現代地獄
地獄の一丁目
わからなかった。
何も。何もわからない。
彼が死んだ場所のすぐ隣は工事の作業がもう1週間も止まっている場所で上から急に鉄骨が落ちて来たのだ。
その時誰かが工事現場に入っていた形跡はなく、たまたま上の鉄骨が止めてあったネジが緩まっていたという事で今回の事を警察では不幸な事故として片付けられた。
僕は彼が死んだ時の状況を確認したいと言う警察の人達に連れられ警察署に来ていた。
僕はその時は頭の中が真っ白で何も考えられなかったが時間をかけて警察に今回の事柄を話した。
だがあの事は言えなかった。
彼がつぶやいていた言葉。
「最初は地獄の一丁目。」
「つぎは孤独の二丁目。」
「それから絶望三丁目。」
「そして最後は四丁目。」
あれはどういう意味なのか?
どうしてそんな事を彼はつぶやいていたのか?
頭が真っ白で何も考えられない。
彼に聞きたい。
でも聞けない。
彼は死んでしまった。
僕のすぐ近くで。
僕の目の前で。
死んでいた。
目の前で死んだ。
死んだ。
「どうしてですか!」
その時急に大きな声がした。
「どうして息子は、そんな所に!どうして!どうしてあの子が死ぬんですか!」
聞いた事のある声だ。
でも一度も聞いたことの無いような声でその人は叫んでいた。
彼のお母さんだ。
「どうして!どうして息子が死ななくちゃいけないんですか!どうして!ねえ!どうしてよ!」
「お母さん落ち着いて下さい。まずは冷静に…」
「冷静になって息子が帰って来るなら!こんなに!こんなに…ああああああああぁ」
「落ち着いて下さい。」
「返してよ!息子を返して!」
僕は思わず耳を塞いで俯いた。
聞いていられなかった。
あまりにもそれは僕の胸に突き刺さるもので僕は何故か自分が彼を殺してしまったような気になってきてしまった。
そんな気がした。
その時また彼の最後言葉が蘇る。
頭の中で繰り返される。
「最初は地獄の一丁目。」
「つぎは孤独の二丁目。」
「それから絶望三丁目。」
「そして最後は四丁目。」
やめてくれ…お願いだ…やめてくれ…怖い…聞きたくない…怖い…嫌だ…怖い…怖い…怖い…聞きたくない…怖い…やめて…怖い…怖い…お願いだから…もう…やめてくれ……
「大丈夫?顔色がすごい悪いね。少し横になるかい?」
僕はハッとした。
僕は、ゆっくりと顔を上げて声の主の方をみた。
事情聴取を僕にしていた刑事の人だ。
「………大丈夫…です。」
「本当に?無理はしないでね。仕方ない事だよ。急に目の前で友人が死んでしまったんだ。でも自分を責めないでね。君は悪くない。何にも悪くないんだ。」
「…はい。」
悪くない。
僕は悪くない。
刑事の人は僕にそう言った。
本当に?
直接じゃなくても僕は彼を殺してしまったかもしれないのに?
だってあの時もっと早く連れて帰ってくればもしかすると彼は死なずに済んだかもしれないのに。
彼を無理やり引っ張ってなければ少なくとも鉄骨が胸に刺さって死なずに済んだかもしれないのに。
僕がもっと彼のことを見てればこんな事にはならなかったかもしれないのに。
本当に僕が殺してないと言えるのだろうか?
……
……わからない。
何もわからない。
考えたくない。
考えてももう彼は戻ってこない。
その時、ドタンと大きな音を立てて僕のいる取調べ室の扉が開いた。
「お母さんダメですよ!まだ取調べ中!」
ねえ!あなたあの子と一緒だったんでしょ!何であなたじゃなくてあの子が死んだのよ!ねえ!あなたが殺したの!あなたがあんな所に連れて行かなければ!」
「落ち着いて下さい!ダメだ!とりあえず落ち着くまで押さえて!お母さん!まだダメですよ!取調べ中ですから!」
「……僕は…ただ…。」
「許さない!絶対に許さない!あなただけは絶対に!」
僕は…
「落ち着いて!早く無理にでも出して!早く!」
僕は…僕は…
僕は彼を殺した。
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