草食系男子が肉食系女子に食べられるまで

Joker0808

第17章 帰宅と登校7



 事件からもう2週間が過ぎた。 小畑は怪我も軽症だったが、歳のせいもあって腰をやってしまい、この日が犯人の取り調べの初日となった。 小畑はこの日を十年間待ち続けていた。 あの日、虚ろな目で少年に言われた一言が忘れられず、小畑は残りの刑事人生のすべてをとある組織の女幹部を追う事に使ってきた。
『おじさん……もういいよ……僕もお父さんとお母さんとお姉ちゃんのとこに行きたい…』
 取り調べ室に向かう間、その少年の言葉が頭の中をループする。 小畑は拳を強く握り、取り調べ室の前で歯を食いしばる。
「やっとだ……やっと追い詰めた……」
 小畑はそうつぶやくと、深呼吸をして心を落ち着かせて中に入る。 中には既に取り調べをしている刑事が居た。
「いい加減にしろ!!」
「うるっさいねぇ~、本当に知らないよ」
 取り調べ中の刑事の怒号が飛ぶ、小畑はその刑事の肩を叩き、取り調べを変わる意思を伝えて、席を変わる。
「お! 久しぶりだねぇ~、無能刑事。体は良いのかい?」
 嫌味たっぷりに言う女に小畑は表情を変えずに淡々と話を始める。
「余計な事は良い、さっさとすませようか、滝沢絵里容疑者」
「はは! なんだい随分冷静じゃないかい? 学校で私に襲い掛かってきた威勢のよさは何処に行ったぁ?」
 小畑は思いっきり机を叩き、滝沢を黙らせる。 そして無表情のまま滝座に告げる。
「やっとだよ……お前に法の裁きを与える事が出来る。あの子や犠牲になった人たちにやっと顔向けが出来る」
「はははは! 怒った怒った! 良かったね~念願叶って~、さっさと死刑にすれば良い!」
「それを決めるのは私ではない、だがお前には相応の罰が下る。あの子もきっと喜ぶだろう」
「あの子~? あぁ! 雄介の事かい? あははは、死んじゃあいないだろうね? 薬をあれだけ投与してもなお動けたんだ! もう雄介は人間なんて代物じゃない! 新たな人類さ!」
 再び小畑は机を叩き、立ち上がる。
「彼が望んだことではない!! 貴様のせいで彼は……雄介君は失いすぎた!」
「はは! 家族かい? 今でも覚えているよ……あの日の事も、この傷の事も」
 滝沢は雄介から十年前につけられた傷を見せながら小畑に言う。 小畑は平静を保つのも限界で、感情をあらわにして話を進める。
「それだけじゃない!! あの子は……お前に記憶まで……」
「アハハハ! 記憶? 本当かい? じゃあ雄介は今何も覚えていないのかい? これは傑作だ! あははははは!!」
「ふざけるな!! あの子からお前は一体どれだけのモノを奪ったか、わかっているのか!!」
 滝沢は笑い続け、小畑は怒りをあらわにして立ち上がろ怒号を上げ続ける。 小畑は許せなかった。 悲しい表情の雄介を見て来て、寂しい過去を見て、子供を早くに亡くしていた小畑にとって、雄介の事はどうしても放っておけなかった。
「私はあの子を守ると誓った! なのに私は今回も守れなかった……」
「ははは! 無理だったね~、一発で伸びちまってさぁ~」
 笑い続ける滝沢、それを見て小畑は悔しい気持ちで一杯だった。 守ると言いながら守られてしまい、しかも大きな怪我までしてしまった雄介に小畑は謝る事しかできなかった。
「それで~、何を聞きたいんだい? あんたになら話してもいいよ~」
「あぁ、話してもらおうか……お前の居た組織について……」
 長い長い取り調べの始まりの瞬間だった。



 今村家は現在修羅場と化していた。 最初は食事を楽しんでいたのだが、またしても徹が大きな爆弾を投下し、その場の空気が一瞬で氷ついてしまった。
「……紗子さん」
「どうかしたのお父さん?」
「いや、雄介はいつからあんなにモテるようになったのかと思ってね……僕はこの空気が重たくて仕方無いよ……」
「まぁ、元々顔も良いし、頭も悪くないですから、ただ女の子と一切関りを持たなかったからそういう事にならなかっただけで、実際はモテるのかもね」
 紗子と玄は二人でテーブルを挟んで向かいあって座りながら、コソコソとその様子を見守る。 事の始まりは徹が言った自分の願望についてだった。 雄介を織姫と結婚させたいと、みんなの前で公言したことがきっかけで、優子がまず動きを見せた。 そこからは簡単だ、優子は勢いに任せて雄介にキスをした事を公言し、更に場の空気は氷ついた。 織姫も最初は余計な事を言う徹を黙らせようとしていたが、優子の発言でそんな事はどうでも良くなり、今は優子と言い争いをしている。 何も行動を起こしていなかった凛はすっかり敗者になったと思い、部屋の隅で丸くなっている。 里奈はトイレに行っていたのが幸いだったが、帰って来た時が更にややこしくなりそうだと当の本人である雄介は感じていた。
「記憶の無い雄介に突然キ、キスなんて! し、失礼だと思わないんですか!!」
「し、仕方無いでしょ! 勢いでやっちゃったのよ! それに雄介だって喜んでたし!」
(とまどいはしたが、決して喜んではいないんだが……)
 雄介は言い争いを続ける二人の様子をただ俯いて聞いていた。 慎はそんな雄介の様子を笑って観察し、沙月は無表情でひたすら料理に夢中になっている。 堀内と江波はこういう時だけ仲が良く、二人して部屋の隅に退避していた。
「良いなぁ……今村…」
「何バカ言ってんのよ、部屋の中の空気が重たくて仕方無いわよ……」
 何やらスマホを片手にコソコソ話し込む堀内と江波。 助けを求める雄介だが、勢いが付いた優子と織姫を止められる人などこの場にはおらず、言い争いは激しさを増す。
「大体、貴方は雄介と会って日が浅いくせにぃ~! 私の方が前から目をつけてたの!」
「時間なんて関係ありません! 私は雄介さんの優しい人柄に惚れたんです!」
「……そんなこと言ったら、私が一番長い間思いを寄せてるんですが…」
 言い争いが続く中、ついに一番面倒臭い人が戻ってきてしまった。
「ねぇ、あのローストビーフまだ残って……る?」
 里奈はリビングのドアを開けて中に入るなり、部屋の異様に重たい空気を察知し、言葉を止める。 そして、そのまま様子を窺うようにしながら、自分が座っていた席に戻る。 里奈の存在などすっかり忘れている織姫と優子は、里奈が戻ってきた事もお構いなしで言い争いを続ける。 

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