あ、あなたは誰? どうして私を助けてくれるの? それに、あれはなに? ここはどこなの!?」
彼のことを聞いてみた。それだけのつもりだったが、質問すればあれもこれもと溢れてきて、いくつも質問していた。
私はこの世界のことが何も分からない。けれど、この人は知っているはず。黒い世界も。黒い怪物のことも。
けれど彼は足を止めず、振り向いてもくれなかった。
「ホワイト」
「え?」
だから、彼が何を言ったのか、分からなかった。けれどその直後、彼の瞳が私を見下ろした。すらりと長い目が、私を真っ直ぐと見つめている。
「お前を守る者だ」
「私を、守る……」
私はこの状況を瞬時忘れて、彼の横顔に見惚れてしまった。躊躇いもなく断言する彼の一言は、それだけに心強く、かっこいいと思えてしまったから。
彼は立ち止まった。怪物は見えない。壁面によって続く大きな一本道のアスファルトに下ろされる。
「あ、ありがとう……」
優しく下ろしてくれたことに自然とお礼が出る。彼は無言。けれどそんなことはどうでも良くて、私は再び質問した。
「ねえ教えて! あの怪物はなに? ここはどこなの? あなたは知っているんでしょう?」
話していて自分の口が震えていることに気が付いた。上手く喋れない。それでも私は懸命に舌を動かし、目の前の彼、白の外套を着込んだ彼、ホワイトと名乗る彼に聞いた。
彼が私を見る。この異常な世界でなお彼の青い瞳は落ち着いており、その冷静さが頼もしいと同時に怖くも感じてしまう。
「あれはメモリーだ」
「メモリー?」
彼の言葉を聞き返す。メモリー、黒い怪物の名前。やはりこの男は知っている。聞き逃さないように、意識が彼の言葉に向かう。彼は相変わらず平然としたまま、話を続けていく。
「メモリーとはお前が忘れた記憶、それが実体化した怪物だ」
「え」
え? どういうこと? 彼の言葉に変な声が出た。異界の中にいながら私の目が点になる。
「ここでいう忘れた記憶とは、単に忘れた記憶ではなく、防衛的に忘れた記憶喪失のことだ。すなわち、覚えていると人格や精神に悪影響を及ぼすほどの心的外傷、トラウマの記憶。自分を守るために、お前は記憶を忘れ、忘れられた記憶はメモリーという怪物となって生まれた」
トラウマの記憶。それがあの怪物の正体? 言っていることはおとぎ話も同然の、荒唐無稽なもの。でも、この黒い世界にいるからか、頭ごなしに否定しようとは思えなかった。
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