喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

42

 昨日は疲れた。思った以上にかなり。 あれから赤と青も芸を披露してリトシーの警戒心を取っ払ってそこからサモレンジャーはリトシーを撫でたりしていた。 ただ、緑だけは芸を披露する事もせず、他人のパートナーと戯れるチームメンバーを見ていただけだったが。その間俺はサクラとアケビに「今日は疲れたからログアウトする」とメッセージを打ち込んでいた。 リトシーが解放され、サモレンジャーの面々は別れの挨拶をすると颯爽と消え去った。普通に歩くのではなく、跳び上がって幹を蹴って行った。それを確認し終えて俺はメッセージを二人に送ってログアウトした。 …………さて、本日はと言えばサクラもアケビもログインしていない。受信していたメッセージ曰く、二人共今日は予定が入っているらしく一日中STOには来れないそうだ。なので、俺とリトシーだけだ。 そして、二人からのメッセージにはアイテムが添付されていた。
『灰鋼の包丁:コンネル鉱石を材料にした包丁。【小刀術】スキルがあれば武器として使用可能。筋力+11 器用+8 耐久度182/182』
『灰鋼のフライパン:コンネル鉱石を材料にしたフライパン。【小槌術】スキルがあれば武器として使用可能。筋力+15 耐久+6 耐久度35/35』
 どうやら、昨日それぞれが作ったようだ。灰鋼の包丁がサクラ、灰鋼のフライパンがアケビからのメッセージに添付されていた。 何でも『武器の方も新調しないと駄目』との事。まぁ、昨日のダヴォルとの戦いやトレンキ狩りの際に攻撃力の無さは分かっていたから純粋にありがたいのだが、それでもやはりタダで貰うのは気が引ける。なので二人に『あとで何か礼をする』と返信をした。 早速、貰った武器を装備してどのような形状化を確認する。 腰に佩かれた包丁とフライパンをそれぞれ手に取ってまじまじと見る。 灰鋼の包丁は今まで使っていた包丁よりも少しだけ刀身が長く、細い。柄は黒く塗られた木に蔦のような紋様が刻み込まれている。刃を収める鞘も柄と同様に黒木で蔦の紋様だ。 灰鋼のフライパンの周りと柄も同じ紋様が彫り込まれている以外は、それまで使っていたものと形状の違いは見受けられない。 これらの金属部分の色は黒に銀を足したようなものだが、光沢が存在しない。金属なら光を反射するのが普通だろうが、どちらかと言えば全て吸収しているかのようにも見える。「……どうするか」 得物を腰に戻し、腕を組んで考える。俺とリトシーだけだからな。取り敢えずクエスト達成の報酬でも手に入れて来るかな。昨日はセレリルを倒した事だし。まずはそうしよう。「行くぞ」「しー」 リトシーを伴って役場へと向かう。今日のSTOの空模様は現実世界と同じで少し雲が多かったが、雨雲と言う訳ではなく日光が遮られる程度のものだ。 役場に辿り着いて中に入り、六つあるうちの一つに並ぶ。今日は流れが速く一分くらいで順番が回ってきた。受付でクエスト達成の旨を伝えて報酬を受け取る。また、新たにアングールの討伐を受けた。「さて、この後どうするか」 役場を後にした俺は腕を組んで軽く考える。今日はパーティーメンバー二人がいないからな。自由に何かが出来る。【AMチェンジ】を習得したのでそのままスキルアーツの再現の練習をしたりしてもいいし、久方振りにあの喫茶店で手伝いをするのもいいかもしれない。あそこならケーキ作りのコツとかも教えて貰えそうだし。「ん?」 と考えていた所にボイスチャットが届いた。相手は……姉貴だった。 俺は直ぐに通話を開始する。「どうし」『今直ぐ北門に来い』 切れた。用件だけ伝えて直ぐに切ったな。いや、用件は全然伝えられてないけど。そして俺の都合もお構いなしに呼びつけただけだが。 ……まぁ、今日は俺とリトシーだけだし、別に構わないか。「行くか」「しー」 リトシーと一緒に北門へと向かって行く。そう言えば、リトシーは姉貴と会うのは初めてだな。あの時はリトシー寝てたし。はてさて、リトシーは姉貴に対して怖がったりしてしまうのだろうか? ……分からん。「来たか」「ぎー」 北門付近に来ると、衛兵の隣で俺の方に真っ直ぐと視線を向けてくる姉貴とパートナーのギーファがいた。「待ったか?」「いや、私も今来た所だ」 姉貴は首を振り、改めて俺の全身を見てくる。「桜花、装備変わったな」「パーティーメンバーからあれは似合わないって言われてな。代わりにこれをだと」「そうか。まぁ、私も正直あれはどうかと思ったがな」 どうやら姉貴もサクラとアケビ同様にあの時の俺の恰好は似合っていなかったと思っていたようだ。何気にギーファも頷いている。「で、何の用だ?」「その前に、だ」 俺の言葉を姉貴が手を前に持ってきて遮る。「リトシーに挨拶させろ。この間はこの子が眠っていたから出来なかった」 姉貴は俺の横にいるリトシーに視線を向ける。まぁ、俺としてもそれは願ったり叶ったりだしな。拒む必要はない。「分かった」 俺は頷き、一歩下がる。リトシーは昨日のサモレンジャーやアケビとの初対面時のように俺の後ろに隠れる事も無く、姉貴の顔をじーっと見ている。そして俺の顔をちらりと見るとまた姉貴の顔を見る。 姉貴はそんなリトシーの所作に気分を害す事も無く、しゃがみ込んで目線を合わせてくる。「初めましてだな。私は君の主人の姉でな。ここではリオカと言う名だ。よろしくな」 そして手を差し出す。リトシーの目は姉貴の顔と手を何回か行き来したが「しーっ」 と元気よく頷いて頭の葉っぱで握手を交わす。「ぎー」 と、横からギーファがのこのこと歩いてリトシーに近づいて行く。「で、こいつは私のパートナーのギーファだ」「ぎー」 ギーファは鋏の片方をリトシーの葉っぱに添えるように出してくる。切るつもりは全然なく、どうやら握手を求めているようだった。「しー」 リトシーは優しく鋏を葉っぱで包んでゆっくりと上下に動かす。 取り敢えず、リトシーは姉貴達に怯えていないようでよかったよ。 …………姉貴の両腕に物凄い大きな金属板が貼り付いているのにな。サモレンジャーとアケビとの違いは一体何なんだろうな? と真剣に考えてしまう。危険度では姉貴の方が数倍上だろうに。 この間会った時には無かった装備だ。半楕円形のそれは銀と赤を基調としている。指をぴんと伸ばしてもその部分を完全に隠せるくらいあり、肘の方も完全に隠し、腕をまっすぐ伸ばせば肩にまで届いてしまう。手で握って固定出来るように金具が取り付けられている他、前腕部にベルトでしっかりと固定されていてちょっとやそっとでは外れる事が無いようになっている。 絶対に籠手ではないし、普通の盾にしてはかなりの大きさだ。所謂、大盾と言った所か。「気になったか?」 と、何時の間にか立ち上がっていた姉貴が俺に訊いてくる。どうやらずっとその金属板に視線を向けて顔でも呆けさせてしまっていたのだろうな。「あぁ」 俺は素直に頷く。「これは私の装備で【カームルの大盾】だ。【大盾術】を持っていなければ装備出来ない」 やはり大盾か。……いや、大盾って二つ同時に装備出来たか? 【初級二刀術】で装備出来るのは武器だけだし、そもそも初級では【小~術】で装備出来る小さな武器だけしか両手に持つ事が出来ないので有り得ない。 と、疑問が表に出ていたようで、姉貴が補足してくれた。「これは二つ装備しているのではなく、二つで一つの防具だ。装備欄にも単体として表示される。が、それ故にこれを装備すると一切の武器は持てなくなるがな」 成程、二つで一つの防具とカウントするのか。まるで双剣と同じような防具だな。双剣も【二刀術】スキルを所持していなくても二振り装備出来る武器だ。その代わり【双剣術】が必要になって来るが。「更に、防御時に腕を合わせるようにして一つの大盾にする事も可能だ。ただ、これをすると防御は上がるが身動きが取れなくなるのが難点だ」「そうか」 となると、姉貴は避けるのではなく相手の攻撃を受け堪えてから反撃する戦闘スタイルなのか? いや、それはないな。だって姉貴は耐久と魔法耐久の数値を捨てている。PvPの時だって避けて攻撃をしていたからな。それに、あの時姉貴は武器は大破したと言っていたが防具は大破したとは言ってなかった。 それが意味する事とはつまり……。「あと、これは武器としても機能するからな。私はそちらをメインにして運用している」 やはり、か。これだけ大きな金属板ならばそれ相応に威力が出る事だろう。まして重さなぞ感じさせないように腕を動かしている姉貴なら特に。「【初級殴術】も習得したからな。攻撃力は更にアップした」 そして更なる火力を身に着けたようだ。で、この大盾を使う攻撃方法は殴るように相手にぶつけるらしい。……俺とのPvP時に【初級殴術】を習得していたら、更に早く決着がついていた事だろうな、とふと思ってしまう。「さて、そろそろ行くぞ」 一通りの説明を終えた姉貴は背を向けて北門から出て行こうとする。「待て。だから俺を呼び出した用件をまだ聞いてないぞ」 俺は慌てて姉貴の前へと出て行く手を阻む。危ない危ない、忘れる所だった。「これからクルルの横穴に行って鉱石を掘る。その際にモンスターの襲撃を受けるから誰かに任せたいと思い、桜花に白羽の矢を立てた。他の知り合いは全員都合が悪くて無理だった」「そうか」 納得した。姉貴の耐久では一撃喰らっただけでも危ないからな、一人くらいはモンスターを相手して姉貴に行かないようにした方がいいだろう。あと、姉貴は【採掘】のスキルを所持しているのか。 それにしてもクルルの横穴、か。まだ行った事無いな。何処にあるのだろう?「行くぞ」「あ、パーティー申請は」「しなくていい」 姉貴はそう言うと俺の手を掴んでクルル平原へと出て行く。シンセの街とクルルの森の丁度中間地点くらいまでは道なりに進んでいたが、そこから道を外れて西に向かって歩き始める。「ぶごぉ」 草むらを歩いているとロッカードが一体現れた。「邪魔だ」 姉貴が一撃で仕留めてしまった。ただ大盾で殴り付けただけで光となって消えるロッカード。吹っ飛ばされる際の目が何処か悲哀に満ちていたのは気のせいだろう。「凄いな」 一撃で仕留めるのを見るのはリース以来だ。あいつ物理攻撃に滅法強そうなのに、姉貴は羽虫を振り払うかのようにして倒してしまったよ。何時の間にここまで強くなったのか。俺には無理だ。「その装備なら、桜花も時間を掛けずに倒せる筈だ」 と、振り返りながら姉貴がそんな事を言ってくる。「本当か?」「あぁ。ロッカードは低レベルで魔法を持っていない奴だと大苦戦するが、所詮は序盤のモンスターだ」 と言っているとまたロッカードが現れた。「ぶごぉ」「ほら、試しにやってみろ」 と姉貴はギーファと共に後ろに下がり、ついでにリトシーを抱える。どうやらリトシーの支援なしで戦えという事なのだろう。 ……取り敢えず、やってみるか。 俺は包丁とフライパンを抜き、まずは目を突く。「ぶごぉ!」 動きを止めてその隙にフライパンで脳天を叩き、包丁で切り付けていく。動けない内が勝負なので連撃だ連撃。「ぶごぉ……」 計十七回の攻撃でロッカードは光となって昇天してしまった。
『ロッカードを倒した。 経験値を50手に入れた。 ロッカードの甲殻×1を手に入れた。』
「……マジか」「マジだ」 姉貴がリトシーを抱えたまま頷く。俺はどうやら結構強くなっていたようだ。あんなに苦戦していたロッカードを魔法も無しで倒した。心が少し躍るような感覚に襲われる。達成感とかから来てるんだろうな、これ。「ロッカードを倒せるなら、クルル平原ではほとんど敵なしだな」 確かに、姉貴の言うとおりだな。ロッカードの他にはホッピーとアギャーしかでないし。もうダメージも受けずに経験値や素材アイテムを手に入れる事が出来るな。「さて、先に進むぞ」 と、姉貴はまた前へと出て歩き出す。俺もその後について行く。 西へと進んでいると、巨大な岩が円を描きながら置かれている不思議な場所へと出くわした。岩どれもこれも自然で出来たとは思えない程に表面が綺麗であり、つるつるとしている。 その岩に囲まれた中心部にある一番大きな岩。大きさ、高さともに二階建ての家屋くらいあるそれは他と違って穴が開いており、斜め下に向かって道が伸びている。「ここがクルルの横穴だ」 姉貴が穴の前で立ち止まり、説明をしてくれる。「出て来るモンスターは鉱石系統のモンスターが多いが森にも出現するバッドットにホッピーも出現する。また、一定の場所で鉱石を採掘出来る」 鉱石と言うのは、ロッカードと同じような奴って事か。それって俺だとあまりダメージ与えられないんじゃないか?「行くぞ」 と、俺の疑問を余所に姉貴はギーファを連れて穴の中へと入っていく。リトシーは……そう言えばさっきからずっと姉貴に抱かれたままだったな。なので半ば自動的に穴の中へと入っていった。 穴の前で残された俺は、取り敢えず自分なりに頑張って採掘中の姉貴に攻撃がいかないようにしようと決め、姉貴達の後を追うように穴へと入る。


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