観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
出会い2
「んだと?」
男たちが怖い顔をして彼を睨む。けれど彼は眉ひとつ動かすことなく、両手をコートのポケットに入れたまま睨み返している。
そこへ、男の一人が近づき彼の胸倉を掴み上げた。
「てめえ、そこにいる女は俺が初めに声かけたんだ。横取りしようとしてんじゃねえぞ」
「フッ、なるほど。低俗な輩だと言語も解さんか。脳までカビたな、貴様」
「んだとぉ!?」
彼の言葉に男がキレる。拳を振り上げ、彼の顔面を狙っている。危ない。私は叫ぼうとして、でも咄嗟に口が動いてくれない。
当たる。痛々しい出来事を予期して目を逸らしそうになる。けれど、私が予想したことは起こらなかった。
彼はポケットに両手をしまったまま上体を回し、男を投げ倒したのだ。合気道、なのだろうか。
足をいつの間にか前に出し、男の体がひっかかるようにして、相手に掴まれている力を利用して地面に倒した。加えて、掴まれている腕を振り払うと横になる男の腹を踏みつける。ぐえ、とカエルのような声が男から零れた。
「てめえ、やりやがったな!」「調子こいてんじゃねえぞ!」
仲間がやられたことにより他の二人も襲い掛かる。どちらも本気で彼に殴りにいく。
彼は迫る拳を払うと空いた腹に膝蹴りをし、もう一人の攻撃は掴むと腕を捻り地面に押し倒した。地面に倒れる三人から苦しい呻き声が出ている。
すごい。彼はその場から動いていないのに、あっという間に終わっていた。
「くそ、もういい! 行くぞ!」
そう言って三人が去っていく。彼は立ちつくしそれ以上のことはしない。そんな彼を、私は真っ直ぐに見つめる。
外套をまとった、白衣の青年。銀髪を風に躍らせて、私をじっと見ている。
凍えるほど鋭く、溶けそうなほど熱い視線。彼は私を、ずっと見つめている。
「あ、あの!」
一拍の間を置いて、ようやく私の口は開いてくれた。助けてくれた彼に、お礼を言おうと唇を動かす。
けれど、彼は踵を返し歩き出してしまった。
「待って、まだお礼が!」
私の呼びかけにも応じず、彼は歩みを止めてくれない。そのまま角を曲がり姿も消えてしまう。
当然私は追いかける。交差点の角から、彼の向かった先を見る。そこに彼の姿を探す。
しかし、異変が襲った。
「あれ、えっと」
私は片手を頭に当てる。そんな、ちょっと待って。嘘でしょ?
私は戸惑う。どういうことか分からない。
だって、彼の姿が、思い出せないのだ。
「どうして?」
大通りを車が走り、歩道には数人、私と同じ学生からスーツ姿の人たちが行き来している。その中に彼の姿が見当たらないのではなく、思い出せない。
しかしそんなのはおかしい。今まさに、出会ったばかりの人を忘れてしまうなんて。きっと気がまだ動転していて、混乱しているんだと思う。ちゃんと考えれば、分からないはずがない。
「えっと、確か服の色は、そう、白……だったかな。それとも赤? だったような。 えっと、黒?」
記憶を掬い出そうとするも指先から零れていく。水面をいたずらにかき混ぜるだけで、水底から記憶を持ってこられない。
「どんな人だっけ? 外国人だったような、いや、日本人? というか、日本だからきっと日本人よね。それでええっと、男……、ううん、女性、だったかも……?」
ダメだ。考えれば考えるほど混乱していく。
私は今一度辺りを見渡してみた。いろいろな人に目を向けるが、その人が助けてくれた人だとピンとこない。
「…………」
どうしようもないと、目線を下げた。助けてくれたお礼を言えなかった心残りはあるけれど、私は部屋に向かって歩き出す。最後に一度だけ振り返り、助けてくれた人の姿を探してみるけれど。
「…………」
私の表情を暗くするだけだった。
男たちが怖い顔をして彼を睨む。けれど彼は眉ひとつ動かすことなく、両手をコートのポケットに入れたまま睨み返している。
そこへ、男の一人が近づき彼の胸倉を掴み上げた。
「てめえ、そこにいる女は俺が初めに声かけたんだ。横取りしようとしてんじゃねえぞ」
「フッ、なるほど。低俗な輩だと言語も解さんか。脳までカビたな、貴様」
「んだとぉ!?」
彼の言葉に男がキレる。拳を振り上げ、彼の顔面を狙っている。危ない。私は叫ぼうとして、でも咄嗟に口が動いてくれない。
当たる。痛々しい出来事を予期して目を逸らしそうになる。けれど、私が予想したことは起こらなかった。
彼はポケットに両手をしまったまま上体を回し、男を投げ倒したのだ。合気道、なのだろうか。
足をいつの間にか前に出し、男の体がひっかかるようにして、相手に掴まれている力を利用して地面に倒した。加えて、掴まれている腕を振り払うと横になる男の腹を踏みつける。ぐえ、とカエルのような声が男から零れた。
「てめえ、やりやがったな!」「調子こいてんじゃねえぞ!」
仲間がやられたことにより他の二人も襲い掛かる。どちらも本気で彼に殴りにいく。
彼は迫る拳を払うと空いた腹に膝蹴りをし、もう一人の攻撃は掴むと腕を捻り地面に押し倒した。地面に倒れる三人から苦しい呻き声が出ている。
すごい。彼はその場から動いていないのに、あっという間に終わっていた。
「くそ、もういい! 行くぞ!」
そう言って三人が去っていく。彼は立ちつくしそれ以上のことはしない。そんな彼を、私は真っ直ぐに見つめる。
外套をまとった、白衣の青年。銀髪を風に躍らせて、私をじっと見ている。
凍えるほど鋭く、溶けそうなほど熱い視線。彼は私を、ずっと見つめている。
「あ、あの!」
一拍の間を置いて、ようやく私の口は開いてくれた。助けてくれた彼に、お礼を言おうと唇を動かす。
けれど、彼は踵を返し歩き出してしまった。
「待って、まだお礼が!」
私の呼びかけにも応じず、彼は歩みを止めてくれない。そのまま角を曲がり姿も消えてしまう。
当然私は追いかける。交差点の角から、彼の向かった先を見る。そこに彼の姿を探す。
しかし、異変が襲った。
「あれ、えっと」
私は片手を頭に当てる。そんな、ちょっと待って。嘘でしょ?
私は戸惑う。どういうことか分からない。
だって、彼の姿が、思い出せないのだ。
「どうして?」
大通りを車が走り、歩道には数人、私と同じ学生からスーツ姿の人たちが行き来している。その中に彼の姿が見当たらないのではなく、思い出せない。
しかしそんなのはおかしい。今まさに、出会ったばかりの人を忘れてしまうなんて。きっと気がまだ動転していて、混乱しているんだと思う。ちゃんと考えれば、分からないはずがない。
「えっと、確か服の色は、そう、白……だったかな。それとも赤? だったような。 えっと、黒?」
記憶を掬い出そうとするも指先から零れていく。水面をいたずらにかき混ぜるだけで、水底から記憶を持ってこられない。
「どんな人だっけ? 外国人だったような、いや、日本人? というか、日本だからきっと日本人よね。それでええっと、男……、ううん、女性、だったかも……?」
ダメだ。考えれば考えるほど混乱していく。
私は今一度辺りを見渡してみた。いろいろな人に目を向けるが、その人が助けてくれた人だとピンとこない。
「…………」
どうしようもないと、目線を下げた。助けてくれたお礼を言えなかった心残りはあるけれど、私は部屋に向かって歩き出す。最後に一度だけ振り返り、助けてくれた人の姿を探してみるけれど。
「…………」
私の表情を暗くするだけだった。
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