ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~
13話 「化物」
『――ジョンぐんそおおおっ!!』
メッセ二等兵は叫ぶが、ジョン軍曹はピクリとも動かず地面に倒れていた。
その間、ジョン軍曹を蹴り飛ばした蛙の化物は、次々とフェンスを乗り越えて来る手下の大蛙達に指示を出していた。
『グァ……グァアア! グァ!』
そうして何かを喋り、後から来た二匹の手下に命令を下すと、自らはこの場を去り、強力な脚力を持って先に行った別の手下達に追いついた。
「ええっ!? もしかしてアオコちゃんが言ってた俺達に殺気を向けてる奴ってあいつの事!? 超ヤバイ化物じゃん、兵士のおっさんを蹴り飛ばしたぞ!」
「……その通りだ小太郎、しかも仲間達にこの人間の住処を襲えって指示した後、最後に来た手下の二匹に私達を始末するように命令してた」
それを聞いた久我は慌てて動き始めた。そして自分が武器を持っていな事に気づき、何か武器になる物が無いか探した。
――ヤバイヤバイ! 武器は無いか……あった!
ジョン軍曹の側にライフルが落ちて居るのが目に映り、それを取りに行こうとして背中を大蛙に向けてしまった。すると大蛙は久我の背中に向かって口から長い舌を吐き出して巻き付けた。
「うわあああっ! マジか!」
久我はそのまま後に引っ張られて大蛙の元へ連れて行かれた。しかし、急に自分が前からも引っ張られている事に気がついた。
「ぷるぷる!」
「――ゼリーちゃん!」
ペットのゼリーちゃんが触手を延ばし、それを久我のお腹に巻き付けて前から引っ張っていた。
「ゼリーちゃん、助かった……でも……苦しいー!」
久我は前後から身体を引っ張られて身体を締め付けられた事により身動きが取れなくなった。
一方その頃、アオコはもう一匹の大蛙の舌による攻撃を受けていたが、それを難なく避けて居た。それなのに反撃できないのは、自身が鎖で柱に繋がれている為、行動できる範囲が狭まっているからだ。
『……すごい、女の子なのにあんな化物と互角どころか余裕で戦っている、それに比べて僕は……』
メッセ二等兵はジョン軍曹が襲われてからずっとその場にヘタリこんで動いていなかった。その時、アオコが不利な状況の中、大蛙に怯む事なく立ち向かっているのを見て自分を恥じた。
『……クソ、僕はここでは兵士なんだ! だから戦わなくちゃならないんだ!』
メッセ二等兵は勇気を出して起き上がると、ジョン軍曹の元へ駆け出した。
――やった! 身体が動いた。
メッセ二等兵は震える身体に力が入る事に安堵した。そうして倒れているジョン軍曹の元へ向った。そうしてジョン軍曹を起こそうとした時、彼が既に事切れている事に気がついた。
メッセ二等兵は一瞬悲しんだがすぐに側に落ちていたジョン軍曹のライフルを掴むと大蛙に狙いを定めた。
――ダメだ! 敵が動いて狙えない。
大蛙達はどちらも暴れて居るのでメッセ二等兵の腕では射撃して命中させる事は難しかった。そこでメッセは狙いを変えて、アオコが繋がれている鎖に狙いを定めて射撃した。
メッセ二等兵が撃った弾はアオコを繋いでいる鎖を壊した。何故メッセ二等兵はそのような行為をしたのか。それは直感だった。そうする事が今はベストだと感じたからだ。
「なっ!? 急に自由になった」
『行け! 今すぐそいつをやってくれ!』
「何言ってるかわからないけど、ありがとう!」
アオコはメッセ二等兵に向かって礼を言うと、真っ先に自分を襲う大蛙に向かって突進した。そして突進したあと素早く大蛙に尻尾を巻き付けて絞め殺してしまった。
――っ、なんて早い動きだ。
メッセ二等兵は驚きながらも、その時のアオコの様子をより詳しく見て分析した。
――あの蛇の女の子は下半身の蛇の尻尾の部分を伸縮させると、急激に伸ばしてその力を利用し敵に突進した。そしてその突進の威力はぶつかった敵の肺の中の空気を無理やり全部押し出す程だ!
メッセ二等兵はアオコの持つ蛇の尻尾の部分の身体能力に驚いた。
――それだけじゃない、あの合理的な敵の処理の仕方……ちゃんと考えて行っている証拠だ、恐らく知能が高い。
アオコは敵の肺から空気が出終わった事を察すると、そのまま間髪入れずに締めにかかった。そうする事で敵を絞め殺す時間を短くしたのだ。
「ゲコゲコッ!」
「――次はお前だな?」
久我を捕まえて引っ張っていたもう一匹の大蛙が仲間を殺られた事に気づき、久我を離すと標的をアオコに変えた。
大蛙は姿勢を低くして四つん這いになると、まるでアオコの隙を狙うように素早く飛び跳ねて移動した。
「――ふんっ、ちょこまかと鬱陶しい獲物だ……動クナ!」
「――ゲコッ!?」
――この時、メッセ二等兵はさらなる驚きのあまり言葉を失った。なぜならアオコがゾッとするような声で何かを言うと、不思議な事に今にも飛びかかろうとしていた大蛙が四つん這いのまま身体を僅かに震わせて硬直させたからだ。
「――おい、そこの人間、私は締め付けて殺すのに疲れたから、その火の出る棒であの大蛙を始末してくれ、動けなくしてあるから簡単だろ?」
『――何だって?』
メッセ二等兵はアオコがジェスチャーを使い、自分に向かって何かを言っている事に気がついた。そしてどうやらアオコは、何故か自分が持っているライフルで動けない大蛙を仕留めてほしいと言っているのを理解した。
――大蛙を動けなくしたから始末してくれって? ……一体どうやって動けなくさせたんだ、それじゃあ本当に蛇に睨まれた蛙……えっ?
言われた通りにしようと銃を構える時にメッセ二等兵は見てしまった……アオコの目を、そうして自らも動けなくなってしまった。
――その目は、確実に相手を殺すという意志の籠もった目、動いた瞬間、自分は必ず殺される――蛇の視線!
メッセ二等兵はそう直感した。恐らく大蛙もこの蛇視を見て同じ気持ちになったのだろう。
アオコが視界から居なくなった事でメッセ二等兵はようやく動けるようになり、ライフルの引き金を引くことができた。その後メッセは初めて殺傷してしまった事への恐怖か、アオコの目を見てしまった恐怖なのかよくわからない気持ちになった。
――何なんだあの女の子は……なんて力強く、そして美しく恐ろしい……化物!
「――いやー、アオコちゃん助かったよ」
「小太郎、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ……とりあえずこれからどうしよう」
「凌駕を助けに行くんだ」
「いや、でもあいつはもう……」
「それでも行くんだ!」
「……そうだな、よし、須賀を助けに行こう! あんたはどうする? 武器を持ってるからできれば俺達について来てほしいんだけど」
メッセ二等兵は久我に話しかけられた。そして自分達と行動共にしてほしいと言っている事が雰囲気で分かった。
――情けないけど、今の僕じゃすぐにあの大蛙達にやられてしまう、けれどこの人立ち向かってについていけば安全だ。
メッセ二等兵は決断して久我達と行動を共にする事にした。そしてまずはやる事があるので二人に着いて来てもらうようにジェスチャーをした。
メッセ二等兵達三人は捕虜収容所にある見張り塔へと登った。
――なんて事だ、まだ駐屯地にいる全員が敵の奇襲に気づいていない。
見張り塔の上から見ると、侵入した大蛙達が次々と無防備な兵士達を襲っていた。
一方、別の場所を巡察している兵士達はその場所から離れて居るので緊急事態が分かっていなかった。
――あれは……あの方向はまずい!
メッセ二等兵は最初に現れた大蛙達の親玉である黒い人型の大蛙が手下を引き連れて武器庫がある方向へ走って行くのが目に映った。
メッセ二等兵はすぐに塔にある警報機を鳴らして駐屯地全員に敵の奇襲が起きた事を知らせた。
「――須賀は確かあっちの方角へ連れて行かれてたよな」
反対側では久我が須賀の連れて行かれた方角を思い出して、その方角にある怪しそうな建物を探した。
すると、一つだけ入り口に銃を持った兵士が二人いる場所を発見した。
――なんかあそこだけ厳重だな、もしかしてあそこで須賀は尋問を受けてるのか?
久我はまずはそこに探しに行って見ることにした。
「アオコちゃん、須賀がいる所の見当がついた、早速行こう、着いて来てくれ」
そう言って塔を降りて行く二人の跡をメッセ二等兵は着いて行った。
――武器庫。
『グァ、グァ……』
大蛙達の親玉、黒い人型の蛙の化物――グァアバは手下を引き連れて武器庫がある建物の前までやって来た。そして周囲を確認するとあまり人が居ない事を認識した。
『グフ……グァ、グァ、グァ!』
グァアバは嫌らしい笑みを浮かべると、手下達に向けて分散するように指揮した。ここは自分一人でやれるということなのだろうか。
手下が分散し終わるとグァアバは駆け出し建物のドアを蹴破った。
『――えっ、なん――』
中で武器の点検をしていた兵士の一人が呟き終わる前に、頭がスイカのように弾けた。何故ならグァアバがその兵士の頭部に上段蹴りを食らわしたからだ。それを皮切りにグァアバは次々と中にいる兵士を襲った。
グァアバは蹴りに使う足だけではなく、手、腕、肘等、身体のあちこちを使って打撃を繰り出し、瞬く間に兵士達全員を撲殺した。
『グェ、グェ、グェ……』
グァアバは立ち尽くしほくそ笑んだ。
――これでエルフ達は武器を使えない。
グァアバはここのエルフ達が強力な武器を持っている事を知っていた。なのでまずはじめにこの武器庫を抑えようと思った。その為何日も前から手下を使ってこの武器庫がある場所を偵察させていた。
――ここさえ押さえればあとは勝手に手下共が周りの建物を占拠してくれる、それまで暇だな……そうだ!
『グァフフフッ』
グァアバはとんでもない暇つぶしを思いついた。死体を掴むと外に放り投げ始めた。そして入り口の前に死体の山を築き上げ、自らその天辺に座した。
――いい眺めだ、これでエルフ共に対し見せしめになる。
グァアバは不気味な笑い声を上げながら、この駐屯地を手下達が占拠するのを待った。
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