ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

15話 「最悪な状況」


 ――ティタノボア駐屯地南側、捕虜収容所エリア。
 
 「ひっ!? うぷっ……おええええっ!」

 外に出た瞬間、イーヴァは衝撃的な物を目にして嘔吐した。

 「ゲゴゲコ……」

 「グー、グー!」

 外にいたもう一人の兵士が遺体となって二匹の大蛙に食べられていた。

 「お嬢、ここはもう駄目です先へ進みましょう、今ならまだ奴らに気づかれてません」

 「ゲホゲホ、ええっ……そうね、早く行きましょう……おええっ!」

 ロー大尉はイーヴァの腕に肩を回し、歩くのをサポートする。そうして、兵士の遺体を囮にしてその場を立ち去った。

 「なんだこれ、外が化物だらけだぞ?」

 「そうなんだよ、ちょうどここへ助けに向かう時に化物達が湧いて来やがったんだ」

 「そうなのか、お前よく無事だったな」

 須賀と久我は会話をしながらイーヴァ達に着いて行った。

 「どうやって脱出したんだ?」

 「それは、俺達の後に着いている二等兵が助けてくれたからだよ――」

 須賀は久我からここ迄来る時の経緯を聞いた。

 ――なるほど、この見るからにひ弱そうな二等兵がねぇ。

 須賀は後にいるメッセ二等兵をチラリと見た。須賀から見てメッセ二等兵は華奢でまだ少年のようなあどけなさが残る印象だった。

 ――こいつも災難だな、まだ新兵で慣れていないのにいきなり実戦とはな……って、言っても俺も実戦ははじめてか……。

 須賀はそれ以上は何も思わなかった。

 「――ハッ、凌駕、止まれ!」
 
 移動していると、突然アオコが叫んだので、全員止まった。

 「おいどうした?」

 「この先に化物がいるのが見える」

 アオコが言う先は、真っ暗で須賀には何も見えない。しかし、かすかに蛙の鳴き声がする。

 「――すげぇなお前」

 須賀はアオコを褒めると、早速イーヴァ達に別のルートを行くように進言した。その後、そうした事が何度も続き、須賀達は隠密に駐屯地北側にある、作戦指揮所まで辿り着く事ができた。

 ――作戦指揮所。

 ここではイーヴァとロー大尉、その他部隊を指揮する幹部達が勢揃いしていた。そして須賀達は外で待機していた。

 「……さて、現在の我が『大隊』の置かれている状況を教えて」

 ――『大隊』、イーヴァ達がいるティタノボア駐屯地には三コ中隊と本部、その他支援部隊が入っており、規模は大隊規模である、そして正式名称は『フロンティア陸軍第十三大隊』である。

 「――我が一中隊は、現在駐屯地から東へ約十キロ程離れた地域を警戒任務に着いています、連絡は取れていますので引き返す事は可能ですが時間が掛かります」

 「お恥ずかしながら我が二中隊は大半が非番でしたので駐屯地居住地域で休んでいました所、奇襲にあってしまい、現在無防備の状態で居住地域に包囲されて動けない状態です」

 「我が三中隊は駐屯地警備任務に着いていましたので、現在、敵と交戦中です……敵の規模はおよそ四十匹、そして最初の奇襲で被害が出たとの、アスラ達に有効な重火器等を装備してませんので若干押され気味です」

 それぞれの中隊の現状を聞いてイーヴァは考えた。特に三中隊長は冷汗をかいていた。そしてさらに話を続けた。

 「――主な交戦地域は駐屯地の中央です、現在バリケード築き、敵の侵入を防いでいますが、突貫工事故に長くは持ちません、後は各地でバラバラに戦闘が行われている状況です」

 どうやら三中隊は危機的状況にあるようだ。
 
 「我が本部中隊の偵察部隊も一中隊に同行して周囲を警戒及び偵察しておりますが、今の所、新たな敵の兆候はないようです」

 最後に本部中隊の中隊長である。ロー大尉がイーヴァに報告して終わった。その後、各中隊はどうするかざわざわし始めた。その間にロー大尉はイーヴァに小声で話しかけた。

 「(お嬢、どうします? 例の爆発音と捕虜三名の事はまだ各中隊長に話してませんが……)」

 「(今は黙って置きましょう、下手に話して余計に現場を混乱させたくないわ、それに今回の襲撃とは関係ないと思うわ)」

 「(……わかりました)」

 ロー大尉はイーヴァの意見を承諾したが、心の中で少し気にかかった。何故なら偵察に向かったアスラ森林で謎の爆発音が起こり、その後須賀達を発見して捕獲した。

 さらに、須賀の話を聞くとここへ来る前に、巨体な蛇に会ったという。ロー大尉はその蛇に一つだけ心のあたりがあった。

 それはこのティタノボア駐屯地の名前の由来になった化物。アスラ森林に住む大蛇『ティタノボア』だ。

 ティタノボアとは、ラフ・アスラ荒ぶる神と呼ばれる種類の化物で、本来この駐屯地はカタラ国の侵入とティタノボアの侵入。この二つを防ぐ為に作られた。

 ――まさか、あの捕虜達がアスラ森林のティタノボアに何かしたからこのような事態になったのか!? ……いや、まさかな、だいだいそうだとしても、あの化物に手を出した時点で生きていない。

 ロー大尉はかつて幹部学校で『特別危険指定害獣アスラ』の課目を受けた際に『ティタノボア』に着いて習った。曰くアスラ森林に昔から住む害獣だと。そしてこの存在は国民と一般兵士に不安をもたらす為に機密事項で絶対に漏らさなきように言われていた。

 ――いや、バカバカしい、俺も何年かこの駐屯地に居て、実際にアスラ森林に行ったが、ティタノボアに出会った事も無いしな……。

 ロー大尉はこの事を忘れる事にしたが、実際は正解だった。

 誰も知る由もないが、実は、今回の襲撃はティタノボア――アスラ森林の食物連鎖の頂点がいなくなった事が原因だった。

 食物連鎖の頂点がいなくなった事で、アスラ森林の生態が変動し、その際、混乱が生じて、今回の襲撃犯である『グァバ』を行動に移らせたのだ。

 「状況は分かったわ、残った手空きの部隊で直ぐに武器庫から支援火器を搬出して三中隊に届けるわよ、その前に、支援隊長、武器庫の方は無事なの?」

 「それが……先程から内線で連絡を試みているのですが、武器庫の部隊と連絡がつかないです」

 「――なんですって?」

 ――武器庫。

 ――プルルルルル。

 『グァ? ……グァアア』

 武器庫がある建物の入り口の 前に死体の山を築き、その頂に座していたグァバは奇妙な音を聞いた。

 人間の生き残りでもいるのか?

 グァアバはそう思い、急いで建物の中へと戻った。

 『グァアアアッ!』

 グァアバは建物の中を暴れまわり、そしてようやく奇妙な音を出すものを見つけた。

 何だこれは? 人間がこの中にいるのか?

 グァアバは音が鳴り響く受話器を見つけると、それをおそるおそる手に取った。

 『もし? そちらは武器整備班? そちらの状況は――』

 『――グァアアアッ!』

 居た! 出て来い人間!

 グァアバは受話器の中に人間が居ると思い込み、受話器に向かって威嚇し吠えた。すると人間の声は受話器から聞こえなくなった。

 ふん、所詮は下等生物、俺に恐れを成して逃げたか……。

 グァアバは受話器を放り投げると再び死体の玉座へと戻った。

 ――作戦指揮所。

 「……最悪ね、武器庫はアスラに占拠されてるわ」

 受話器を持ったイーヴァがそう呟くと、まわりがざわつき出した。

 「あ、あの! 自分、武器庫の方へ向けて、黒い化物が走って行くのを見ました……そいつが、ジョン軍曹を蹴りの一撃で殺害しました」

 この場に捕虜収容所付近の状況を説明させる為に連れてきたメッセ二等兵が武器庫の化物について言った。

 「……要するに、現在武器庫を占拠している化物は生半可な戦力じゃ相手にできないって事ね」
 
 「コマンダー、どうします? このままでは火力不足で三中隊は壊滅する恐れがあります、それに一中隊を戻しても間に合うか分かりません」

 「……そうね奴らを倒すにも、まずは強力な武器がどうしても必要、だからどうしても武器庫の敵を排除しないと行けないわ」

 「という事は、三中隊から人員を割いて武器庫の敵の排除に向かわせると言うことですか?」

 「いいえ、それはしないわ、今それをすれば余計に壊滅する可能性がある」

 「……なら誰を?」

 「あの捕虜達を使いましょう――」

 イーヴァはそう言って立ち上がると、各中隊長に残りの指示を出し出て行った。そしてその後ろをロー大尉が慌てて追いかけた。

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