喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

30

 暗転した視界が元に戻り、それと同時に地面を踏み締めている感覚が伝わってくる。「……ここは」 辺りを見渡せば、プレイヤーが多く行き交っている。そして、空から卵が降り注いでくる光景が目に入る事から、ここはシンセの街の中央広場だろう。死に戻りは、ここに強制送還されるようだ。 そして、心なしか体が重く感じる。これが死に戻りの影響……いわゆるデスペナルティと言うものだろう。メニューを開いてステータスを確認すれば生命力以外の数値に赤文字で-30%とマイナス補正が付いていた。更にプレイヤー名の横に『00:59:48』と表示され、一秒ごとにカウントが消費されていく。 これから一時間は能力ダウンの状態となる為、外に出てレベル上げをする事は厳しいな。あと所持金もきちんと半分に減っている。まぁ、あまり金を所持していなかったから痛くはないな。 と、それよりも俺はアケビに連絡を取らねば。ボイスチャットを選択してアケビに送信する。『……オウカ君?』 ワンコールで繋がり、アケビは何故か疑問形で訊いてくる。「時間は稼げたか?」『……うん』 それはよかった。身を挺して時間を稼いだのでそれで全く駄目だったと言う最悪の落ちにならずに済んでな。 さて、そうなると変態コート女を気にする事も無く合流する事が出来るな。「で、今何処にいるんだ?」『南エリアの路地裏。そこで私はGMコールした』 南の路地裏か。って、今アケビは何て言った?「GMコール?」 何だそれ? アケビの持つスキルが変化した何かか?『知らない? GM……つまりはゲームマスターに通報するって事』 そんなのあったのか。STOのようなMMOゲームは今まで遊んだ事が無かったのでそう言うのがあるとは知らなかった。……なら、あれに会った時に俺がそれをしてればよかったな。その方が今日みたいな事にならなかっただろうし。 ゲームマスターとは何だ? と思うが、ここで質問はせずに後で自分で調べる事にしよう。そう思っているとアケビが事の経過を口にしてくる。『で、さっきGMからペナルティが与えられたって訊いた』「ペナルティだけ、か」 もう二度とこのSTOに現れないようにするとかにはしなかったのか。『度を過ぎてはいたけど、極めて(・・・)悪質とは見られなかったみたい。だからアカウント削除はされてない』「すればよかったものを」『そればかりは運営の判断基準に従うしか』「まぁ、下手に突っ掛かってこっちにもペナルティが来るかもしれないしな」 とは言っても、俺としては納得出来ないがな。またあれに鉢合わせる可能性があるのだから。まぁ、直ぐには会う事はないだろうから今はどうどうと表を行って合流する事にしよう。「じゃあ、今からそっちに向かう」『分かった』「それと」『ん?』 俺はまだボイスチャットを切らずにアケビに謝る。「悪かった。キマイラを死なせて」 折角の助っ人を、無残にも死なせてしまった。召喚獣はプレイヤーやパートナーモンスターと違って死に戻りはしないが、その代わり一度死んでしまったら丸二日は召喚が出来なくなってしまう。 アケビは【サモナー】で戦闘はキマイラに任せているので、これはアケビにとってはマイナス要素にしかならない。なので、その事も含めて謝罪する。『気にしないで』 だが、アケビは俺にそう言ってくれて、それを最後に向こうが通話を切る。 俺は暫し立ち止まったまま上空の蒼を見てから走って南エリアへと向かう。敏捷の値が低下しているので現実の俺よりも、そしてレベル1の時よりも遅いと感じてしまう。実数値ではレベル1の頃よりも速いのだが、気だるさの影響で遅いと誤認識される。このような状態でしか全力疾走出来なかった頃を思い出してしまうが、頭を振って頭の中をクリアにする。 南エリアに辿り着き、そこで路地裏と言う路地裏を虱潰しに捜していく。「しー♪」 六つ目の路地裏に入ると、リトシーが跳び跳ねながらこちらに向かってきて、胸に突撃してくる。「ぐっ」 耐久力も減ってしまっている為、この一撃は思いの外効いて衝撃を堪えられずに背中と後頭部を地面に打ち付ける。「あ、来た」 上半身を起こしてリトシーを脇に退けると、奥の方から女性が歩いてくる。……って、この声って。「お前、アケビか?」「他に誰がいるの?」 ややむすっとしながらそう言っても、俺としては目を疑ってしまう。アケビはあの忍者のような格好ではなくなっているので。ただし、変わっているのは上半身のみだ。 動きやすそうに見える丈の短い革製のジャケットを羽織っており、その下にボディラインが顕わになっているシャツを着込んでいる。頭巾とマスクの無くなったので顔が顕わになり、艶やかな唇にすっと立った鼻、そしてゲームならではの水色の髪は少しだけ撥ねていて、尾てい骨に当たるくらいに長くて紐や髪ゴムなどで一切纏めていないでそのままにしている。「確かに女だな」「女よ」 更に眉根を寄せて俺を睨んでくるアケビ。いや、流石に忍者の姿のままだと本当に分からないって。「で、オウカ君が帰ってきて直ぐで悪いけど」「オウカさんっ」「サクラちゃんの……って、言うまでもなく」 アケビの横から飛び出してきたサクラが俺にタックルをかましてくる。「がっ」 また背中と後頭部を地面に打ち付ける。ここって石畳だから結構痛いんだよな。現実世界だったら下手すると脳内出血でもするんじゃないかな?「…………」 で、無言で俺を見下ろしてくる。目元に涙を溜めながら。まぁ、このように動けるくらいにまで精神が安定してよかったとしよう。こっちは体を打ちつけて痛いが。「取り敢えず、退いてくれ」 流石にこの冷たい地面に横たわる気はないのでサクラに上から退けるように頼む。「…………」 無言だったが頷き、退いてくれる。俺は後頭部を擦りながら立ち上がる。頭を打った所為かふらつく。視界も少し時計回りに回っているような錯覚に陥る。「……ふぅ」 近くの建物の壁に手を付いてなんとか倒れるのを防ぐ。くそっ、ステータス低下はキツイな。「…………」 で、そんな俺の袖を無言で摘まんでくるサクラ。そう言えば、今はフード外してるな。もう変態コート女に狙われる事が無いと分かったから顔を出しても大丈夫と割り切ったのだろう。「ふぁー」 と、ファッピーが俺の前までふよふよと進んできて、胸鰭で俺の額を軽く叩いてくる。恐らくお疲れ様と言う厚意なのだろう。痛くないので暫くそのままにしてもいいか……と思ったが、叩かれる度に視界が歪んでいくのでやっぱりやめて欲しいな。「で、色々と疲れてる所悪いけど」 アケビが俺の頭を叩いているファッピーを優しく退けてくれる。有り難い。「話があるんだ」「……何?」 改まったアケビは真っ直ぐと俺の目を見てくる。俺は回る視界でも必死で眼を合わせる。「まだ、私とパーティーを組んでて欲しい」 俺は瞬時にアケビの言葉の意図を汲み取るように頭を回転させる。怪盗からの挑戦状をクリアするまでの一時的なパーティーだったが、突然の延長。まぁ、あまり回転させずとも答えは簡単に導き出せた。「……まぁ、アケビはキマイラが使えないから戦闘出来ないしな」「違う。それは関係ない」 関係なかったのか。では何だと言うのだ?「……いや、こうなったら関係あるのかな?」「俺に訊くな。少なくとも俺はそう解釈したんだが」「……結果論と言う事で。で、話を戻すけど」 軽く咳払いをして、アケビは話を続ける。「一週間後のイベントが終わるまでパーティーを組んで欲しい」 その一言に、俺は暫し頭の中が真っ白になりイベントと言う言葉が脳内を駆け巡る。「イベント?」 ついオウム返しをしてしまう。「「…………え?」」 とアケビと何故かサクラでさえも驚きの声を発する。何だよ?「もしかしてオウカ君、サモテのホームページ見てない?」「見てない。と言うか、アケビはサモテって略すのか」 確かにその略称はあるが、一瞬理解するのが遅れてしまった。「私はSTOよりもサモテの方が言いやすいから」「そうか」「で、オウカ君はホームページを見てない、と」「あぁ」 俺は首肯する。実際、見る暇も無かったと言うのもあるな。情報収集にSTOのサイトにアクセスして閲覧すればある程度は纏まったものを得られるのだろうが、……今晩あたり見てみるか。「……昨日アップされた情報で、今から一週間後にクルルの森とクルル平原で参加希望型の大規模イベントがある。参加がソロの場合はクルル平原。パーティーの場合はクルルの森が舞台になる」「何でそんな区分けがあるんだ?」「さぁ? そればっかりは運営に訊いて」 流石に一プレイヤーのアケビはその理由までは知らないか。「で、そのイベントで欲しいアイテムがあるんだけど、クルルの森の方のランキング上位の方にしかなかった」「ランキングって?」「イベント中は様々な方法でポイントを稼いで、それが多く集めるのがこのイベントの目的の一つ。ランキングはそのポイントが影響していて、上位五パーティーと五人のプレイヤー名が順次メッセージで配信されるらしい」「ふぅん」 そう言うのが一週間後にあるのか。「だから、一緒にパーティーを組んでクルルの森のイベントに参加して欲しい。我が儘を言ってるのは分かってるけど、お願いします」 頭を下げて頼んでくるアケビ。横にいるリトシーとファッピーがどう言った判断を下すのか気になっているようで、ちらちらと俺を表情を窺ってくる。「俺はいいぞ」 キマイラの件もあるし、それに俺としてもイベントは参加したい。一人でこなすよりも複数人で組んで進めて行った方が効率もいいし個々の負担も減らせるだろう。 で、俺はいいのだが肝心のサクラの方がどうかと言う事だ。サクラは慣れてない人とはあまり一緒にはいたくないだろう。俺だけよくてもパーティーメンバーのサクラが渋ってしまったら少しばかり困った事になる。……もしそうなったらリースを紹介する以外に道は残されてないな。あいつ以外の他の知り合いなんていないし。「サクラは?」「ぼ、僕もいいです」 裾を摘まんでいるサクラにそう問い掛けると、もじもじしながらもサクラは頷く。どうやらサクラはアケビと一緒にいても大丈夫なようだ。まぁ、あの変態コート女から逃げる際にもアケビが色々と気を遣ってくれた事だろうから、それが影響しているのかもしれない。 何はともあれ俺もサクラもアケビとパーティーをもう暫く続ける事に異論はないと言う結果になった。「しー♪」「ふぁー♪」 リトシーとファッピーはどうやらアケビとパーティーをまだ組める事に喜んでいるようだ。ファッピーに関してはまだ出逢ってから数時間しか経っていないのだがな。リトシーは昨日怖がっていたのが嘘のようだな。「ありがとうございます」 深々と頭を下げてくるアケビ。「そこまで畏まらなくていいだろ」「そ、そうですよ」 俺は呆れながら、サクラは未だに涙目のままだがあたふたとしながらアケビの顔を上げさせる。「まぁ、もう少しの間よろしくな」「よ、よろしくお願いします」「しー♪」「ふぁー♪」「よろしくお願いします。…………あ、そうだ」 改めて挨拶を交わし終えると、アケビは手をぽんと叩く。「オウカ君」「何だ?」「初期装備のままってのはなにかポリシーでもある?」 首を傾げながら効いてくるアケビに俺は手を横に振る。「いや、ただまだ必要が無いのと、金がないだけだ」 クルル平原程度のモンスターならば避けてればいいので問題ない。だが、今度のイベントはクルルの森へと行くので、そろそろ防具は必要になって来るだろう。今回はクエストの報酬を受け取る前に死に戻ったので、2000ネルは半分にならなかった。それを元手に何か防具を買う事にするか。「なら、さ」 アケビはメニューを開いてメッセージを作成し、それを誰かに送信する。それと同時に俺の目の前に『メッセージを受信しました』と表示される。俺に送ったのか。と思っていると更にアケビはメッセージを二つ作成する。その二つも俺へと送られ『メッセージを受信しました』『メッセージを受信しました』と立て続けに表示される。「これあげる」 送られてきたメッセージ三通を確認すると、それぞれに服の装備に靴装備、そして手の装備が添付されていた。「スキルの経験値上げに作ったもので、折角だからオウカ君が着て」 メニューを閉じながらアケビはそう言ってくる。「初期装備よりも耐久力と少しばかり耐性があるから」「いや、いいのかよ?」「いいの。NPCに売るよりも誰かに使って貰った方が嬉しいから」 と言ってくるが、このままだとタダで貰う事になってしまう。「金は払うぞ」「いらない」 だがアケビはバッサリと切り伏せてくる。「いや、素材代だってあるだろ。アケビが損する事になるぞ?」「いいよ」「よくないだろ」 素材代が掛かってなくても、人件費? は違うな。これらを作るのに費やした時間があるだろう。それに見合う金を払わねばいけない筈だ。「パーティーメンバーなんだから、気にしない」「でもなぁ……」 気にしないって言われても、気になるぞ。やっぱり。「だったら」 とアケビは指を一つ立ててこう言ってくる。「今度のイベントで私の欲しいアイテムを入手出来るように頑張って欲しい。それでチャラ」「…………まぁ、それなら」 そのアイテムとやらの価値がどのくらいあるのか今の所分からないが、少なくともアケビの中ではこの装備達よりも上なのだろう。だったら、この装備を受けった俺としては、アケビの頼みに応えなくてはならない。 俺は頷いて装備の代価がイベントアイテムの入手を約束する。「…………」 アケビとの会話の際に、サクラが何故かずっと俺を見て、引っ張られるくらいに強く袖を摘まんできたのだが、その理由が全く分からない。 …………もしかしてこの装備が欲しいとか? ではないよな。 分からないまま、本日はそのまま解散の流れとなった。アケビから受け取った装備は明日ゲームを始めて直ぐに装備する事にしよう。


コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品