家族に愛されすぎて困ってます!
36話 誰だって相談相手は欲しい
キーンコーンカーンコーン♪
 教室の皆がいっせいに席に着く。1時間目の始まりを知らせるチャイムだからだ。教科書やノートを机の上に出し、先生が来るまでの間は席の近くにいる友人と話をする。
「おーし、授業を始めるぞー」
 英語の先生が少し遅れて教室に入る。
「号令」
「起立。気おつけ、礼」
「えーと。休みはーー」
 教室全体を見回した後、教師は俺の方向を見ていた。
「今日は近衛いるな」
「はい」
「その後ろのやつはどうした?」
「あれ?」
 後ろを振り向くと、橘 愛がいなかった。
 いや、あのー、忘れてたとかじゃなくてね。そのー風邪で寝込んでいたためであって、自発的に忘れてたとかじゃないんです。ただちょっと、出番が少なかったなーと思って。
「すみませーん!」
 急に教室の前のドアが勢いよく開いた。皆いっせいにドアの方向に目を向ける。
 そこには橘がいた。
「すみません遅れました......。......あ!!鷹くんだーーーー!たーかくーーん!」
 橘は教室を見渡して、春鷹と目が合うなり全速力で春鷹の胸に飛び込んだ。
「大丈夫?熱はない?まだ頭が少し痛かったり、咳が出たりしてない?」
「う、うん。平気平気」
「ごめんね。お見舞い行けなくて」
「別に大丈夫だけど......」
「おい橘、どうして遅れたんだ?」
 その光景を見ていた教師が鬼のような形相でこちらを見ていた。
「ごめんなさい、寝坊しました♡」
「いやいや、そんな可愛く言っても遅刻にはかわりない......」
「よし。許そう」
「なんで!?」
「まぁなんだ。人生に失敗はつきもんだからな」
「そ、そうですか」
「それと近衛、お前は廊下に立ってろ」
「え!?何でですか!?」
「現在進行形でJKに抱きつかれてるからだ」
「理不尽すぎる!!」
 何故か周りの男子からは歓喜の声が。
「先生、本当に理不尽すぎます。ふざけるのも程々にして、授業を始めてください」
 クラス委員長の伊藤さんが注意を入れてくれた。
 ありがとう、伊藤さん!
「あ、あぁ。わ、悪かったよ。えーとそれじゃあ、授業を始めるぞ!まずは......」
 ようやく英語の教師は授業を始める。
 その後の現国や化学、数学や体育も、遅れた分を取り戻すように真面目に受けた。
 
「起立。気おつけ、礼。さよならー」
 帰りのホームルームが終わり、帰宅部の春鷹はすぐに帰るのだが、放課後には用事があるため、教室を出て図書室に向かった。
 少し古びたドアをあまり音を立てないようにそっと開ける。
 数十個の長机と数千冊の本が収納されている本棚で埋め尽くされた部屋の隅にポツリとそいつはいた。
 そばに歩み寄っても反応無し。こちらに気づいた気配すらなかった。仕方なく声を掛ける。
「おっす」
「......なんのようだ?」
「ちょっと相談があって」
「珍しいな」
 春鷹と会話をしながら手元にある本に集中する彼は、柳原 仁。
 春鷹と同じ中学校出身で春鷹の数少ない友人の一人だ。いつも本を読んでいて、だいたい図書室にいる。一日一冊本を読むのが日課らしい。
「なぁ、柳原って兄弟いるのか?」
「いるよ。姉と弟」
「仲良くやってるか?」
「まぁそれなりに」
「あのさ、例えばの話していいか?」
「どんな話だ?姉に好意を抱かれてるとか?」
 ......こいつはテレパシーでももっているのだろうか。
「よく分かったな。例えば、お前が姉に男と女として好意を抱かれているとしよう」
「あまり考えたくはないがな」
「もし、その姉から、キスをされたらどうする?」
「ぶん殴る」
「おい......」
「今の答えじゃ不満なのか?」
「不満しかねぇよ。......俺が聞きたいのは、そういう物理的な答えじゃなくてだな」
「まぁ大体のことは分かってるさ」
「え?」
 本当にこいつ、テレパシーとかもってないのよね?魔女だったりしないよね?あ、でも、男だからそれは無いか。
「あまり乗る気はしないが......兄弟なのにそこまでされたってことは、真剣に想ってたんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「つまり、相手の真剣な気持ちには兄弟だろうがなんだろうがありのままに返事しろって事だよ」
 やっぱり、中学時代からこいつは一番いい答えをくれる。
 どんな相談にも乗ってくれる。気難しそうで優しいやつなんだ。
「ありがと。お前のその言葉を聞いて、決心がついたよ」
「話はそれだけか?俺は本を読みたい」
「あぁ、相談乗ってくれてサンキュな」
 その言葉の後に柳原の返事はなかった。もう本の世界に入っているのだろう。
 春鷹はもう一度心の中でお礼言い、図書室を出た。
 言わなきゃいけない事がある。
 やらなきゃいけない事がある。
 春鷹は走って家に帰った。
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