異世界仙人譚

島地 雷夢

第26話

「おー、みやみや朝帰りか」「捨て置けないねぇ」「で、どうだったんだぃ?」 ぼろぼろの状態で蓬莱に戻ると、ホウロウ、コウライ、シンヨウがにやつきながら出迎えて来た。「まぁ、おつかれさん」 俺を見捨てたキントウは労うように俺の肩に手を置く。 あの後、俺は同級生達と真夜中の逃○中を繰り広げた。夜の海岸と言う事で海の中からの奇襲にはびっくりしたし、砂浜に出ると落とし穴が掘られてたり、砂の中からこんにちはしてきたりでお前らどんだけ俺を処刑したいんだ? って戦慄を覚えた。 まぁ、あれも一応俺の事を心配しなくなった反動で何時もより増し増しになっただけだと思われる。…………心配よりも嫉妬心の方が上回っていた気がしないでもない気がしない訳でもないけどさ。 まぁ、兎にも角にも○走中は朝方までかかり、「「「「「仕事があるから今日はこのくらいにしておいてやろう」」」」」と言う上から目線で静かに去って行った。 で、空中に避難してた筋斗雲が降りてきて、乗って蓬莱に戻ってきた次第だ。 ……一睡もしてないから眠い。いや、意識は失ってたけどさ。あれは寝たって事にはならないだろ。「よっし、じゃあ雅。帰ってきて早々だけど最後の材料を貰いに行こうぜぃ」 と、シンヨウが俺の首根っこを掴んでずるずると引き摺り始めたではないか。「あの、ちょっと寝たいんですけど……」「すぐ終わっからその後に寝ろぃ」 訊く耳持たずで、俺は屋敷内へと連れられる。「……で、最後の材料って何なんですか?」「竜の髭だぜぃ」「…………は?」 竜の、髭?「何ですか?」「だから、竜の髭だって。ちょいと仙薬の吸収を助ける為の触媒として貰うのさ」「触媒、ですか?」「おぅ。ドラゴンってのは、毒耐性が高いんだ。ほら、毒と薬は紙一重って言うだろ? だからドラゴンは薬にも耐性持っちまってんだ」「そうなんですか」 初めて知ったよ、そんな事。そうか、ドラゴンには薬効きにくい……と言うよりも殆ど効かないのか。「人型になる為の薬も、当然耐性持っちまってんだ。だから、その耐性をすり抜けられるように竜の髭が必要なんだよ。竜の髭には薬に吸収を助ける効果があっからよ。他にも吸収を助ける触媒があんだけどよ、ドラゴンの場合は竜の髭以外の触媒使ってもあんま意味ないんだわ」「はぁ。成程」 耐性が高すぎるのも困りものだな。「つー訳で、今から竜に会いに行くからな」「了解」 にしても、ドラゴンの次は竜か。ファンタジー世界を代表すると言っても過言でもない二柱にこうも立て続けに会えるとは思いもしなかったなぁ。 ……って、何で竜に会うのに屋敷の中を突き進んでるんだ?「ねぇ、シンヨウ。俺達今から竜に会いに行くんですよね?」「そう言ったろ?」「だったら、何で屋敷の中を進んでるんですか?」「そりゃ、お前。屋敷に竜がいるからに決まってんだろ」「……………………」 今、何と言った?「ワンモアプリーズ?」「リュウリブズインアワハウス」「センキュー」 何故か英語での会話となったが、竜はこの屋敷内にいるようだ。 へぇ、ふぅん。そっかそっか。成程成程。「って、ちょっと待てい」「何だよ雅?」 俺はシンヨウの手を払って自由を得て、立ち上がってツッコミを入れる。「いやいや、冗談はよして下さいよ。屋敷にいるんだったら、どうして俺は一度もあってないんですか?」 ここに来て一年以上経つ。当然、この屋敷の説明を受ける際に全部の部屋を回った。なので、その時に竜に出遭わなかったのは可笑しいだろ。もし、丁度その時に竜が出掛けていたとなれば話は変わって来るけど、恐らくドラゴンに匹敵する程の巨体を誇る生物が戻ってくる際に気付かないのは有り得なくないか? あと、仙気を放出して気配もある程度感知出来るようにもなったし、それに反応が全く無かったってのも可笑しい。竜くらいなら巨大な仙気の塊として反応しても可笑しくないのに。 と言う俺の疑問をシンヨウにぶつけてみると、こんな答えが返ってくる。「そりゃ、竜は姿変えてるからな。気付かねぇって」 ……何ですと? 姿を変えてる? それって常に仙術【変化へんげ】を使ってるって事か? 仙術の中でも最高に難易度の高い術が【変化】だ。ドラゴンが人型やその中間の状態になるのに似てるけど、自分のイメージしたものになれると言う点で異なる。 簡単に言えば、ヤカンになりたいと思えばヤカンになれるし、腕時計になりたいと思えば腕時計にもなれる。性別、外見年齢、身長、体重、種族はおろか有機物や無機物関係なく自在に姿を変えられるのだ。 ただし、【変化】を維持するには莫大な量の仙気が必要となり、更に緻密な仙気のコントロールを絶え間なく行わなくてはならない。あと、常に自分が変化している姿をイメージし続けなくてはいけない。その為、少しでも気を散らしてしまったが最後、イメージや仙気のコントロールが途切れて【変化】は簡単に解けてしまう。 なので、仙人達もあまり長い事【変化】は出来ない。一番長いのでコウライの十二分。次にホウロウの五分、キントウの三分にシンヨウの二分と続く。俺はそもそも仙気量が足りないので術自体が発動出来ない状態だ。「因みに、竜はずっと変化していられるからな」 シンヨウの爆弾発言に、俺は口をあんぐり開ける。 竜って、かなりハイスペックな存在なんだな。改めて、そう思った。「因みに、何に変化してるんですか?」「それは見てのお楽しみって事だぜぃ」 教えて貰えず、シンヨウに改めて首根っこを掴まれて廊下をずるずると引き摺られていく。 で、連れてこられたのは何時も酒盛りをしている大広間。 そこの中央に、一羽佇んでいた。 あれは……見覚えがあり過ぎる。 翼を広げれば三メートル以上になる、丸いサングラスを掛けた人間大の大鷲野郎だ。 毎度毎度、俺を上空から落としてフライハイさせて来る野郎じゃないか。「ヤーヤー、ひさびさだね雅」 ハッハッハッとアメリカンチックな軽快な笑いをしながら大鷲野郎は片翼を上げる。「……そだな」 俺は半眼で大鷲野郎を見据える。 この大鷲野郎、普通に人語喋れるんだよな。熊さんや狼達は喋れないのに、こいつだけは普通に喋れる。熊さんは喋れない分身振り手振りでアドバイスしてくれて、狼達もスキンシップは身体全体で表現してる。 けど、こいつだけは言葉を交わす方法を取ってる。俺をがっしり捕まえて空高く飛ぶ時とか雑談吹っかけて来るし。 このタイミングで、大鷲野郎が大広間にいる。 それが意味する事は一つだ。「よぅ、事情は知ってると思うから、早速髭を貰ってもいいかい?」「オーケーオーケー」 そう言うと、大鷲はぼふんと煙に包まれる。煙は大広間を見たし、視界が遮られる。 そして、目の前に圧倒的な気配が現れる。一陣の風が吹き荒び、煙が一気に晴れる。「ヤーヤー、ひさびさにこの姿に戻ったよ」 大鷲がいた場所には、とぐろを巻いた竜が一体。やっぱり、大鷲野郎が竜だったか。 翡翠色の鱗に覆われ、黄金色の鬣をなびかせ、長い髭を垂らし、立派な角を生やしている。手には丸い珠が握られていて、指の数は五本。 まさに、竜と言える風体をしている。 …………ただ。「オーオー、雅、僕の真の姿に驚いた?」 威厳もへったくれもない話し方に、丸いサングラスを掛けているので気迫なんて感じられない。 ただただ、おちゃらけた奴っていう印象しか浮かんでこない。 何だろう、ドラゴンを初めて見た時と同種の感動が全く浮かび上がってこない。 それの代わりに、これじゃない感から来るがっかり感が湧き上ってきているけどさ。

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