ラフ・アスラ島戦記 ~自衛官は異世界で蛇と共に~
4話 「日本じゃない」
須賀と久我の二人は襲ってきた虫達を避けるために、降りてきた斜面を迂回して移動することに決めた。そして暫く進むと二人は立ち止まり現在地を割り当てようとした。
「――畜生、なんだここ……全く場所がわかんねぇ」
須賀はそう言って苛ついた。何故ならここはどう見ても地図に載っていない地形であるからだ。それに地形だけでなく生えている植物も違った。ここは日本の山のように区画された山でなく自然のままに多種多様、そして色とりどりの植物が生えていた。まるでジャングルだ。
……ここで立ち止まっても仕方ねぇ、先に進むか。
須賀はコンパスを取り出した。コンパスは霧が出たときに針が回転して壊れていたが、今はちゃんと針が北を指していた。
コンパスが直っている……まぁいい、使えるに越したことはない、それより最初に俺達は東に向かってたんだよな。
――須賀達、自衛隊レンジャー学生は当初、演出場の東に移動し、そこにいる敵を攻撃するように状況を付与されていた。
──ということは、西に向かえば班長達に合流できるかもしれねぇ。
須賀は地図とコンパスを見ながら班長と合流する方法を考えた。その後ろでは久我が壊してしまった自分の銃の事を考えて頭を悩ませていた。
──あああっ、どうしよう、銃を壊しちゃたよ! 国の物なのに、帰ったら処分されちまう。
久我は無事に班長達と合流できるかどうかより今後の自衛隊人生で出世することは無い事を覚悟した。
「――あああっ、どうしよう、おわっ!?」
須賀は考えて事をして足下が疎かになり、木の根っこに躓いて仰向けになりながら転んだ。
「おい! 何やってんだよ、気をつけろ!」
「いてて──悪い須賀、気を着けるよ」
「……ったく」
須賀は久我に怪我が無い事を確認すると再び地図を覗き見て現在地を割り当てる作業をした。
……はぁ、俺は何でこんなに運が無いんだろう。
久我はうんざりした。そして起き上がろうとした時に顔にひんやりとした物が触れた。
「冷たっ! ……なんだこれ?」
久我に触れた物は緑に透けた丸い物体だった。久我はそれを手にもって何なのか確かめた。
――弾力のあるプルプルした触感だ、しかも少し冷たいし自分で震えて動いている……生き物か?
久我はこれが生物なのか確かめる為にもっとよく観察すると、透明な体の中にほんのりと紅く光る小さな石が入っている事に気がついた。久我がその石を取ろうとすると生物は激しく震えて抵抗する素振りを見せた。
――嫌がってるということは意志がある、やっぱりこいつ生きてる! こんな珍しい生物は見たことない、連れて帰ってペットにしよう!
「おい、須賀こいつを見ろよひんやりしてて気持ちいいぞ!」
久我は生物を持ち上げて須賀に報告した。
「……はぁ? お前また何を拾ってんだよ、危険かも知れないだろうが」
「こいつは大丈夫だって、ほらっ」
久我は生物を顔に押し当てて危険が無いことをアピールした。
「お前はバカか、そんな何の病気持ってるかわかんねぇ物を顔に当ててんじゃねえよ!」
「そんなことを言ってもよぉ暑いんだよ、けどこいつを見てたら何か涼しそうでさ……実際ひんやりしてるし」
「――ちっ」
須賀は舌打ちをするとそれ以上は何も言わなかった。しかしジャングルの気温は高くて熱いので、未知の生物で涼しそうにする久我を羨ましいと思った。
「……須賀の奴本当は俺の事が羨ましい癖に、お、そうだこいつに名前をつけてやろう、うーん、透明でプルプルしてるからゼリーちゃんにしよう!」
久我が拾った未知の生物ゼリーちゃんはどこか嬉しそうに球体のプルプルボディを震わせた。
「──まずいな、完全に迷った」
とうとう二人は道に迷ってしまった。
「……なあ須賀、ここは日本だと思うか?」
「わからねぇ、けど日本であってほしいな……行くぞ」
薄々二人は気がついていた。
──ここが日本では無いことに。
しかし、その事を認めたくない二人は黙って歩き続けた。もしかしたら自分達の思い違であるかもしれない。そうして僅かな希望を胸に抱き進で行くと二人は樹木が少なく開けた土地に出て来た。
「ん? 若干開けた場所に出てきたな、ここはどこだ?」
「――おい、道があるぞ!」
「何い!? こんな所に道なんてあったか?」
須賀は地図を確認したがやはりこの場所は載っていなかった。
「とりあえずここにいてもしょうがねぇ、油断せずに警戒しながらこの道を進むぞ」
「――ごくっ……わかった、またあのテントウムシ達に合わなきゃ良いな」
二人は気を引き締めてゆっくりと道を進んだ。自然に銃を握る力が強くなる。
「──何だこれ? でっかい洞窟だな」
「マジか、人がいる場所に出る道じゃなかったのかよ」
――道は岩山に空いた大きな洞窟の前に続いていた。それを見た二人は落胆した。しかし道を引き返す気にも成れなかった。もうすぐ夜になり周りが暗くなって来るからだ。夜にジャングルを進むのは危険だ。
「久我、もう時間切れだ、今日はこの洞窟で野宿しよう」
「そうだな……それにしても須賀、今とってもワクワクしないか?」
「は? お前はこんな時に何を言ってるんだ?」
「いやだって洞窟だぞ!? こんな所で寝泊まりできる事なんて滅多に無いんだぞ? それにここは天井がある、雨風凌げて最高じゃん!」
「はぁ……お前はポジティブだな、でもまぁ正直に言おう、俺も少しワクワクする気持ちはある」
「──だろ?」
「ははっ、全く俺達はとんだキ○○イ野郎共だな」
ポジティブに物事を考えた二人は少し気力を取り戻した。そして洞窟の中に入って行った。
――暗いな、明かりを灯すか。
須賀はタバコに火を着ける為に持っていたオイルライターを胸ポケットから取りだして明かりを灯した。
「……うおっ!?」
そうして僅かに明るくなった洞窟で須賀は不気味な石像を見つけた。
「蛇の石像? ……趣味が悪いな、人間に巻き付く光景をモチーフにしてやがる」
「あー何だその……ここはもしかしてヤバいところかもしれない、さっきからゼリーちゃんも怖そうにプルプル震えているし」
「そうみたいだな、あそこを見ろ……あんな物があるって事はヤバイところ確定だな」
蛇の石像の近くに長方形の石でできた台座が置いてある。台座は一人くらいなら寝れそうな大きさだ。しかも台座の回りには何に使用されたかわからないシミが付着したロープが落ちていた。
「……戻るか」
「さ、賛成、洞窟の入口近くで休もうぜ」
二人は移動した。
「──おい須賀、飯でも食おうぜ」
「ああ、そうするか」
須賀は背嚢から一つ缶飯を取り出した。そしてそれを二人で分けた。貴重な食料なのでこうやって節約する。
「……足りない、腹減ったな」
「久我、それを言うな、ますます腹が減る、こういう時は何かで気を紛らわせるか、寝て凌げ」
「了解、じゃあ俺は今から寝る」
あっと言う間に二人の食事は終わってしまった。空腹を紛らわすために二人は眠る事にした。
――背嚢を枕代わりにして地面に横になり洞窟の天井を見上げる。すると天井は蛍の様に緑色に淡く光る生き物達に覆われて幻想的な光景を醸し出していた。
――綺麗な光だ、日本でこんな光景は見れないな。
――綺麗だな……けど何で須賀と二人で見なくちゃならないんだよ、どうせならかわいい女の子とこの景色を見たかったぜ。
「「――はぁ」」
二人は別々の事を考えて溜息を着いた。そんな二人の横では久我のペットのゼリーが近くにいる光る虫を捕食していた。そして虫を捕食したせいか、ここの生物同様に緑に発光した。
「うわっ、ゼリーちゃんそんな特技があったのか?」
「……スゲーな、おかげで俺達の周りが少し見えやすくなった」
ゼリーはその後も捕食し続けて最終的にスタンドライト程の明るさを出せるまでになった。
「ゼリーちゃんはいいなぁ、いっぱい食べれて……あ、そうだ!」
久我が何かを思い出して背嚢を漁った。そうして取り出した物は久我が拾った未知のキノコの『クガタケ』だ。
「おい須賀、こいつを焼いて食ってみないか?」
「は? そのキノコを食うのか? やめとけ、毒があるかもしれないぞ」
「大丈夫だって、あの俺達を襲ったテントウムシもこれを食ってたし、それに火で炙れば毒なんて無くなるって」
そう言うと久我は銃剣にキノコを突き刺してライターの火で炙った。するとクガタケは大爆発を起こした。
「ぷるぷるぷるぷる!?」
爆発音に驚いたゼリーが飛び跳ねてあたりを逃げまわった。
「うわっつ、痛っ、熱い!」
「おい、大丈夫か!? こいつはひでえ、今手当してやるから待ってろ」
久我は手と顔に火傷を負った。須賀は急いで救急品を取り出し久我の火傷を処置しようとした。すると、逃げ回っていたゼリーがそれに気づき、久我の側に近づいて体から触手を伸ばした。
「なにをするつもりなんだ?」
「ぷるぷる」
須賀はその様子を観察した。するとゼリーの触手が久我の火傷に触れた瞬間、みるみる内に火傷が治った。
「おおっ! おおおっ!? すげぇ、火傷が治ってる、おい須賀、俺のペットすごくね?」
「あぁ、すごいな……俺もそいつを探して拾っとけば良かった」
すごい便利な生き物を手に入れた。須賀はそう思った。
「――はぁ、それにしてもやっぱり腹は減るな、なぁ須賀、なんか非常食みたいなのは無いのか?」
「……うるせー、黙って寝ろよ」
眠って空腹を紛らわそうとしたがやはり限界だった。二人は眠れずに起きてしまう。
――畜生、やっぱり缶飯一つを二人で分けただけじゃ腹が減るな、どうしたものか……あっ、そういえば!
須賀はある事を思い出し防護マスクを漁った。
「須賀、そんなところに物を入れると救急自体の時に使えないぜ?」
「黙れ、分かってるって」
言ってる事は出しいが久我の野郎に説教されるとなんかムカつくな……っと、いたいた俺の非常食。
須賀は非常食にと捕まえた蛇、アオダイショウを取り出した。
「まさか、そいつを食べるのか!?」
久我は驚いた。
「あぁそうだ、今からこいつを裁くからお前の銃剣を貸せよ」
「ええっ、自分のを使えよ」
「うるせー、あとから整備するのが面倒なんだから貸せ!」
須賀は久我の銃剣を無理矢理奪い取ると蛇を地面に置いて頭を切断しようとした。しかし蛇が急に動き出し手からすり抜けてしまった。
「痛ってえ、この野郎放せ!」
すり抜けた蛇は須賀の腕に噛み付いた。アオダイショウは毒が無い蛇だ。それを知っていた須賀は慌てる事なく痛みに耐えて無理やり蛇を引っこ抜いた。すると須賀の腕に蛇の牙が突き刺さったまま離れた。
須賀は自分に突き刺さった牙と蛇の口に付着した自分の血を見た。すると心の中で怒りと殺意が湧き上がった。
「……この野郎○す、絶対に○して食ってやる!」
力任せに蛇を思いっきり地面に押し付けて止めを刺そうとしたとき、ゼリーが須賀の側に慌てて近づき周りを飛び跳ね始めた。
「――なんだよ、おい久我、お前のペットを何とかしろ、蛇を○すのに邪魔だ」
「あー、須賀、それなんだけど、どうやらゼリーちゃんはその蛇を逃したほうが良いって伝えたいみたい、だから逃がそう」
「バカ野郎! そんな事できるか、貴重な食料なんだぞ、俺は絶対にこいつを食う!」
「……あいつがいても?」
久我が恐る恐る須賀の後方に指をさす。その瞬間、須賀は自分の後ろに何かとんでも無いものがいると感じた。
「――シュウウウッ!」
空気が勢い良く吹き出すような音が聞こえる。須賀はゆっくりと振り返り上を見上げた。
「シュウウウッ、シュウウウッ」
そこには見上げなければ見えない程、巨大な黒い蛇が下をチロチロ出し、須賀を威嚇していた。
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