喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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【カーバンクルの宝珠】を渡して欲しい、か。怪盗はカーバンクルの為に奮闘した、だからこいつを死の危機に追いやるなんてあんな外道と同じような目に遭わせないとは分かる。 盗む理由も、今となってはあの偽者から守る為だと理解出来る。だから、俺としては渡してもいいと思ってる。けど、怪盗はまだ何か隠している気がする。 それとなく怪盗の顔――仮面をじっと見ていると、怪盗は頭を掻き、一言。「……君達には、本当の事を話してもいいかな」 どうやら、こちらが問い掛けずとも語ってくれるようだ。俺達は怪盗の言葉に耳を傾ける。「僕はね、確かに博物館とかで盗みをしてる。けど、それはある物に限定してだけどね」 ある物に限定、か。それはひょっとしなくても……。「大方の予想通り、それだよ」 怪盗は俺の持つ【カーバンクルの宝珠】を指差す。やっぱり、召喚具か。いや、召喚具の素か。以前ローズがカーバンクルを喚んだ時は召喚具が見えなかったけど、アーマーの内側からの光はこれよりも小さかったからな。これをどうにか加工すれば召喚具になるんだろう。「けど、僕はあいつとは違って、召喚獣を利用しようなんて思ってはいない。僕は、ただ召喚獣を仲間の下に戻したいだけなんだ」「仲間の下?」「あぁ」 俺達は疑問符を頭に浮かべていると、怪盗は構わずに言葉を続ける。「召喚獣は、かつてこの世に存在していた生き物だ。けど、何が原因かは分からないけど既に殆どが姿を消した」 けど、と一拍置いて怪盗は【カーバンクルの宝珠】に視線を向ける。「ほんの僅かだけが、こうして現存している。ただ、それは休眠状態として召喚具のような形として、ね。巷では召喚具の素、とも言われている。けど、正確にはそうじゃないんだ」 召喚具の素は、実は休眠状態の召喚獣だったのか。つまり、無の幻人を倒して手に入れた【幻人の塊】もドッペルゲンガーの休眠状態だった、と。だとしたら、あの幻人はどういった存在なんだ? そして【幻人の塊】の説明文にはきっちり『加工すれば召喚具となる』って書いてあったんだけど? 休眠状態を加工しちゃうってどういう事だよ? 新たな疑問が浮かんでしまったが、これに関しては何時か説明を受ける日が来る、か? 来ると願うしかないな。「休眠中の召喚獣はその形から、骨董屋や博物館と言った場所に持ち込まれるんだ。骨董屋にある場合は買い取る事が出来るからいいんだけど、博物館においてはおいそれと事情を話したって、信用しちゃもらえない。だから、強硬手段を取るしかなかったんだ」 怪盗は困ったようにに肩を竦める。確かに、いきなり休眠状態の召喚獣宝譲ってほしい、何て言っても信じて貰えないだろう。下手をすれば、あの偽者のような奴に狙われやすくなってしまう可能性もあったかもな。「こちらの勝手で展示品の一つを盗む形になってしまうからね。せめて出来る限り他の損害は無くそうと努力してるよ。それに関しては、眠らせる時間は短いけどドリットの催眠音波に助けられてるね」 ここで一つ謎が氷解した。成程、そう言った理由で誰も傷付けずに盗みを働いてたのか。なら、俺がここまで訊いて少し疑問に思った事も訊いておこうか。「予告状を送っていたのは?」「人が集中しやすくなるからね。その際に一斉に眠らせる事が出来るから毎回出してるよ。時たま、君達のように音波が効かない人も出て来るから、そう言った人を早期に視界に入れやすくする為ってのもあるけどね」 と乾いた笑いを上げる怪盗。そういう理由があったのか。 全ては召喚獣を奪取する為に必要な事だった、と …………でも、待てよ? そうなると説明出来ない事が一つある。「なら、あの時は?」「あの時?」「お前を追い掛けた時だ。あのまま約束を守らずに持ち去っていればよかっただろ」「……あぁ、それか」 あの時、約束を守らなければ。更に言えばゲームをしようと提案しなければ【カーバンクルの宝珠】は既に怪盗の手の内だった筈。なのに、わざわざゲームをして、負けたら約束通りに手放した。メタ的に言えばチェインクエストを最後までやらせる為の措置だけど、怪盗にとってはちゃんとした理由はあったのか?「僕は、約束は絶対に守る。それは前にも言ったね。それ以外にも勿論理由がある」 怪盗は改めて【カーバンクルの宝珠】に目をやる。「カーバンクルがね。頼んできたんだ」「カーバンクルが?」「そう。休眠状態といっても、意識は残ってるんだ。その姿を自力で元に戻せないだけで、意識ははっきりしてる」 そうなのか。でも、なら休眠と言う表現は間違っている気がするんだが。まぁ、ここらは気にしない方がいいか?「で、何て頼んだんだ?」「もう少しだけ、この世界の空気に触れていたいってね」 一呼吸置き、怪盗は続ける。「僕のアジトで窮屈な思いをするよりは、まだ人が来る博物館にいた方がいいかもって思ってさ。でもあいつが何時来るか分からないから、承諾は出来かねたんだ。そこで、僕がいなくてもあいつに対抗出来そうな人が近くにいれば少なくとも危険度は下がると思ってね。それを見極める為にも、あのゲームを持ちかけたんだ」 そうだったのか。が、そこでも一つ疑問が。「ただ追い掛けて捕まえるだけで、よくそう判断出来るな?」「それだけ速ければ、最悪宝珠を持って逃げる事が出来ると踏んだんだ。……まぁ、今回は君達よりも早くあいつが手にしてしまったんだけどね。……さて、改めて聞くよ?」 怪盗は背筋を伸ばし、俺達を順に見る。「その宝珠を――カーバンクルを僕に渡してくれないか?」 そして、怪盗は真摯に頭を下げる。 俺はサクラ達に一度目配せをしてから、怪盗の手を掴んで、【カーバンクルの宝珠】を握らせる。怪盗は顔を上げ、【カーバンクルの宝珠】を両手で持ち直して、改めて俺達に頭を下げる。「ありがとう」「でも、どうやって仲間も下に戻すんだ? 殆どが消えたって言ったよな?」「その点は問題ないよ。この子は過去へと向かわせるからね」「過去に?」 そんな事が出来るのか? と疑問に思ってると怪盗は胸を張る。「そう。僕の一族は特別な魔法を扱う事が出来るんだ。君達も、その一端をさっき見た筈だよ」 さっき見た? 何を見たか? と腕を組んで記憶を掘り起こす。「……もしかして、あの展示品を元の位置に戻す時に使った奴か?」 怪盗は俺の言葉に首肯する。「時間を遡る魔法。それで展示品の配置を戻したんだ。今回は、カーバンクルを仲間がまだ沢山いる過去に飛ばす事になるね」 そんな事まで出来るのか。流石は魔法と言うべきか。「さて、外に出てこの子を過去に飛ばそう」 怪盗はそう言うと展示エリアから出て行く。流石にここはもう封印陣が展開しているから魔法が使えない。過去に送るならここから出ないといけない。俺達は怪盗の後を追って、博物館から出て、近くの路地裏に入る。「じゃあ、行くよ」 路地裏で怪盗は右手に【カーバンクルの宝珠】を持ち、魔法を唱え始める。それは展示品を元の場所に直した時よりも長く、最初はよく分からない言葉で何を言っているか分からなかった。しかし、最後の方は俺達が使う魔法と同じ詠唱に変わったので訊き取る事が出来た。「……時よ、我が言葉により形を成し、時の壁を乗り越え彼の者を過去へと遡らせよ。【タイムリバース】」 現れた魔法陣が【カーバンクルの宝珠】を包み込み、光となって消えた。怪盗の魔法【タイムリバース】によって【カーバンクルの宝珠】は過去へと向かったんだろう。 そして、【カーバンクルの宝珠】のあった場所に光が浮かび、怪盗の手に紅い宝石が四つ落ちてくる。紅い宝石の形は【カーバンクルの宝珠】に似ているけど、大きさは四分の一くらいだ。「……さて、この召喚具は君達の物だ。カーバンクルが助けてくれたお礼にと。何か困った事があれば喚んでくれって。時を越えて駆けつけるってさ」 そう言って、怪盗は紅の珠を俺達に渡してくる。
『【宝獣の紅珠】を手に入れた。 これにより、召喚獣【カーバンクル】を召喚する事が可能になりました。』
 受け取るとウィンドウが表示され、【宝獣の紅珠】は光となって俺の中に消えた。サクラも同様だったが、アケビとツバキは鎖に繋がれた状態で首に掛けられるように再度現れた。 これで、カーバンクルが俺達の仲間になった。

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