スキルを使い続けたら変異したんだが?

クルースニク

第二十三話 ワンサイドゲーム

 ゴーレム。立ち回りを考えれば、そこまで厄介な敵ではない。
 巨大な体に鈍重な動き。レベル10の敏捷値でも攻撃が避けられるほどだ。

 刀を腰だめに俺は地面を駆ける。ゴレームが腕を振り上げる。

 ――遅い。

 振り上げ切った時には、すでに足元へ潜り込んでいる。
 石柱の一つへ、白刃を振るう。叩き付けられた刃は、しかしその岩壁に弾かれた。
 次いで発生する紅いエフェクトでも、傷一つ付けることはできない。

 ――緋桜でもダメか。

 直上から、生暖かい風。俺は後ろに跳び、振り下ろされた拳をかわす。
 砂埃が舞い上がる。下に隠れていた石床が割れ、刃となって襲い掛かる。
 刀身で斬り落とすが、逃した破片が肌を薄く裂いた。

 ――ッ!

 “鋭い痛み”に、俺は顔をしかめた。
 頭の片隅に引っかかるものを感じつつも、無視して着地。体制を整える。

「ヒールっ!」

 背後から響く声。
 俺の体が緑の淡い輝きに包まれ、傷が瞬く間に塞がっていく。痛みが消える。

「大丈夫ですか?」

 声に遅れ、ナツメが隣に現れる。
 彼女のクラスは神官。ヒールはその初期スキルで、効果は対象者のHPを小回復させるというものだった。

こちらへ鈍重な動きで向かってきているゴーレムを視界に収めたまま、俺は彼女に問いかけた。

「ユニークスキルの感じはどうだ?」

「タブレットを開いていないのでわかりませんが、恐らく過去最高の状態だと思います」

 それを聞き、俺は頷いた。

「なら、ゴーレムの相手をしばらくお前に任せる」

「な、なんでですか⁉」

「……元々の目的を忘れたのか?」

 そもそも。彼女を目立たせるのがこの闘技場に参加した理由なのだ。
 レベル50のステータスでクリムゾンブレイズを使用すれば、確実にゴーレムは沈む。
 だが、それで目立つのは俺だけ。本末転倒なのだ。

 ナツメは戸惑ったように。

「ですが私、今は何の武器も装備してないのですが」

「は?」

 は?

「すみません、今日のコーディネートに武器は似合わないかと思って」

 ゴスロリ姿の少女が、誤魔化すように笑みを浮かべる。
 おいおいおいっ。

「どうも得物を取り出さないからおかしいと思ったら……っ!
 お前、一体何しに闘技場に来たんだ!」

「ゲームのアイドルと言えば、応援とかサポートがテンプレだとサイトに書いてあったので……」

「武器も持ってなかったらただの痛い地雷プレイヤーだろ!」

 そんなやり取りをしている間に、ゴーレムの攻撃範囲に入っていた。
 巨腕が、地面に弧を描くように振るわれる。

 ――やば、ナツメは避けられ……あれ?

 心配した少女がその場から忽然と姿を消していた。

 直後にズドンッという、腹に響く打撃音。
 ゴーレムの攻撃が逸れ、俺の上空を過ぎ去っていく。
 何が起きたのか。その答えはゴーレムの前に立っていた。

「えーと。ここから先は、あたしが相手だ……なんちゃって?」

 拳を構えるわけでもなく。
 ナツメは目元にVサインを当て、そうおどけてみせた。

 ――おいおい、マジかよ。

 俺の考えが正しいとするとこれから起きるのは、

『おーっと、無謀にもナツメ選手が前に――』

 実況の声の途中、地面が爆ぜる。
 一体どれだけの敏捷値になっているのか。
 少なくとも、人間の目に捉えられる速度ではない。
 気づけば、数十に渡る打撃音。

 ゴーレムの巨体が大きく傾き、地面に背後から倒れる。
 一体どれだけの攻撃力を有しているのか。
 胴体のコアが砕け、そこを中心に蜘蛛の巣のようにヒビが走る。

 HPバーは、気付けば一割ほど削れている。
 なおも姿なき攻撃は続き、凄まじい連撃にゴーレムが地面へ陥没していく。
 とんでもないステータスの暴力による、ワンサイドゲームだった。

『なんだなんだなんだ⁉ 一体、今私たちの目の前で何が起こってるのでしょうか!
 これが、ユウト選手の切り札⁉ その場から全く動いているようには見せませんが』

 いや、動いてないし。
 エモーションハート、恐ろしいスキルだ。
 クリムゾンブレイズどころじゃないじゃん、多少の条件でこれが常時とかもうゲームバランス完全崩壊だよ。
 これで現バージョンでゴーレムが倒せないとか、かなりのデバック不足なんじゃないだろうか。
 まあ、リアナがイタズラしまくったせいで時間がなかったのかもしれないが。

 運営のスタッフらしき壮年の男が今一体どんな顔をしているのか気になって、そちらに目をやる。
 彼は、醒めた瞳をしてフィールドを見下ろしていた。

 直後、俺は嫌な予感を覚える。
 それを司会者の女は形にした。

『凄い凄い凄い! 物凄いラッシュだぁ! しかし、いいのでしょうか⁉
 ゴーレムは一定回数の攻撃で、殲滅モードに切り替わってしまいます!
 まさか、それすらも完封して見せるというユウト選手の余裕なのでしょうか⁉』

 ――え?

 身構える暇もなく。
 ゴーレムの胴体が烈光と共に弾けた。
 外からではなく、内部から。

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