観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
黒い世界1
目的地に到着し私は電車を降りる。そのまま通学路である大通りに面した歩道を歩いた。今日も車が行き交い、私と同じ学生やスーツ姿の人が歩いている。私も学校に向かって歩く。いつもと同じ朝だ。いつもと同じ。
私はいつもと同じ道を進む。その、時だった。
『助け、て……。タスケ、テ……』
「え?」
私は立ち止まり辺りを見回してみる。
「まさか、ね」
今、たしかに声が、少女の声が聞こえたような。けれど周囲に少女の姿は見えない。なら幻聴? きっとそうよね、まだ夢の名残が耳に留まっているらしい。
『助け、て……、タスケ、テ……』
「!?」
瞬間、私の身体は硬直した。また聞こえた、前よりもはっきりと。
『早く、逃げて……、はや、く……』
「え?」
『彼ら、が、くる……、にげて……』
怯えた声、それは凍えるほどの恐怖にさらされて、耐える小さな声だった。
いきなりのことになにがなんだか分からない。逃げて? どういうこと? 彼らってなに? わけも分からず辺りを見回した。
けれど異変はこれからだった。私の足元から突然影が広がると、みるみると周囲を呑み込んでいったのだ。影はさらに広がる。
世界を黒く塗り潰していく。拡大する影に触れた人々は音もなく消えてしまい、走る車も消えてなくなってしまった。
「え、なに!?」
一瞬のことだった。理解するよりも早くに大地も空までもが影に呑み込まれ、ここは太陽が輝く世界から、夜になっていた。いや、違う。空には星も月もない。墨汁を塗ったような真っ暗な空だ。
さらに、それは聞こえてきた。街のどこからか。けれど街中で、スピーカーから伝わるように。砂嵐に紛れ込んで街中に広がるそれは、――少女の声だった。
『助け、て。ザッ、ザー……、タス――ザッ――ケ、テ……』
助けを呼ぶ少女の声が聞こえてくる。悲し気で、辛そうな声。ついさきほど聞いた声と同じ。
誰もいない黒い街。聞こえてくる少女の声。ここはそう、まるで、
「黒い、世界……?」
夢と同じ、黒い世界だった。
「どうして! どういうことよ!?」
私は混乱する。ここは現実なのに。目の前の光景が信じられない。どういうこと? 分からない。分かるはずがない。これは幻覚? それとも、私はまだ夢を見ているの?
鞄から手を放し頭を抱える。こんなのはおかしい。パニックだった。冷静なんかじゃいられない。どういうこと? どういうこと? 疑問が脳を圧迫する。
「グオオオオオオオ!」
「ひっ」
背後から、声がした。近い。すごく近い場所から。まるで猛獣のような叫び声が、私の背後すぐ近くから聞こえてくる。
私はゆっくりと、凍える背筋を伸ばしながら、振り向いた。
「はっ――」
息を呑んだ。呼吸が瞬時止まる。身動き取れない。衝撃だった。
そこにいたのは猛獣じゃない。それは、怪物だった。
黒い怪物。信号機を超える大きな体を見上げる。不思議な形をしていた。例えるなら、サソリとヘビが合体したような。
サソリの尻尾がヘビになっていて、胴体であるサソリの部分が持ち上がっている。そう、キングコブラのように顔を持ち上げ、胴体についたいくつもの脚が蠢いている。そして顔には一つの赤い目が、私を見下ろしていた。
「なに、これ……?」
私の唇が、私の意思を離れて震えている。
私はいつもと同じ道を進む。その、時だった。
『助け、て……。タスケ、テ……』
「え?」
私は立ち止まり辺りを見回してみる。
「まさか、ね」
今、たしかに声が、少女の声が聞こえたような。けれど周囲に少女の姿は見えない。なら幻聴? きっとそうよね、まだ夢の名残が耳に留まっているらしい。
『助け、て……、タスケ、テ……』
「!?」
瞬間、私の身体は硬直した。また聞こえた、前よりもはっきりと。
『早く、逃げて……、はや、く……』
「え?」
『彼ら、が、くる……、にげて……』
怯えた声、それは凍えるほどの恐怖にさらされて、耐える小さな声だった。
いきなりのことになにがなんだか分からない。逃げて? どういうこと? 彼らってなに? わけも分からず辺りを見回した。
けれど異変はこれからだった。私の足元から突然影が広がると、みるみると周囲を呑み込んでいったのだ。影はさらに広がる。
世界を黒く塗り潰していく。拡大する影に触れた人々は音もなく消えてしまい、走る車も消えてなくなってしまった。
「え、なに!?」
一瞬のことだった。理解するよりも早くに大地も空までもが影に呑み込まれ、ここは太陽が輝く世界から、夜になっていた。いや、違う。空には星も月もない。墨汁を塗ったような真っ暗な空だ。
さらに、それは聞こえてきた。街のどこからか。けれど街中で、スピーカーから伝わるように。砂嵐に紛れ込んで街中に広がるそれは、――少女の声だった。
『助け、て。ザッ、ザー……、タス――ザッ――ケ、テ……』
助けを呼ぶ少女の声が聞こえてくる。悲し気で、辛そうな声。ついさきほど聞いた声と同じ。
誰もいない黒い街。聞こえてくる少女の声。ここはそう、まるで、
「黒い、世界……?」
夢と同じ、黒い世界だった。
「どうして! どういうことよ!?」
私は混乱する。ここは現実なのに。目の前の光景が信じられない。どういうこと? 分からない。分かるはずがない。これは幻覚? それとも、私はまだ夢を見ているの?
鞄から手を放し頭を抱える。こんなのはおかしい。パニックだった。冷静なんかじゃいられない。どういうこと? どういうこと? 疑問が脳を圧迫する。
「グオオオオオオオ!」
「ひっ」
背後から、声がした。近い。すごく近い場所から。まるで猛獣のような叫び声が、私の背後すぐ近くから聞こえてくる。
私はゆっくりと、凍える背筋を伸ばしながら、振り向いた。
「はっ――」
息を呑んだ。呼吸が瞬時止まる。身動き取れない。衝撃だった。
そこにいたのは猛獣じゃない。それは、怪物だった。
黒い怪物。信号機を超える大きな体を見上げる。不思議な形をしていた。例えるなら、サソリとヘビが合体したような。
サソリの尻尾がヘビになっていて、胴体であるサソリの部分が持ち上がっている。そう、キングコブラのように顔を持ち上げ、胴体についたいくつもの脚が蠢いている。そして顔には一つの赤い目が、私を見下ろしていた。
「なに、これ……?」
私の唇が、私の意思を離れて震えている。
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