求夢の平凡な世界

チョーカー

ボードゲームの戦い その②

 入ってきたのは大きな男だった。

 最初、求夢はそれが誰だかわからなかった。

 柔道着と体格から、おそらくは同級生の小田原剛毅だ。

 普段は、ひょうきんで穏やかな性格。

 しかし、今の彼は普段とは似ても似つかない。

 白目を剥き、口からは牙が覗く。さらには「グルルル……」と声を漏らしている。



 牙? グルルル……?



 もはや、人間じゃない。



 「おい、お前……それ以上、僕に近づくんじゃない!」



 しかし、その言葉が引き金となったのか、剛毅は野生動物のように駆けだした。

 入り口から窓側。僕は教室の端から端まで距離を考えた事はないが…… 

 おそらく10メートル以上はある。だが、全力疾走には短すぎる距離。

 予想外の動きに対して、求夢の体と思考の反応が遅れる。



 速い。 

 全力疾走。 なぜ?

 僕は――――攻撃を受けている。



 まるでゲームセンターのパンチングマシンのハイスコアを狙うように――――



 大きな、大きな拳が僕に向けて――――





 ギリギリで体が反応してくれた。

 しゃがみ込んで剛毅の拳を回避する。

 背後の窓が砕け散り、細かく割れたガラスが四方八方に飛び散る。



 「――――がっ!?」



 だが、攻撃が終了していなかった。

 剛毅の腕が求夢の喉に伸びた。 そのまま、両手で喉を締め上げられる。

 求夢は抵抗するために剛毅の腕を掴む。



 「こ、こいつ!? なんて力を……首を折ろうとしていやがる!」



 単純な腕力では太刀打ちできない。 何か武器を――――武器はない。

 だが……ポケットの中にあったシャーペンを剛毅の腕に突き立てた。

 しかし、分厚い、分厚い柔道着。 果たしてダメージは……



 ない!



 痛みへの怒りか? 剛毅の豪腕が強まっていく。

 もはや、抵抗の術はない求夢は――――



 「間に合った……か?」



 その言葉の通り、剛毅の動きが止まった。



 「このまま、教室から出て走って学校から出て行け」



 求夢が命じるまま、剛毅は背を向けると走り去っていった。

 それは彼が保有する超常的な能力の1つだった。

 能力名はまだない。

 相手を傷つける事で発動する能力。

 能力の効果は2つ。



 1つ――――傷つけた相手を短時間操る事が出来る。



 2つ――――傷つけた相手の記憶を1時間、追体験できる。



 ここで言う傷つけるの定義は、何らかの方法で相手を出血させる事を指す。

 短時間であれ、出血させた相手を意のままに操る能力は、吸血鬼を連想させる。

 この能力は先天的なものではなく、後天的に――――ある事件がきっかけで手に入れた能力だった。



 この能力のデメリットは、1時間と短い時間であれ、他者の記憶が脳内に入り込んでくる気持ち悪さ。

 そして、1日の使用回数によって激しい頭痛が生じること。

 幸いにして本日1回目の能力使用で一瞬だけ頭部に痛みが走った。



 そして始める小田原剛毅の追体験。



 

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