喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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「結局さぁ」「ん?」「どうなんだよ?」 昼休み。机を合わせて椿と昼飯を食っていると、頬杖をついた椿が突然そんな事を言ってくる。「どうって?」「いやさ、目を隠さなくなってからSTOで動きよくなったのかよって事」「その事か」 箸でつまんでいた卵焼きを口の中に頬り投げ、咀嚼する。もう口元まで上げていたから今更弁当箱に置き直すのもどうかと思って普通に食べた次第だ。きっちり味わってから呑み込み、椿の問いに対する回答を言う。「正直言って、変わらないな」 現実世界で前髪がかからないようにしても、STOでは何の影響もない。椿の姉であるローズもとい野梨子に言われて気が付いた自分の癖。それを直そうと努力はした。 実際、スビティーのレベル上げの為にモンスターを倒していった際に気を付けてみたものの、客観視している訳じゃないので自分の動きの全体像が見えない。そしてある意味で染み付いてしまった動きに違和感が持てなくなってしまっていたが故にどう動けばいいか分からなかった。 結局、意識して動くよりも自然と動いた方が効率がよかった。第三者からきちんと指導を受けて矯正しないとこればかりは駄目だと思うな。 ただ、矯正して現実の生活の影響が出てしまったら、大変なんだよな。それを踏まえると、折角忠告してくれたのだがあまり気にしなくてもいいのかもしれない。 そう独りで考えながらまた卵焼きを一切れ口に放り込む。何時もは俺が弁当を作るが、どうしてだか母が早起きして弁当を拵えていた。どうしてと訊くと「無性に作りたくなったから作った。だから、はい」と手渡された。 俺用の二段弁当箱の下段には白飯、上段ににほうれん草の胡麻和え、甘い卵焼き、アスパラガスをベーコンで巻いたやつ、里芋の煮付け、金平ごぼう、オレンジが敷き詰められていた。 味はやはり俺が作るものより旨い。家に帰ったらきちんと感想を述べよう。特にこの卵焼きだが、黄身と白身が完全に混ぜ合わさっていて、ふわっとしていて口当たりがいい。そして甘味は砂糖じゃなくて蜂蜜によるものだ。この頃蜂に何かと縁があるなとは思うが、これはただの偶然だろうな。母にはSTOでの出来事を言ってないし。「意味なかったのか」 俺の回答を訊いた椿は購買部で買ったチョコチップメロンパンを頬張りながら頬杖をついていた手でヘアピンで留められた俺の前髪を弄り始める。「俺の髪で遊ぶな」「いいじゃん別に」「よくない」 流石に食事の最中にそんな事されるのは気に障る。なので椿の手を払い除ける。その際にヘアピンが外れて以前のように前髪が垂れる。「何でだ? 普通ならたった数日だけでも変わると思うんだ。ほら、人間の適応能力って言う奴が働いてさ」「知るか」 やや眉根を寄せる椿の言葉を一蹴して白飯を口に含む。ただまぁ、適応能力ってのはあると思うが、今回に限ってそれはない。「と言うか、最初に言ったろ。変わらないと思うって」「確かに言ってたけどさぁ」 それでも納得がいかないとばかりに渋面を作り、メロンパンに齧り付く椿。「そもそも、何で椿が俺以上に気にしてんだよ?」「ん? あぁ、それはな」 残りのメロンパンを一気に口に入れ、咀嚼して呑み込み椿は一言。「特に理由はないな」「ないのかよ」 予想しなかった答えに肩を落としながらも里芋に箸を伸ばす。「じゃあ、もうこの話はいいだろ」「そだな。じゃあ話題変更ー」 わざわざ口に出しながら椿は二個目のチョコチップメロンパンの袋を裂く。そして俺は椿が新たな話題を口にする前に気になっている事を先に言葉に出す。「今更ながら言うが、もう少しバランス考えて買ってこいよ。チョコチップのメロンパン二つに苺牛乳って偏り過ぎだ。カロリーは充分だと思うが」 椿の目の前には中身のなくなったメロンパンの袋が一つとパックの苺牛乳。手には袋を裂いたばかりのメロンパン。それだけ。野菜無し。肉無し。魚も無し。果物は……一応苺牛乳か? ただ、この苺牛乳に実物の苺が使われている保証が何処にもない。それに、カテゴリとしては果物じゃなくて野菜だった筈……って言うのはどうでもいいか。「いいじゃねぇか。俺これ好きなんだし」「いや、好き嫌いとかじゃなくて」 これが一人暮らしによる弊害だろうか? 今更ながら朝と夜はちゃんとしたのを食べてるのだろうか? 不安になってくる。なので訊く事にした。「お前、朝は何食ってきてる?」「焼いたトーストにジャム塗ったくった奴」「だけか? マーガリンとかバターは塗らないのか?」「塗らねぇな。あとコーンスープだな。あの袋に入ってる奴をお湯で溶かして飲んでる」 ……まぁ、朝だからそこまで多く食べなくてもいいかもしれないが、サラダくらいは作ってもいいと思う。「……夜は?」「適当に野菜を炒めた奴とか、肉炒めた奴とか、カレーとか肉じゃがとか作り置き出来る奴」「作った奴を朝にも食えよ。もしくは弁当にして持って来いよ」 流石に突っ込みを入れた。夜はきちんと野菜を食べている……と思うが、それを昼の弁当に持ってくるだけでも結構変わってくる筈だ。少なくとも、菓子パンだけ食べるよりはいいと思う。菓子パン自体を否定する訳じゃないが。「桜花、カレーなんて弁当に持ってきたら臭いテロになるだろうが」「それ、あそこにいる寛太にも言えるのか? あいつ普通に購買部で買ってきたカレーここで食ってるぞ?」 椿の一言にきっちりと反応して椿の後方を指差す。同級生である佐藤寛太が級友と談笑しながらスプーンでカレーをすくって口に運んでいる姿がそこにある。 振り返ってその光景を目に焼き付けた椿は首を戻しながら俺に一言。「いや、通学中に零れでもしたら、周りに大顰蹙ひんしゅくもんだろ?」「自転車通学のお前がそれを言うか?」「自転車通学だからこそだよ。デコボコ道に乗り上げて前籠に入れた鞄が揺さぶられ、その影響で中に入れてた弁当箱の蓋がずれてカレーが零れたと仮定しよう。そんな鞄を机の横にずっとかけてたら、休み時間も授業中もずっとカレーの匂いがプンプンと醸し出されるぞ?」「そもそも、零れないような魔法瓶とかに入れてけばいいだろ。と言うか、別にカレーって限定してないだろ。前の日に残ったおかずを弁当にするだけでもいいって言ってんだが」「そこまですんのは面倒」「本音が出たな」 結局はそれなんだろうな、とはうすうす勘づいていたが。何せ菓子作りはした事あると言っていたが混ぜて焼くだけの洋菓子だけ、とイベントの時言っていた。凝ったのは作っていない。手間は掛かっていると思うがそれでも他の菓子に比べればないにも等しいと思う。 ざっくばらんに言えば混ぜて型に入れて焼いて焦げないように見張るだけのしか椿は作っていない。チーズケーキも特に難しい行程は必要としないしな。ミキサーに材料全部ブチ込んで混ぜたのを型に流して焼くだけでいい感じのが作れる訳だし。「一人暮らしになるから料理に慣れる為にSTOで【初級料理】を習得した奴の言う事か?」「うるせ。料理自体は嫌いじゃねぇけど出来ればあんまりやりたくねぇんだよ。後片付け含めて面倒だし」 椿は渋面を作りながら乱暴にメロンパンを齧っていく。まぁ、確かに人によっては料理は面倒だと思うだろう。と言うか、もしかしたら大多数はそうかもしれない。 俺や母みたいに料理するのが面倒じゃないって言う人は少数派なのだろうか? 母に至っては趣味の領域になっていて料理し始めれば妥協は一切なし、俺は両親の負担を少しでも減らしたいのとその日の疲れを癒したいが為に料理しているからな。ただ、自分の分だけの時はインスタントラーメンとか簡単な即席のを作ったりするけど、それでも付け合せに野菜を乗っけたりする手間は掛ける。「じゃあ、料理せずにスーパーの惣菜やコンビニ弁当を買えば」「いいって考えてたよ。最初はな……」 俺の考えた事は既に椿も考えてたようだが、実行していないようだ。どうしてなのかは直ぐに椿の口から語られる。頬杖を突き、やや目を細めながら。「でも、楓がなぁ。俺の親に言われたらしくて一人になった途端ほぼ毎日夜に来んだよ。食材持って」 楓とは椿と一緒にパーティー組んでいるカエデの事で、本名は立町楓。椿曰くこの高校の二年生、だとか。今の所遭遇した事はないがSTOの姿とそう大差ないそうだ。「……」 で、椿の語りに俺は無言で耳を傾ける。「自腹……じゃなくて俺の下に送られてくる食費諸々の生活費とは別に楓に渡されるらしくてさ、いくら幼馴染とは言え他人に金を渡すとはどうかと思うんだよな。まぁ、楓がその金を自分のにするってのは長年付き合ってきて絶対にありえないってのは分かってんだけどさ」「……」「で、楓はと言うと一週間分くらいの食材を冷蔵庫に放り込んでから俺の首根っこを掴んで台所に立たせんだよ。で、仕舞った食材を取り出してレッツクッキングタイム。横に一緒に並んで作らされんの」「……」「流石に面倒とは言えねぇからな。楓が補佐する形で俺が主体に料理するのがこの頃の日課になってんだよ。で、楓は料理し終えると一緒に飯食って、後片付けも一緒にやってから帰って行くんだよな」 カレーと肉じゃが作った次の日は来ねぇけど、と長い椿の一人語りが終わり、俺は一言感想を呟く。「つまり、通い妻になってるのか。楓は」「ざっくばらんに言うとそうなるけど、あくまで一緒に料理するだけで、しかも俺にも強要してくるからな?」「お前、自分がどれだけ恵まれてるか分かってるか?」 そこまでしてくれる幼馴染って貴重過ぎると思うんだが。あそこにいる寛太が訊いたら「惚気話なんかほざいてんじゃねぇ! ラブコメの主人公かこの野郎!」って息を荒げそうだよな。 と言うか、楓の行動からして椿に好意を持っているような気がしてならないんだけど。幼馴染ってだけでそこまでするのは可笑しいし。まぁ、楓に直接聞かない限りは正解は分からないが訊く事でもないからいいか。「……まぁ、それくらい俺も分かってるよ。一人でするよりも二人で料理した方が楽だしな」 椿がやや目を細めながら答える。恵まれてる事自体は自覚してるみたいだが、ほぼ毎日訪れる楓に対してはどう思っているのやら。ただの幼馴染としか思っていないのか、はたまた特別な感情でも抱いているのか。 それは当人しか分からないし、そこまで踏み込む程俺は無遠慮じゃないので、別の話題へとシフトする事にする。「そう言えば、STOのアップデートは明日の正午までだっけか?」「唐突に話題変えたな。……そうなんだよなぁ。それまでSTOに行けない」 STOのアップデートは今日の正午から始まって、明日の正午になる間での二十四時間はログイン不可になっている。アップデートの内容はスキルアーツや魔法、モンスターの攻撃の調整の他に新要素が追加される。「今回のアップデートだと、確かショートカットウィンドウが追加されるんだったか?」「そう。生命薬とかマナタブレットとか。あと武器も事前にショートカットウィンドウに登録しとけば直ぐに使えるようになるんだとよ」 ショートカットウィンドウ。事前情報によるとスキルアーツや魔法、一部のスキルと同じように自分にしか見えないコマンドウィンドウと同じように念じると出て来るウィンドウで、いちいちメニューを開かなくても直ぐに使用可能になるそうだ。「あと気になるのが東の門が開くんだよな」 今まで北門しか解放されていなかったが、今回のアップデートで対に二つ目の門が解放される。そこから行ける場所はアップデート後のお楽しみとして情報が公開されていない。「どんな場所に繋がってんだろうな?」「さぁな」「俺としては平原って所は変わんねぇと思う訳で」 キーンコーンカーンコーン……。「「あっ」」 話題に花を咲かせようとした所で、チャイムが鳴り響く。そして俺と椿はまだ昼飯を完食していない事に気付く。一応この五分後に授業開始の本チャイムがなるのでまだ猶予があるので俺と椿は飯を口の中にかっ込んでいく。 そんな中でも俺は母の作った料理の味をきちんと味わったので食べるペースは少し遅めで、本チャイムが鳴って五時間目の数学の先生が来る直前に食べ終えた。 ……ギリギリセーフ。



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