異世界仙人譚

島地 雷夢

第12話

 モルンボとの戦いは、死闘だった。 あいつは、あの蠢く触手のような根っこで縦横無尽に森の中を移動し、死角から俺達に息を吹きかけて来ようとしたり根っこで捉えようとしてきた。 しかも、あいつの素早さは見かけに反してかなり速く、仙気による身体強化をもってしても今の俺ではとても追いつく事が出来ない程だ。出来る事と言えば、精々攻撃を紙一重で避け続けて、隙を見てミンユウソウで突くくらいだ。 辛くも避け続け、息を吹きつけられればすぐさま呼吸を止め、何度もミンユウソウで突きまくった。 ホウロウは涼しい顔して最小限の動きで避け続け、時折俺を引き寄せて根っこから助けてくれたりしながら何度も何度もミンユウソウで突いた。 何十発突いたか分からなかった。早く、早く眠れと祈りながらもう死にもの狂いで突きまくった。 その甲斐あってか、モルンボは現在ぐっすりと眠ってくれている。「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 肩で盛大に息を吐き、ミンユウソウを地面に突き立て杖のようにして体を支える。 正直、何度ベビーシッターを覚悟した事か。まぁ、ホウロウがいたからその心配はなかったけど、攻撃してくるモルンボの目が『ゼッタイ ニガサナイ』と訴えていたのが恐怖心を煽ってきた。 けど、今はもうその心配はいらない。モルンボは一つだけある眼を固く閉じてぐっすりといびきかいて眠っている。ありがとう、ミンユウソウ。お前の御蔭で無力化する事が出来たよ。 因みに、他にも毒とか麻痺とかで動きを止める事も出来たし、殺す事によっても沈黙させる方法は勿論あった。しかし、それを敢えてしない明確な理由が存在していた。 まず、モルンボは見た目に反してデリケートな気質らしく、毒や麻痺状態になってしまったら樹液の成分が変化してしまうらしい。己が生き残る為に樹液を解毒作用のある物質に変換し、己の症状を緩和するそうな。 モルンボ自体に抗体はあまり存在していないが、どのような成分の毒でも僅かな時間で解毒物質を生み出して自らを治療をする。ある意味で病気知らずな生物だけど、一度解毒作用のある樹液に変わると、数週間は変化する前の樹液が発生しなくなるそうだ。 この変化した樹液も勿論解毒剤を作る際に重宝されるけど、今回の仙薬には適さない。素の樹液の成分が欲しいので、毒や麻痺に頼らずに眠らせて無力化する必要があった訳だ。 そして、殺した場合は樹液は解毒作用のあるものではなく、猛毒へと変化してしまう。モルンボが死ぬ事と、身体のある組織が瞬時に崩壊し、それが樹液と合わさる事によって猛毒に変わってしまうそうだ。一応。素の樹液にある物質を加える事によっても同様の猛毒が出来上がるので、取り扱いには充分注意が必要との事。 で、モルンボは以前に毒や麻痺を受けておらず、素の樹液を生み出しているのでそれらの心配はいらない。「じゃあ、樹液を採取しようか」 ホウロウはバッグから空き瓶を取り出すと、モルンボの口元に置く。常時垂れ流し状態の樹液が空き瓶へと注がれ、ほどなく満タンになる。 満タンになると新たな空き瓶をセットし、回収した瓶に蓋をしてバッグに戻す作業を五回程して終了となる。 樹液を採取し終えると、ホウロウは筋斗雲を呼び、俺達は次の材料を取りに行く為に飛び立つ。「次は何処に行くんですか?」「次はね、エルフの所だよ」「え、エルフ?」「うん、エルフ」 エルフ。仙人と同じように寿命を持たない生き物。老化もかなり遅く、仙人に似ているが生まれた時から寿命を持たないと言う点で異なる。仙気ではなく魔力を内包するエルフは最初から長寿の生命体としてこの世界に存在している。 同様に、寿命を持たない生き物は他に吸血鬼が存在する。ただ、吸血鬼の場合は血を飲み続けなければ急激な老化に見舞われ、老衰して命を散らしてしまう事があるとか。 エルフや仙人は何か特定のものを摂取し続けなければ生きていけない身体にはなっていない。何かしら食べて空腹を満たしていれば、うんと長生きする。ただ、仙人の場合は動物系の食べ物は物凄い腹痛の原因になるけど。反面、エルフは特にそう言った制限が存在しない。野菜だろうが果物だろうが、肉だろうが卵だろうが魚だろうが食べても腹痛に見舞われない。まぁ、流石に腐りかけや毒持ってる奴を食べればその限りじゃないけど。 そして、エルフは基本的にあまり他種族と出逢う事はない。それは他の種族が嫌いと言う訳ではなく、彼等が住処にしている森の中からほとんど出ない事が起因している。森から出ずとも不便なく生活出来ると言うのが一番の理由だとかなんとか。エルフの住まう森さえ知っていれば、こちらから会いに行く事が出来、追い返される事は殆ど無いらしい。 まぁ、時折外の世界に関心を持つエルフもいて、そういったエルフが森から出て行ってあちこちを旅してたりする。仙人達の間では流離いエルフって呼ばれてるそうな。 あと、あまり攻撃的でもない。基本的に温厚で、滅多な事では怒らないそうな。よく小説とかではプライドが高く傲慢に描かれる事が多いけど、ここではそうじゃないらしい。 でも、怒ると手におえないくらいにヤバい存在と化すそうな。特に、自分達や住んでいる森に危害を加えようとすれば、即座に殲滅隊が赴いて塵の一つも残さずに滅せられるとか。結構物騒な人達でもある。 兎に角、礼儀をわきまえてさえいれば、エルフは危険な存在じゃない。こちらが歩み寄ればあちらも歩み寄ってくれる。そんな存在だ。 で、これからファンタジー世界を代表する種族に会えると思うと、わくわくが止まらなくなる。やっぱり、皆美形で金髪碧眼、そして耳が長いんだろうか? そこら辺は仙人から全く訊かされてないから今は想像するしかない。「材料って、エルフの住処にあるんですか?」「と言うか、エルフ自体が持ってるって言った方がいいかな」「エルフ自体が?」「そう。次に取るのはエルフの涙だよ。まぁ、取るって言うよりも貰うって言った方が正しい表現だけどね」「エルフの涙、ですか」 それは、何ともロマンチック(?)な材料だろうか。もしかして、これで醜悪な怪物の唾液もとい樹液成分を精神的に緩和してる、とか?「ただねぇ、一つ問題があって」「問題?」「エルフって、殆ど涙流さないんだよ。欠伸しても涙でないし、悲しい事があっても、寂しくなっても涙流さないんだ。あ、あまりに痛い時は流石に出るけどね」「……まさか、今からエルフの住処に」「殴り込みにはいかないからね?」「ですよね」 流石にエルフを痛めつけて涙をゲット、なんて外道な方法で入手はしないようだ。酒の席では理性は凧に括りつけて空の遥か彼方まで飛ばしてしまう仙人だけど、それ以外はやはり常識人だ。「でも、だったらどうやってエルフから涙を貰うんですか?」「それは、当然これを使う」 と、ホウロウはバッグからあるものを取り出す。 それは宝貝…………ではなく、酒瓶だ。しかも、未開封で度数が結構高いとラベルに記載されている。「エルフは爆笑すると涙が出る。けど、脇をくすぐったり漫才をしたぐらいじゃ爆笑してくれないのさ」「はぁ、で、それと酒が何の関係が?」「酒を飲み始めてまだ一年も経ってないみやみやには分からないだろうけどね。酒には凄い力があるんだよ?」「いや、分かってますよ? 人の理性を彼方に吹っ飛ばすほどの力が存在している事と、依存性が高い事くらいは」 実際、もう毎日浴びるほど飲んでしまってるし、隙あらば酒を連想するようになってしまった…………確実に仙人側に足を一歩踏み出してしまってるよ、俺は。「それが分かってるなら、エルフ達に何をしようとしてるのか想像出来るよね?」「まさか……」 そう、とホウロウは右手でサムズアップをし、眩いばかりの笑顔を俺に向ける。「酒を飲ませて笑いやすくすればいいのさ。ほら、高揚感で笑いの沸点低くなるし、それに笑い上戸って人もいるしさ」「……やっぱり」「あ、ちゃんと酒が駄目な人には飲ませないし、無理強いはしないからね。エルフは俺達と違って浴びるほど飲んだらアルコール中毒になっちゃうし」「……今までもそうやって涙ゲットして来たんですか?」「らしいよ。俺もこれでまだ二回目何だけどね。向こうも気分良く涙流せるからかなりいい手段だよ」 と、ホウロウは酒瓶をバッグに仕舞う。 …………本当に、大丈夫なんだろうか? ちょっと、不安になってきた。

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