錬成七剣神(セブンスソード)

奏せいや

決戦11

(なんだ、今の声は? 誰の声だ!?)

 声の主は不明。しかし何故だろうか。魔来名はこの声を、どこか懐かしく感じていた。
 そして、目の前の光景とは別に、脳裏に浮かぶ映像があった。

 古臭い、日本家屋の座敷だった。時間は夜で、夜空に浮かぶ満月の光だけが縁側から差し込み中を照らしている。

『なあ、正一まさかず

 部屋には一人の男性が座っている。中年で見るからに頑固そうな、亭主関白を絵に描いたような男だった。 

 男性の正面には一人の少年がいた。坊主頭で、胡坐をかく男性を前に正座で構えている。

『父さんは、明日の正午、列車でここを発つ。それからはお前たちの面倒を見てやれん』

 厳格で、重苦しい声が夜の座敷に溶ける。だが、少年は真っ直ぐな双眸を些かも逸らさず、目の前の父親を見つめ続ける。

『私がいなくなった後は、お前が母さんたちを守るんだ。お前は、我が家の長兄だからな』

『はい』

 父親から託される重大な役割に、しかし少年は臆することなく答えた。

『そうか……』

 息子からの返事は立派なものだった。だが、父親はそんな息子を見て僅かに悲しそうな顔を浮かべた。

 上出来に過ぎる自分の息子。ここで少しの駄々でも捏ねる方が、むしろ親子としてのやり取りを出来ただろうに。

 今も自分を父として、見上げる眼は真っ直ぐだ。きっとこのやり取りを胸に刻んでおこうとそう思っているに違いない。誰よりも家族を思っている、兄だからこそ。

『男の約束だ。後は任せたぞ、正一まさかず

『はい』

 そう言って、男は悲しそうな表情を止め、僅かに笑った。安心した顔色を浮かべ、自慢の息子に家族を託した。

 映像はここで途切れる。

(なんだ、今のは……)

 突然浮かぶ光景に魔来名は混乱するも、目的までは失念していない。目の前の敵を斬る。そのために腕に力を入れるが、何故――

(何故動かん!?)

 天黒魔あくまの切っ先が、先ほどから動いていない。それどこらか周りの物全てが、時が止まったかのように停止していた。 

 この最終決戦、生死を賭け、敗北の危機に直面した魔来名まきなはかつてないほどの緊張と集中力を発揮している。

 それが起爆剤となり、魔来名まきなを昇華させていた。涅槃寂静とまではいかずとも、今の魔来名まきなは零秒思考を可能としていた。

 止まった時の中で思考し続ける。故に、あらゆるものが動かない。

 そして、さらに新たな声と映像が魔来名に流れ込む。

『ごめんなさい、正一まさかず……』

 痩せ細った、女性の声だった。ふすまに閉ざされた部屋には布団が敷かれており、一人の女性が横になっていた。傍らには背が少しだけ伸びた、先ほどの少年が正座で座している。

 女性の顔色は悪い。息も弱々しくまるで萎れた花弁のようだった。そんな彼女が、隣にいる少年に声を掛ける。

『あなたが、薬のために無理をしていたことを、私は知っていますよ……』

 しわがれた声が、空虚な部屋に霧消する。煙のように漂って、雰囲気は虚しく寂しいものだった。

 少年は、返事をしなかった。

 何故ならば、泣いていたからだ。

 嗚咽を堪え、必死に堪え、目の前で今にも死にそうな、女性の声に耳を傾けている。

『あなたには、何もしてあげられなかった……。世話になってばっかりで……』

 涙が、少年の頬を流れる。膝の上に置かれた両拳は力強く握られており、涙を拭くことはなかった。

『こんな、情けない母親で、迷惑を掛けましたね……』

 少年は、全身が震えていた。今にも崩れそうな体を必死に正した。

『だけれど、最後に、お願いがあるのです……』

 押し潰されそうな悲しみが去来する。少年は前屈みになりそうな体に力を入れて支え、苦しそうにせき込みながら話しかける母親の、言葉を胸に刻み込む。

『あの子を、どうか守ってあげて……』

 死に際の、母が託す願い。少年は聞き届け、数瞬の時間を要した後、言葉を返した。

『はい』

『ありがとう……』

 母親は、安心した表情を浮かべた。全幅の信頼と安心感に包まれて、病気に瀕した母親は、死期を迎える直前に、小さく笑ったのだ。

 そして、映像はここで途切れる。

 そして、別の映像に切り替わった。

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