ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~

上等兵

9話 「捕虜」

 須賀達を捕らえたのは米軍の格好をした兵士達だった。しかし彼らはあくまで米軍の格好をしているだけであって正確には米軍ではない。その証拠に戦闘服についている所属には一切米軍と英語で記載されていないからだ。

 『F.ARMY』

 ――代わりに彼ら軍の兵士の胸の部分にそう記してある。さらに言うと彼らの人種は白色人種で耳が長位特徴を持っている――異世界の軍隊だ。

 「――こいつらはよく訓練されているな」
 
 「ん、なんか言ったか須賀?」

 「よく訓練されてるって言ったんだよ、ほらこいつら常に警戒して歩いて何かあったらすぐに反応してやがる」
 
 「……本当だ」
 
 兵士達は鋭い視線で常に周囲を警戒して歩き何か物音がする度に立ち止まり陣形を整えている。さらに詳しく見ると、兵士達は少数で行動し地図を見ながら迷う事なく森を進む。とても練度の高い部隊だ。

 ――警戒心旺盛、まるで地形を知っているかのような行動、そして少人数……もしかしてこいつらは斥候部隊か?

 須賀はそう予想を着けた。
 
 「……こりゃ、逃げてもすぐに捕まるな」

 須賀達は荷物や武器は全て兵士に没収されており、必要最低限の水と食料しか持つことを許されなかった。しかも相手は追跡及び偵察のプロ、なので逃げた所でたかが知れている。以上の事から須賀はこの部隊におとなしくついて行く事にした。

 「……おい凌駕」
 
 アオコが不安な声で須賀の服を引っ張り呼んだ。
 
 「どうした? もしかしてお前怖がってんのか?」 
 
 「バカ、何をいってるんだ人間、私が怖がるわけないだろ!」
 
 アオコは慌てて服から手を離し否定する。
  
 「大丈夫だ、抵抗しなければこいつらは何もしねぇよ」
 
 須賀はそう言うとアオコの手を握ってやった。そうするとアオコも須賀が手を痛める施す強く握った。

 ――いってーな、アオコの奴どんだけ恐がってんだ? けどまぁ、正直俺も怖いんだよな。

 捕虜となって過酷な労働をさせられるかもしれない。そうなれば日本には帰れなくなる。須賀は一番それを恐れた。
 
 暫く歩いていると森が無くなり彼らの軍の施設が見えて来た。

 「――なんだありゃ!?」

 軍の施設は平地に有り、フェンスと見張り台に囲まれた木造の建物が建ち並んでいる。そして入り口には鉄条網と側には機関銃を構えた兵士がいた。

 「何でこんな所に軍事施設が――っうわ、何しやがる!」

 突然、施設から出て来た兵士達に須賀は麻袋を被せられて、手をロープで結ばれて抵抗できなくされた。

 「おい、辞めろよ、何すんだ!」

 「ぷるぷる!」
 
 久我も同じようにされようとした。それと同時に主人を守る為にゼリーが久我の懐から飛び出したが直ぐに兵士に捕まり袋に押し込められた。

 「くそ、こんな所で人間共に捕まってたまるか!」

 アオコは須賀達が捕まっているのを見て抵抗する事に決めた。一人の兵士が麻袋を被せようとしてアオコに近づくが、アオコの尻尾に引っかかり地面に転けた。

 「人間共め、私を舐めるな!」

 アオコは同じようにしてその場にいる兵士達を次々と転ばせて捕まらないように抵抗した。すると一人の兵士が警笛を鳴らし、その後次々と応援が駆けつけた。

 「――うわっ、うわああ!」

 流石に大勢の兵士達を相手にするのは無理な話しで、アオコは遂に抑え込まれてガチガチにロープで体を結ばれて動けなくされた――。
 
 「――須賀、俺達終わったな」

 「そうだな、とりあえず今は何もするんじゃねぇぞ」

 須賀と久我はお互いに麻袋を被せられた状態で地面に座らされた。しかし、お互いに近くにいる事は分かっていたのでやり取りはできた。

 「そういやアオコちゃんは?」

 「多分アオコも俺達の近くにいる筈だ……おいアオコ、そっちは無事か?」
 
 「ムガッー! ムガッムガッ!」

 アオコは口に物を入れられて喋れなくされている。

 「――どうやら無事みたいだな」

 須賀はとりあえず全員がいる事を確認した――。
 
 ――軍事施設内。
 
 兵士達が慌ただしく動き回り埃と砂をたてたながら緊急事態に備えて準備をしている。そしてその兵士達の中を鋭い眼光をした男が歩く。
 
 男は若いが顔に大きな傷跡がある。そしてその男が通る度に兵士一人一人が作業の手を止めて敬礼する。この男はどうやら上級者のようだ。
 
 ――男は自分に敬礼をする兵士達にしっかりと敬礼を返すと足早に目的の部屋まで向かった。そして目的の部屋の前着くと服装を整えた。

 「――ロー大尉入ります」
 
 男は自らの名前と軍での階級を述べて部屋の主に入室の許可を求める。
 
 「――入れ」
 
 中から女性の声が聞こえてロー大尉は入室を許可されたので部屋に入った。部屋に入るとまずはじめに部屋の主の後ろの壁に飾られた自分達、『フロンティア国』の国旗が目に映った。

 フロンティア国旗、別名、海星旗――この国旗は青色の正方形の布の真ん中に大きな白い星をあしらった物だ。それは我々の先祖が夜空の星を頼りに海を渡りこの地へたどり着いた事を象徴したものだ。

 「ロー大尉、先程我が駐屯地の入り口で騒ぎがありましたが何があったんですか?」
 
 金髪を後ろにまとめて薄い緑の戦闘服の上着に下は同じ色の動き安そうなショートパンツを履いた女性が尋ねる。

 「――はっ、今からその件について報告します」
 
 ロー大尉はチラリと女性の足元を見る。そうして見えるのは女性が履いている緑のニーハイソックスにコンバットブーツ。そしてちらりと見える太ももと肌。
 
 ――男のだらけの場所でその格好は兵士達の目の毒になるな。
 
 ロー大尉はそう感想を抱いた。

 ――おっと、今はそんな事を考えるより報告を急がねば。
 
 「コマンダー、捕虜を三人捕らえました」
 
 「なんですって!? もしかして数時間前に我が軍の斥候から報告があった爆発音はその捕虜達がやったのですか?」
 
 コマンダーと呼ばれた女性はロー大尉の報告を聞いて慌てた。
 
 「まだわかりません……ですがコマンダー、捕虜は人間二人須賀と久我亜人アオコ一人です」
 
 「――カタラですか?」
 
 『カタラ』という単語をコマンダーは恐る恐る言うとロー大尉は神妙な面持ちでその可能性があると答えた。
 
 ――カタラというのは、ロー大尉達の住むフロンティア国の隣にある亜人の国だ。
 
 「コマンダー、もうひとつ重要な報告があります……捕虜達は銃を持っています」
 
 ロー大尉の言葉を聞くとコマンダーは顔を青くさせた。
 
 「この捕虜達から情報を取る許可を――」
 
 「許可します、ですが手荒な真似はしないでください、我々はカタラと不可侵条約を結んでいるのですから、それと事は重大で決断をも直に迫られる状況も考えられるので私も尋問には参加します」
 
 「わかりましたコマンダー、でしたら尋問中は警護の為に部下を何人か着けましょう」
 
 「いいえ、護衛は必要ありません、私とあなたの二人だけで尋問しましょう」
 
 「なっ!? それはなりません! 特に亜人の捕虜は凶暴でとても反抗的です、いくら私が着いているとはいえあなたをお守りするのは難しいです、何卒お考え直しを――」
 
 ロー大尉は慌てコマンダーを止めた。
 
 「いいえ、私は考えを変える気はありません、それにこれは命令です!」

 「――ぐっ」
 
 コマンダーは強い口調でロー大尉に命令した。そうするとロー大尉はこれ以上逆らうことはできなかった。何故なら彼が所属している組織は軍隊で階級に寄って規律が維持されていからだ。基本的に階級の上の者の命令は絶対だ。

 「……わかりました、ですが尋問する部屋の外に最低二名だけでも護衛を置かしてください」

 「……いいでしょう」

 その後ロー大尉はコマンダーに敬礼すると部屋を出ようとした。するとコマンダーに呼び止められた。
 
 「ロー……気を悪くしないで」
 
 「今は仕事中ですよコマンダー、ちゃんと階級を着けて呼んで下さい」
 
 突然コマンダーは親しげに階級を着けずにロー大尉を呼ぶがロー大尉は呆れたようにコマンダーを諭す。するとコマンダーは悲しそうな顔をした。
 
 「ロー、私達同期でしょ? 何故そんな余所余所しい態度を取るの?」
 
 「――はぁ、コマンダー・イーヴァ、何度も言いますがここは軍隊です、そしてあなたは自分より階級が上です……馴れ馴れしくできるわけがありません?」

 「――もう、二人きりの時くらいそのコマンダーって呼ぶのを辞めてよ! さっきも言ったけど私とあなたは同期でしょ?」

 「……確かにそうですけど」

 ロー大尉とイーヴァはフロンティア軍幹部学校の同期で、お互いに汗を流し、切磋琢磨して学校での厳しい訓練や教育等を乗り越えてき生活してきた。所謂同じ釜の飯を食った仲だ。因みに同期と言っても年は違い、ロー大尉の方が年上だ。

 「――勘弁してください、何度も言いますがあなたの方が階級は上です、それにあなたは将来この国の指導者になるんです、そんなお方に馴れ馴れしくなんかできません――」

 ロー大尉とイーヴァ、二人は同じ幹部学校を同時に卒業したのに階級が違う理由は生まれの違いにある。ロー大尉は普通の家庭の生まれなのに対し、イーヴァはこのフロンティア国の指導者の子供。

 ――即ちイーヴァは家の事情から泊をつける為に幹部学校に特別に入れられた。なのでそういった理由から学校を卒業後は成績に関係なく他の同期達よりも出世が早いのだ。

 そして今、将来の指導者に相応しいようにする為、そしえ豊富な経験をつませる為に、この軍事施設――通称『ティタノボア駐屯地』にコマンダー駐屯地司令官として配属された。
 
 「――ですから、どうかご自分の身分に相応しい行動を取ってください……じゃないと、何処で誰が見て聞いているかわかりませんから――」

 「――そうよ、それよ! 誰が見て聞いているか分からないのよ!」

 「……はい?」

 「ロー、私が今から話をするから耳を貸して」

 ロー大尉は今更イーヴァに態度の事を言っても無駄で有ることを悟った。そしてどうせならと幹部候補生時代と同じように接する事にした。

 「――はいはい、わかりましたよお嬢、で? 話っていうのはなんですか?」

 「あっ、お嬢って幹部候補生時代の私のあだ名、今もそう呼んでくれて良いのに――って、いけない、話が逸れるところだったわ、話って言うのはね」

 イーヴァはローの耳に口を近づけて小声で話した。その時、ロー大尉は耳にイーヴァの息がかかり、くすぐったく感じると共に、男の社会では嗅ぐことのないイーヴァから漂う仄かに甘い香りにドキリとした。
 
 「(ロー、この駐屯地に統一派の諜報員が居る事を知ってるでしょ? だから今回の捕虜の情報をその諜報員に知らせたくないの)」

 ロー大尉は、ハッとしてある事を思い出した。

 ――統一派の諜報員。

 実は前からこの駐屯地にはフロンティア軍中央に所属する諜報員が居るという話は前からあったし、それが普通だった。何故ならこの駐屯地はカタラ国の国境付近に位置する最前線の駐屯地だからだ。その為、諜報員がカタラ国の情報を集めるのにここは最適なのだ。

 しかし問題がある。それは諜報員が誰なのか、それはロー大尉、そしてコマンダーであるイーヴァすら知らない。そういう任務を帯びた者が居る事を知らされているだけだ。しかもさらに問題な事にその諜報員はある特定の思想を帯びていると言うことだ。その思想とはフロンティア本国では統一思想といい、その思想に則って行動するものを統一派と呼ぶ。

 ロー大尉はイーヴァの言わんとする事を察して目配せをした。そして自分の成すべき事を考える為に状況を整理した。

 ――現状、我が国とカタラ国は昔に戦争をした。結果は我々が勝利しこの我々が住む土地、『ラフ・アスラ島』の半分を国土にする事ができた。その後カタラ国と休戦条約を結んだが未だに終戦条約は結んでいない。そして現在、その状態が何年も続いたがある日、フロンティア国内の議会でこの状態を巡る是非があり、二つの派閥が生まれた。

 ――曰く、カタラと講和して戦争をさっさと終わらせて、その分浮いた軍事費を国内の開発使って発展しようではないかという――発展派。

 ――否、カタラと比べて我が軍の質、装備はこの数年で飛躍的に上昇した。なのでこのまま敵国であるカタラ国へと攻め込み、国を占拠してラフ・アスラ島を我々で一つの国に統一しよう。そうした後で開発をすれば二倍の発展に繋がるという――統一派。

 この二つの派閥は本国で日々謀略の限りを尽くして争っている。その為、中央の諜報機関から各地に諜報員を送りお互いが有利になる情報を集めている。その為この駐屯地にもどちらかの派閥に属する諜報員が送られているが。この駐屯地の位置する特性上、統一派の諜報員がいる可能性の方が高い。何故ならここは最前線、統一派はここからカタラ国に攻め込む方法を探る可能性が高いからだ。

 ――諜報員が誰かわからない以上、俺の部下に紛れている可能性もある訳か……そうなると俺とイーヴァだけで尋問したほうが情報が漏れる事はないな。

 二人がこれほどまでに統一派の諜報員に気をつける理由は二人の考えが開発派の意見に近いからだ。厳密に言えば意見が近い第三の派閥だが……。
 
 ――仮に、今回捕まえた捕虜達がカタラ人、それも軍人であればまずい、それが統一派に伝わればカタラ国との開戦の理由に使われるかもしれない、それだけは何とか避けたい。

 「――わかりましたよお嬢、但し、尋問は自分がします、お嬢は何もせず後ろで偉そうにして威圧する役をしてください、それと今回の尋問には自分の部下は着けませんから、仮に捕虜に襲いかかられても自分で対処してください、良いですね?」
 
 「分かったわ、一応これでも私軍人のだもの、護身術はちゃんと習ってるわ」

 イーヴァは何もない空間で殴る動作をした。しかし腰が引けてとても強そうには見えない。ロー大尉はそれを見て心配になった。
 
 「あっ、そうだわ……ロー、偉そうな顔をして威圧するってどうやるの?」
 
 ロー大尉はガクッと力が抜けた。
 
 「あのですねぇ、偉そうな顔ってのは……うーん、とりあえず無表情で相手を睨みつければいいんじゃないですか?」
 
 「――うーん、こうかしら?」
 
 ――うおっ!
 
 ロー大尉はイーヴァに睨みつけられて一瞬後ずさった。何故ならイーヴァに無表情で睨みつけられると元の美しさと相まって威圧感が出るからだ。
 
 ――冷酷な女司令官。
 
 「ん、ローあなた今失礼なことを考えた?」
 
 「気のせいです」
 
 イーヴァの顔は元に戻った。
 
 「それじゃあロー、行くわよ」
 
 「わかりましたよ、お嬢」

 二人は捕虜の元へと向かった。

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